9.心に灯りをともす(二)

「先程の話、聞かせてもらった」



どこから?!


まさか丸々まるっと…?


なんて、聞けないし!



すっかり忘れてたけど、わたしは身元不明の存在なのに…


幕末に戸籍制度があるのか分からないけど、どこの馬の骨かも知れない会津出身と語る不審者がいると聞きつけて来たとか…?


やばい、しょっぴかれる寸前ではなかろうか…



「も、申し訳ございません…」


「謝る必要はない。無礼をたしなめるそなたは正しい」


「へっ…?いえ…その…」


「武士である我らは傲らず、皆の手本とならねばならぬ。生まれ育ちで差別し非難するなど、傲慢な態度はもっての外」


「ならぬことはならぬものですっ…!」


「ならぬ…?」


「はっはっはっ!」



みんな揃って首を捻る中、お殿様と家臣数名が声高らかに笑う。



「そなた、その言葉をどこで覚えた?」


「はい、会津に生まれ育った者であれば存じ上げております」


「そうか、女子おなごも“じゅうの教え”を知っておるか。これぞ會津の者だという証!」


「教育が徹底されております故」


「“什の教え”とは…?」


「會津の子供たちの決まり事じゃ。後で皆に教えてやりなさい」


「はい」


「そなたは立派であるな。會津藩主として鼻が高いぞ」


「いえ、とんでもございません!もったいないお言葉でございます…」


「誠のことじゃ。否定するでない」


「はぁ…」


「身分は違くとも、予は志同じくする近藤たちを信頼しておる」


「身に余るお言葉にございます。精進致します」


「しかし、そのようにはっきりとした物腰、気が晴れる。さすがは會津の女子おなごじゃ」


「確かにそのとおりでございますな」



昔から気が強いみたいね、会津の女性は。




「ああ、そうであった!変わった楽器が弾けると申したな」


「左様でございます。西洋のピアノなる楽器にございます」


「そのピアノとやら聞かせてくれぬか」



はぁ?!



「殿の直々のお言葉。是非に」



この状況でピアノを弾けと?


いやいや、何を仰いますやら…



あまりに衝撃的で青ざめる。



「島田君、ここへピアノを運んでくれるか」


「かしこまりました」


「でも…その、お聞かせするほど立派なものでは…」


「謙遜しないで。素晴らしい腕前じゃないか」


「いえいえ!滅相もございません…」



お願いだから、もう何も言わないでください。


はぁ…何でこうなるわけ?


窮地に追い込まれた。


子供たちの前で弾くのとは訳が違うんだよ。


童謡を弾くわけにもいかないし。



大丈夫なの?


世間は攘夷一色。


今、ピアノは完全に外国のもの。


会津は開国した幕府側とはいえ。



どうしよう…ありえない!


無理無理、絶対ムリ!


うまく弾く自信がない…



「西洋の楽器とはどのような音色か?」


「それはそれは美しい奏でにございます」


「腕前など二の次。そなたの奏でる音が聞きたいのだ」


「わたしの、音…?」



お殿様からの直々のご要望。


断れるはずもなく。



ほんとはね。


心が動いたの、少しだけ。



わたしの音が聞きたいと言ってくれた。


その人のために弾きたいと思った。



「かれん!ここでいいか?」



気は優しくて力持ち、監察方の島田かいさんが軽々とピアノを運んできた。



めずらしい楽器が手に入ったと喜んだのも束の間。


攘夷が盛んになるばかりで、処分に困り隠しておいたものを引き取ってくれるとは、と持ち主のおじさんは手放しで喜んでいたと言う。



お客様たちを前に幕は上がる寸前。



新選組はというと…


各々がガチガチに上がっているわたしを心配そうに、または手に汗握り、はたまた固唾を飲んで見守る。



目が土方さんを探した。


なぜか分からない。


動転してるせい?



視線が合う。


そらされると思ったのに、がんばれと言ってくれたような。



「それでは失礼いたします」



椅子に座りピアノに向かうと、右側から大勢の視線を感じた。



言ってみれば、ショパンピアノコンクール。


大げさかもしれないけど、今のわたしにはそういう感覚。



どうか無事に弾き終わりますように。



尋常じゃない緊張に襲われ、思わず手を合わせて祈る。



華麗なメロディがぱーんと頭の中で鳴り響いた。



ショパン『英雄ポロネーズ』


『ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53』



深呼吸。


細く吐いた息も、鍵盤に置いた手も。


どうか震えないで。



目をとじて念じる。


平常心。


大丈夫、弾ける!



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