京田辺の知人

 京田辺をテーマとした怪談が募集されていることをしり、U野は思いきって挑戦することにきめた。けれども旅行経験にとぼしい彼は京都府におもむいたことがなく、京田辺の地理にも歴史にもうといのが悩みの種である。でたらめな情報を書きちらして恥をかきたくはなかった。そこでインターネットを利用して地域の概略をしらべることにした。

 入手できる情報量はおおい。だが、検索だけでは心もとなかった。致命的といえる知識不足をさらすのをおそれるあまり、U野は頭をかかえるばかりでなかなか書きだせずにいた。

 一文字も書けないまま締切日は足音をたてて近づいてくる。日数に余裕があると呑気にかまえていた過去の自分を恨むが、いくら頭をたたいたところで時間が巻きもどされることはない。とにかく急ぎ足で書きおえるしか道は存在しないのである。とはいえ、にわかじたての案は表層をなぞるような薄っぺらいものばかりで、とても納得できるしろものとはいえない。このていたらくで審査員をうならせる作品に仕上げるのは、夢みがちなU野でも想像しがたいものだった。それでも彼は空気のぬけた風船のように意気消沈して、もはや資料あさりもおろそかにしていた。

 机にふせて悩みもだえているとき、ふと京田辺に居をかまえる知人のS田を思いだした。それはSNSでしりあった人物であり、たまに電話でやりとりする間柄だ。彼に相談すればよい話の種がつかめるかもしれないと希望を抱き、手もとのスマートフォンをとりあげた。

 S田の声をきいたとたん、U野は涙が出そうになった。U野はたどたどしく事情を説明した。ことわられるおそれは充分に考えられたが、彼は快くひきうけてくれた。さすが長年現地で暮らしているだけあって、生活臭のただよう現実的な話題をたくさん持っていた。いくつか物語にしたてあげられる逸話がきけたので、U野は何度も感謝の言葉をならべた。

 電話をきったあと、SNSでも声をかけておこうとログインする。すると最新の書きこみが表示された。書き手はS田の友人だった。

 彼の文章を読んだ瞬間、U野は「えっ?」と頓狂な声をあげた。

「ぼくからご報告します。今朝、S田が外出中に交通事故にあいました。病院に搬送されたものの、先ほど息を引きとりました」

 結局、U野はS田のはなしを投稿しなかった。



※2012年脱稿。2016年改稿。

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