2 そして死ぬ

「今日は、どなたかの誕生日だったのではありませんか?」

 私は広間の面々に向かって尋ねた。


 しかし、誰一人としてピンともこないらしく、全員が全員、頭上に、

「???????」

 という吹き出しをだしそうな顔をして困惑している。


 誕生日、というキーワードを出しても思い出せないとは、これは想像以上に強力な催眠である。

 私は頭上を指差した。

 そこには、

心愛ここあちゃん 21歳誕生日おめでとう!』

 と書かれた垂れ幕が、仰々しく掲げられている。

「心愛さん、というのは、東宮寺さんのお嬢さんでよろしいでしょうか?」


 目の前で、朱広の顔が物凄い速度で青白くなっていく。

「あ、ああ! 心愛! そうだ! 今日は心愛の誕生パーティだったんじゃあないか! どうしてそんなことを忘れてしまったんだ! おい! 心愛! どこにいるんだ!」

 東宮寺は勢いよく立ち上がると、狼狽した様子で、娘の姿を広間にさがした。


「そうだ、今日は心愛ちゃんの誕生パーティがあるからと、この館に呼ばれたんじゃあないか! 一体私は、どうしてしまったんだ!」

 神林も、混乱した顔で頭を抱えた。


「失礼ですが、神林さん、あなたはどなたかと――例えば、心愛さんと同い年くらいの、娘さんと一緒に、こちらにいらっしゃったんじゃあありませんか?」

 私は神林が無意識にずっと手に持っているものを見ながら言った。

「????」

 しかし当の神林は、まったくピンともこない様子である。


 仕方ないので、私は神林が手にかけていた、若者向けデザインの羽織をつついて、神林の意識をそちらへ向けさせた。

「これは、お嬢さんの羽織なのではありませんか? ちょっと持ってて、と言われて、押し付けられたものなのでは?」

 羽織の存在にようやく気付いた神林は、みるみる顔を青くして叫んだ。

美優みゅう! 美優! どこに行ったんだ! おい! 美優!」

 広間にふたりの男の叫びが響きわたる。

 しかし、応じる者は現れない。

 そもそも、いなくなったのはそのふたりだけではないはずなのだ。これだけの料理、おそらくはスタッフを含めて100人近い規模でこの誕生パーティは催されたはず。その人々は一体、どこへ行ってしまったというのか。


 この強力な催眠を施した人間が、それだけの人数を誘拐したというのか?

 一体どういう理屈で?

 誘拐するのなら、金を持って居そうな、このふたりの娘だけで、十分だったんじゃあないのか?

 それとも、それ以外の理由があるとでもいうのか。

 私は真実の先に待ち受ける存在が、思っていたよりも遥かに強大である予感に、身震いした。


「あの! あの……」

 不意に竹美が困り果てた顔で声をあげた。

「その、心愛お嬢様と、美優様が誘拐されてしまったのなら、やっぱり警察に連絡するべきなのでしょうか……」


 

 その発想が、私の思考からまるっきり欠如していたことに気付いて、私はハッとさせられた。確かに彼女の言うとおりである。探偵よりも先に呼ぶべきは警察だ。

 私は強く頷いて、

「ええ、そうですね。竹美さん、警察に連絡してもらえますか? 構いませんよね、東宮寺さん」

「ああ、そうだ、動転してしまっていた。竹美君、速やかに警察に連絡してくれたまえ」

 主に指示され、竹美は早足で広間から出て行った。


 広間の中に残されたのは、私と娘の姿を探してまわる父親2人の

 整然と並べられた無数の料理に対して、あまりにも寂しい人数である。


 私は広間の中央に鎮座している、もふもふしたものを見下ろした。

 眺めていると、なんとも心和む存在である。

 なんだか子供の頃に飼っていたハムスターを彷彿とさせる。


 私はテレビで猫や犬の番組などを好んで観る。

 たとえ画面の向こうであろうとも、あのようにふんわりとした毛足の長い生き物達が、幸せそうに跳ね回っている絵というのは、心の平穏をもたらしてくれるものだ。

 それが画面の向こうではなく、現実にあるとなると、もう幸福度は青天井である。


 私は眺めているついでに、もふもふしたものから好き放題に生えている腕のようなものの数を数えてみた。

 ひとつ、ふたつ、と数えているだけで、なんだかウキウキとした気分になるのだから不思議である。


 腕らしきものは、あった。末広がりの、なんと縁起の良い数字だろう。

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