21.恋と願いはよくせよ(四)

*****




「あ、山南さ~ん!」


「か、かれん君っ!」


「どうしたんですか?祇園祭ですか?」


「いやいや!いや、何と言うかね…」



祇園祭・後祭の山鉾を見に行った宵々々山よいよいよいやまの日、御手洗井みてらいいのそばに山南さんの姿があった。


鳥居の奥の井戸は祇園祭のときにだけ解放され、絶えず水が流れている。


山南さんに声をかけて走り寄ると、めずらしくわたわたと慌て出した。



「誰かと待ち合わせですか?」


「山鉾っ…!見てきたらどうだい?」


「今ちょうど見てきたところですよ」


「そう言わず!年に一度しか見れないんだ、もう一度見てきなさい…」


「何か変ですよ、山南さん」


「いや…何も変ではない」


「だいぶ慌ててますけど…」



怪しい…


何か隠してる、絶対に!



「だ~れだ!」



と勘ぐっていたら、いきなり誰かに後ろから両手で目をふさがれた。



「えっ?!何?!誰?!」



かろうじて女の人だってことは分かる。



「山南先生、お待たせしてすんまへんどした」


「この声、どこかで…え?山南さんの知り合い?」


「かれんちゃん!うちが誰か分かる?」



わたしを知っている人?


山南さんと共通の、しかも女性の知人なんていたかな…?


目を覆っていた手が離れ、目の前が明るくなる。


すぐに後ろを振り返ると、そこにいたのは…。



「あー!」


「びっくりした?」



クールビューティーの無邪気な笑顔。



「明里さん!」


「ふたりとも、知り合いか?」


「こないだ偶然、今宮神社で…」


「可笑しい。先生もかれんちゃんもそないに目ぇ丸くしはって」


「山南さんが女の人と一緒なんてめずらしい…って、え?え?え?ふたりは…?まさか恋人同士?!」


「バレた…ついにかれん君にバレてしまった…」


「ふたりを驚かせたかったんどす」


「私には教えてくれてもよかったじゃないか!」


「山南さんこそ!教えてくださいよ~」


「まさか君たちが知り合いとは思わないじゃないか」


「そうですけど。今日だって、いつの間にか静か~に出かけたと思ったら」


「それは…」


「誰にも内緒にしてますね?」


「当然だっ!君や沖田くんに知れたらどうなることか…考えただけでおそろしい」


「ふ~ん?いいんだ、そんなこと言っちゃって。わたしもう知っちゃいましたけどね」


「う…」


「沖田さんに言っちゃお~」


「はぁ…もう隊の全員に知れ渡るのも時間の問題だな…」



わたしの冗談にも、すでに諦めムード。



「明里、かれん君と沖田君に尾行されたときは必ずやふたりを巻くんだぞ」


「へぇ、承知いたしました。ふふっ」


「尾行なんてしませんよ!こうして直接、明里さんと恋の話をしますから」


「先生ったら、照れてはるん?」



いらずらっぽく笑う明里さんとは対照的に、照れを隠してゴホンとひとつ咳払い。


恋って山南さんでさえも照れさせるのね。



「あん時かれんちゃんに会うて、山南先生の話によう出てきはる女子おなごはこの子やなぁって、すぐピンときたわ」


「しかし、君たちは心を隔つということがないのか?」


「すぐ仲ようなったんどす」


「ね~」



自然と顔がほころぶこの感じ。


うれしいな。


大好きなふたりが恋人だったなんて!



「立ち話も何やし。行こ!」


「でも、デート…せっかくふたりの時間なのに邪魔しちゃ悪いので」


「この際もう構わないよ」


「決まりや!」



返事もしないうちに手を引かれてゆく。



「山南先生は仙臺せんだいの出身どしたなぁ?」


「そうだよ」


「仙臺と會津はお隣さんみたいなもんですやろか?」


「はははっ!正確には間に福島や二本松もあるが、まあ、そうかもしれないね」


「仙台のずんだ餅、おいしいですよね~」


「ずんだ餅を食べたことあるのかい?」


「はい!明里さんは、ずんだ餅って知ってますか?」


「ずんだ、って何?初めて聞いたわ」


「ずんだの餡って枝豆でしたよね?」


「そうだね、枝豆で作った餡を餅にまぶして食べるんだ」


「へぇ、枝豆のお餅!食べてみたい」


「あ!源さんと一緒に作ってみようかな!ちょうど枝豆の旬の時期だし。そしたら、明里さんにもお裾分けしますね」


「おおきに!先生の故郷ふるさとの味、楽しみやわぁ」


「島田さんにお餅ついてもらおう~」


「それはいいね!適役だ」


「かれんちゃん、新選組での山南先生のこと、教えとくれやす」


「明里!」


「いいじゃないですか。好きな人のこと、たくさん知りたいって思うのは当たり前ですもん」


「先生はうちのこと、知りたいと思わはりまへんのどすか?」


「そうではなく…」



双方からの甘い攻撃にタジタジのご様子。


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