24.再会の日に僕は燃える恋を知る(二)

後れ毛が風に揺れた。


こんな日でも夏の爽やかな風は吹く。


明るいほうへ導くように。



「かれん」



土方さんの声が聞こえた気がした。


風に誘われて振り返る。



「あ…」



空耳じゃない。


幻でもない。


土方さんと左之助兄ちゃんがすぐそこにいる。


すぐ…手を伸ばして駆けてゆけば届くところに。



「ただいま、かれん」



緊張の糸がぷつりと切れたみたいだ。


待ち焦がれた人の姿を見て、涙が勝手にあふれた。


心細かった、すごく。



「お帰りなさい…!」



泣きながら胸に飛び込んだ。



「屯所に戻ったら、ここだって聞いたんだ」


「いてもたってもいられなくて飛んできた…」


「何だ、泣いてるのか?」



無事に帰ってきてくれた喜びと安堵と。


戦争の恐怖と。


土方さんの、新選組のみんなの無事を祈る毎日。


大丈夫だと言い聞かせて気丈に振る舞っていたの。


そうしないと、挫けて泣いてばかりになるから。


ほんとはずっと逢いたくて、苦しかった…



「可憐な慧姫は、相も変わらず泣き虫な姫君だな」


「ごめんな…さい。なんでこんなに泣いちゃうんだろ…」


「無事に帰ってきたんだ、喜べ!」


「喜んでる…!左之助兄ちゃん、乙女心が分かってない…」



不安を心の隅に追いやっていた反動かもしれない。


なかなか涙がとまらない。


ぎゅっと、ただただ強く抱きしめる。



「いいさ、こうなることは分かってたからな。俺の胸で泣くといい」


「うぅっ…」


「余計に泣かしてどうすんだよ!」


「5分だけ、ほんの少しだけ待ってぇ…少しだけ泣かせてくださいっ…」



無事でよかったと、その一言に尽きる。


元気に帰ってきてくれて、こうして抱きしめてくれるから、もうこれ以上泣くつもりなんてないのに。



「怖かったのか?ごめんな」



よしよしと左之助兄ちゃんが頭を撫でる。



「左之助兄ちゃん、足…怪我したの…?大丈夫なの?」


「ちょっと弾が脛にかすっただけだ」


「ほんと…?」



土方さんに確認する。



「大丈夫だ」


「容保様は?覚馬先生は?天子様は…?新選組のみんなも無事ですか…?」


「ああ、無事だよ」


「よかった…」


「新八も腰に弾が当たっちまったけど、安心しろ。ピンピンしてるから直治るさ」


「心配かけたな」


「おまさちゃんにも顔見せてあげて。左之助兄ちゃんのこと、心配してたんだよ」



土方さんと左之助兄ちゃんも、この都の状態にしばし言葉を失っていた。



「何のために池田屋事件があったんだよ…」


「都を焼き討ちにするって計画を阻止したのに、結局同じことになっちまったな…」



高嶋屋の前に3人で並んで立つ。



「あの、御内儀さん」


「かれんちゃん…こちらはんは?」


「新選組副長、土方と申します」


「原田です…」


「この度は大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません」



ふたりとも、深々と頭を下げた。


わたしも隣で一緒に頭を下げる。



新選組がお詫びをすることが予想外だったのか、おまさちゃんたちもお店の人たちもとても驚いているようだった。



「土方様、原田様、お顔を上げとくれやす…!」


「かれんちゃんも!」


「いえ、都を守らねばならないはずの我々が、任務とはいえ結果的に大火に巻き込んでしまいました」


「本当に申し訳ありません!謝って済むことじゃないのは重々…。おまさちゃんの家も店も守れなかった…」


「左之助はん…」


「新選組だけが悪いわけやありまへん。少なくとも私らはそう思てます」


「こうして家族も店の者もみんな命が助かりました。原田様がかれんちゃんに頼んでくれはったお蔭どす」


「おおきに、ありがとうございました」


「あの、何かお手伝いさせてください。わたし、何でもやります」


「かれんちゃん、おおきにな…」


「土方さん、家を建てたり新選組も都の復興のためのお手伝いしませんか?」


「そうだな、いい考えだ!そうしよう」


「早速やるか!」


「特に力仕事は我々に任せてください」


「わたしは源さんと炊き出しをします。お米や野菜は壬生の農家さんに協力をお願いしてみます」


「戦の間も屯所でお世話になったのに、これ以上ご迷惑をおかけするわけには…」


「何を仰るんですか!こんなとき協力し合うのは当然のことです」


「そうです、遠慮は無用です」


「わたし、早速屯所に帰ってみんなに声をかけます!一旦失礼します」


「あ、おい!気をつけろよ」



所々にお救い小屋が建てられ、食料が配られ始めていた。


わたしは無力だと痛感したけれど、何もしないでただ見ているなんて嫌だ。



「すみません。鉄砲弾みたいな娘で…」


「構いまへん、ありがたいことどす」


「かれんちゃんの言うとおりどすなぁ」


「はい?」


「新選組も私らと変わらん普通の人やて教えてくれましたんや」


「そうでしたか」


「皆さんのこと、いちばん近くで見てはりますさかい」


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