20.青い風が吹く、この瞬間[とき](四)

夏橙を手に、折り返しも超特急で。


炊事場で手を洗い、夏橙の外側の皮を包丁で、少し苦味のある中の薄皮を手で丁寧に剥いて種をすべて取る。


夏橙の果汁を絞ると、甘酸っぱい爽やかな香りが立った。


1つまみの塩を入れて、蜂蜜を大さじ1杯投入。


そこに水を入れてかき混ぜる。



「うん、味も大丈夫、それっぽくなってる!」



夏橙の皮は蜂蜜で煮て、後で沖田さんに食べてもらおう。


たぶん、オレンジピールとかレモンピールみたいになると思うんだけど。



あ、梅干しも持って行こう。


塩分取れるよね。



「沖田さーん、少し浴衣と帯を緩めますね。枕も取ります」



頭を支えて枕を取り、足を高くしてから、布団に寝ている沖田さんのおでこに触って熱の有無を確認。


まだ体が火照っているみたい。


それに顔色がよくない。



「かれんちゃん、ありがとう…」


「沖田さん、まだ頭がクラクラしますか?少し起き上がれますか?」


「うん…」



上半身を支えて沖田さんの体を起こす。


痙攣はしていないようだ。



「沖田さん、これ飲みましょう。飲めそうですか?」


「うん、ありがとう…」



夏橙ドリンクを持つ沖田さんの手に自分の手を添えて口元に運ぶ。



「あ、これ、おいしい…」


「気に入ってくれました?」


「うん…」


「よかった、また作りますね」



ゴクゴクと飲み干した。


体温も高いし、喉も渇いているんだろう。


水分は取れるみたいだから、安心。



「目の前がチカチカしますか?頭痛とか立ちくらみとか大丈夫?」


「大丈夫だと思う…」


「気持ち悪くないですか?だるさや吐き気はどうですか?」


「うん、少しだるいけど随分良くなった…」


「じゃあ、体拭きましょう。辛かったら寄りかかってくださいね」



肌脱ぎをしてもらい、裸になった上半身を腕から順に拭いていく。



「清涼感があって気持ちいいな…」


「薄荷水を入れた水で絞ったから」



両脚をつま先、足の裏まで拭いて完了。


まだ全身が熱い。



「まだ熱があるみたいだから冷やしますね。すみません、足の付け根、失礼しますね」



冷たい水で絞った手ぬぐいを首筋、両脇、両足の付け根に当てて。



「じゃあ、また横になりましょう」



再度沖田さんを寝かせて、おでこにも濡らした手ぬぐいを乗せた。



「体が火照って体が熱いはずなのに、汗をかかないんだ…」


「きっともう少し休んだらよくなります。団扇で扇いで風を送りますね」


「どれ、俺が団扇で扇ごう」


「土方さんはごはん食べて休んでください!しばらくしたら、また市中見廻りに行くんですから」


「平気さ、お前だって寝てないんだろ?」


「わたしは元気ですから」



わたしの手から団扇を抜き取り、横になる沖田さんを扇ぐ。



「土方さんまで、すみません…」


「張り切り過ぎたんだよ」


「活躍したんですね、沖田さん」


「ああ、大活躍だ」


「すごいじゃないですか。しばらく安静にしてたら楽になりますからね」


「もう少しの辛抱だな」


「土方さん、すみません。少しの間だけ、沖田さんのことお願いしてもいいですか?」


「ああ、平助だろ?診てやってくれ」



夢の中で、平助さんがピンチだった。


こんなことまで正夢になるなんて…



「平助さん、包帯替えよう」


「ごめん…ちょっと油断しちゃった。情けないよな…」


「何言ってるの!最初に斬り込んだって聞いたよ。間違いなく、平助さんが町を救ってくれたのよ」



血に染まる包帯が痛々しい。


包帯を取ると、思っていたより大きな傷に驚く。


幸い傷は深くはないみたいだけど、まさか失明してないよね?!



「安心しろ」


「え…?」


「斬られたのは額で、目も骨もやっていない。目に入った血も医者に洗い流してもらった」



わたしの表情で察したのか、隣にいた永倉さんが教えてくれた。



「綺麗な顔に、こんな大きな傷…」



消毒のため、そっと傷に触れる。


胸元からハンカチを取り出し、先端を水につけて顔に付いた乾いた血を拭いた。



「はははっ!やだな、女子おなごじゃあるまいし、向こう傷さ」



「ごめんね…」


「え?何で?謝るの?」



あんな夢見なければ、平助さんも怪我することはなかったかもしれない。


いくら自分の夢でもコントロールするなんてことは不可能なのに、そんなことを思って後悔してしまった。



「何で泣くんだよ。可笑しいな…」


「ほんとだよね…なんでだろ…」


「私の代わりに泣いてくれたんだろ?途中で戦線離脱しちゃったからね…」



新選組の切り込み隊長の平助さんだからこそ、それが本当に悔しいんだろう…



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