17.花在りて天香夜(四)

「局長には言わないでほしいと口止めされましたが…おつらそうに、何度も何度も局長の名前を呼んでいたので…」


「私の名を…」


「今夜も深雪太夫と約束していたよな」


「ああ…」


「決して口にはしないでください。態度に出してもいけません」


「分かった…」


「土方さんもです」


「ああ。こういう場合、何かと女のほうがいい。お前も一緒に来い」


「はい。あの、局長」


「うん?」


「もしかして、わたしに会わせたかった人って深雪太夫ですか?」


「そうなんだ。時折見せる物憂げな表情が気になってね。君に会えば気分も晴れるんじゃないかと思ったんだ」




そして、その夜。


事情を知る土方さんと源さんと一緒に、局長のお供で新町へ向かった。



「失礼致します。深雪でございます」


「ああ…」


「ようお越しやした。毎夜お逢いできて、深雪は嬉しゅうございます」



心配の色を隠せない。


暗黙の了解で、誰も余計ことは言わない。



訴えるように太夫を目で追いかけると、彼女もこちらを見ていた。


内緒にしてと、何も言わないでと、目が訴えている。



「近藤先生…」



局長の隣へ行こうとしたとき、ふらっとよろめいた。



「深雪太夫!」


「申し訳ございません…つまづいてしもて…」


「大丈夫かい?」


「へぇ…」



慌てて支えた局長の腕に抱き抱えられる。



見つめ合う。



心配と動揺とときめきと。


ふたりの感情が交錯する。



不謹慎かもしれないけど、目の前で繰り広げられる大人のロマンスに視線が釘付けになった。


これはたぶん、いや確実に。


ふたりとも恋に落ちている。



「今日は舞はいい…。君と話がしたいんだ」



沈黙が流れる。


ふたりの心があつく燃えている。


胸のときめきが伝わる。



でも、たぶんきっと、これでは前進しないだろう。


このまま、そっと見守るべきか?


それとも何か話したほうがいい?



局長も深雪太夫もソワソワと照れて、目を逸らす。


局長の不器用な感じが微笑ましくもあり、焦れったくもある。


う…


歯がゆくて。


ダメっ!


堪えられない!



という表情で、土方さんを見た。


土方さんもやきもきしているみたいだ。


わたしに顎で合図を送る。


これは…おそらく。


行け!というサインだ。



だけど、この半分だけ甘い空気の中、何を話せば…?


何でもいいの…?



「あ、あの…深雪太夫のその髪、重くないんですか?」


「えっ?」


「重い…?」


「何言ってんだ…意味不明なことを」


「ちょっと気になりまして…。特別な髪型だから」


「それはそうだが。もっと気の利いたことを…」



他に思い浮かばなかったんだもん!


この話を広げてよっ!


と、不満を表情で主張。



「あ…ああ、確かにな!深雪太夫の髪は特別綺麗な気がするな!なぁ、源さん…」


「そ、そうだねぇ!とても素敵だねぇ。艶々と輝いているしねぇ」


「局長もそう思いませんか?」


「うん、深雪太夫の美しさを一層引き立てているな」


「近藤せんせったら…」



きゃっ!


深雪太夫も胸キュンしてる!


白塗りの化粧の下で頬を染めていることでしょう。


扇子で顔を隠し、少し扇ぐ。


恥じらいのときでも何てお上品なの。


麗しすぎて憧れちゃう。



「いいな、羨ましいなぁ」


「羨ましい?」


「はい」


「そないなこと、普通の女子おなごはんに言われるとは思いもしまへんでした」


「深雪太夫も普通の女子おなごでしょう?」


「普通の女子おなご…」


「おいくつなんですか?」


「二十三です」


「わたしにも、こんなきれいなお姉さんがいたらいいのになぁ」


「すまないね、屯所は男だらけだから」


「なんかいい香りがする~」


「ふふ、お香焚いてますよって、きっとその香りです」


「お香かぁ!おすすめ教えてください」


「ほんなら後で教えます。うち、前は京の花街にいたんです。そやさかい、お店も教えたげます」


「わぁ!本当ですか?ありがとうございます」



ふわりと漂う、気品あるいい女の香り。


ほほ笑む姿も、話し方もエレガント。



「いいなぁ、同じ女のはずなのに、こうも違うのね…」


「分かっただろ。お前も見習え」



土方さんに言われてムーとふくれる。



「ふふっ。天真爛漫で楽しいお人ですなぁ」


「だろ?一緒にいると飽きないぞ」



日常茶飯事、こんなやりとりに笑ってくれた。



「芸事は長いこと稽古せなあきまへんけど、女らしさは少しの努力で磨けますさかい」


「本当?」


「古くから“一髪、二姿、三器量”と言いますやろ」


「何か特別なことしてるのかな?後で、どんなふうに髪のお手入れしているのかも教えてください」


「へぇ、任しとくれやす」



よかった。


元気になったかな?



「せや、土方先生。若鶴太夫んとこへは行かはったんですか?」


「いや、俺は…」



あ、少し慌てたのに、動じないフリするんだから。



「実は、歳の恋人はかれんさんなんだよ」


「うちったら…余計なこと。えらいすんまへん」


「いえ、土方先生の女遊びは有名ですから。存じ上げております」



チラ見し、冗談っぽく皮肉を。

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