「三角形は一つの点となる」 1ぶろっく

 今日は3月23日。卒業式の日。


 私は早朝から店の手伝いをしている。というのもお母さんが熱を出して寝込んでいるためだ。

 お父さんはいつもより忙しそうにケーキを次々と仕上げていく。


 私は春の新作『薫る6種のプチシュー』といつもの看板メニューのシュークリームを任されている。

 このプチシューはその名の通り六つの味が入った六個入りで、味はカスタード、チョコ、オレンジ、桜、ストロベリー、マンゴー。これらを仕切りの付いた小箱に入れ包装する。

 私はシューにカスタードを入れる位しか出来ないので、この二つと陳列しか手伝えないが、それでも少しはお父さんの負担も減るだろう。


「千夏ごめんな。卒業式だってのに見に行けなくて」

 お父さんはタルトにフルーツを盛り付けながら謝ってきた。


 本当はお母さんが来てくれる予定だったが、あの熱だ。これはしょうがない事。


「ううん。大丈夫だよ」

 私は気にさせないために笑顔で答えた。


 時計を見ると、そろそろ学校に向かわないと遅刻してしまう時間。


「お父さん、そろそろ学校行ってくるね」

 私はエプロンを外す。


「もうそんな時間か。気を付けてな。……あ、プチシュー何個か持っていけ。朝飯食ってないだろ? 式中に腹鳴ったら恥ずかしいだろうし」

「うん。ありがと。じゃ行ってきます」

 


 校門に着くと在校生たちが卒業生の胸に紅白の記章を付けていた。 

 玄関には『卒業おめでとう』と書かれた幕。通いなれた学校なのに何故か他所に感じてしまう。


 教室に着くと黒板にも同じ文字。鮮やかにデコレーションされている。


 クラスメイトの半分くらいは登校してきているが彩月や浜田、謙はまだ来ていないみたい。


 卒業か……。なんだかまだ実感が湧かないな。


 私は自分の席に着きプチシューを鞄から取り出し一口食べる。と同時に後頭部に柔らかい圧力を感じた。


「千夏! 何食べてんの? それすっごい可愛いー」


 この声は彩月か。

 私は彩月に抱き着かれながら答える。


「うちの新作。彩月の分も持ってきてるよ。食べる?」

「え? なになに俺の分もある?」


 この声は浜田か。


「浜田の分もちゃんとあるよ。これ一応私が作ったんだからね! 二人とも味わって食べてね」

 クリームを入れただけなんだけど……。


 豊満な胸から後頭部は解放され向かいに彩月、隣の席に浜田が座った。

 二人にプチシューを渡し朝食の続きを食べる。鞄の中にはもう二つの箱。


「二人とも合格おめでとう! 良かったね」

「うん。ありがと」


 彩月と浜田の合格発表は四日ほど前にあった。メールで合格の知らせをもらっていて、メールでのおめでとうはしていたが直接言いたかった。

 二人とも一発合格は本当にすごいと思う。この辺りでは有名な大学で倍率もかなりと聞いていたのに。


 ちなみに私も一応合格。専門学校だし落ちる方が難しいのかもしれないけど。

 謙はちゃんと受かったのかな? 向こうの専門学校。


 ちゃんと見送りしたかったな。なんで嫌がるの? ほんと訳分かんないよ……。


 謙が向こうに行くことをこの二人は知らない。行く理由が理由だけに言えなかった。本当は相談したかった。でも、謙はこの事をずっと隠してきていたのだ。だから……。


「なにこれちょー美味えー! ほんとに七崎が作ったのかよー」

「典君は何味食べた? 私は桜。美味しかったよー」


「これはなんだろ? マンゴーかな? マンゴー美味えー」


 言った方がいいかな? 

 謙が隠してた事も説明すれば二人なら知らんぷりをしてくれるだろう。それを知って謙を責めたりもしないと思う。むしろ心配してくれるはず。


 私たち三人は札幌の学校だからいつでも会える。謙はきっと旭川。このままでいいの? 夏に花火をした時の……いつもの四人のあの頃に戻らないまま離れちゃっていいの?

 溝を作ったまま行っちゃうの? 

 

 そんなの……。駄目だよ……。

 

 やっぱりこの二人には言おう。


 謙には悪いけど。うん。


「あのさ。二人に聞いて欲し――」

「お! 矢元の野郎やっと来たか! てめーシカトばっかりしやがってこの野郎」


 私が言いだそうとした時、謙が教室に入ってきた。浜田はそれにいち早く反応し謙の元に駆け寄る。彩月も浜田に続くように立ち上がった。


「ってお前そのでっけー荷物何?」


 謙は浜田を無視するように私の後ろの自分の席に座る。そして手には大きな黒いキャリーバッグ。


「おい矢元無視すんなよ。それなんなの? 旅行帰り……とか?」


 謙は頬杖をつき黙る。


「おい! 黙んなよ」

「ちょっと典君!」


 浜田は強く当たっているように見えるが、これは浜田なりの優しさだろう。こうした方が無視していた謙も話しやすいと考えての事と思う。


 卒業式にキャリーバッグという異様な謙に教室が静かになる。


 この静寂に謙は耐え切れなくなったのか、仏頂面のまま口を開いた。


「ったく。卒業式終わったら親戚のとこに遊びに行くんだよ。専門学校の入学式までは暇だしな」


 浜田はこれを聞いて、待ってましたと言わんばかりに謙の首に腕を回す。


「そういうことかよ。で、親戚ってどこなの? お土産よろしくね!」

「ああ、覚えてたらな。いいから離れろ」


「もう。つれないなー。俺とお前の仲だろ? 親友という仲だろー」

「お前といつ親友になったんだよ! いいから離れろって」


 このいつものような・・・・・・・やり取りを見ていた彩月は少し安心したような表情でまた席に座った。そして小声で私に話しかけてくる。


「なーんだ。思ってたより普通じゃん。後は千夏といつも通りになれば完璧だね。……そういえば、さっき何か言いかけてなかった?」

「……ううん。なんでもない」


 謙が来てしまった以上話しを切り出すことはできない。

 

 もー。なんでもっと早くに相談しなかったんだろう。私ってほんと馬鹿。

 


 卒業式は終わった。

 私は涙を流すことはなかった。というのも式に集中出来なかった。


 号泣してしまうだろうと箱ティッシュを持参していたがそれを使うことにはならず、頭の中は謙の事で一杯。気が付くと整列して教室に戻っていた。

 机の上には紅白饅頭の箱やマナー本、判子など記念品が置かれている。


 そして、高崎先生から最後の挨拶。

 しんとした教室。鼻を啜る音。そんな中先生は涙を浮かべ、時に言葉を詰まらせながら私たちにお祝いの言葉を残した。



 一通り事が終わり、皆玄関を出ていく。

 外には皆の親達が所々に固まっている。


「千夏ー。皆と写真撮ろう!」

「うん」


 私は彩月に手を引かれクラスメイトと写真を撮っていく。


 玄関前は人気ポイントなのか列が出来ている。でもやっぱり写真は玄関前で撮りたいな。

 ほぼ全員との撮影を終え、私と彩月は玄関前の列に並ぶ。


「千夏! 携帯かしなさい。写真撮ってあげるから」

 ふと横から聞き覚えのある声が聞こえ振り返る。


「お父さん! なんでここにいるの? 店は?」

 何故かスーツを着たお父さんがそこにはいた。


「いやー、お母さんになんでか怒られてさ。店はいいから卒業式行ってきてってさ。最初から全部見てたんだぞ」

「そ、そっか」


 まあ確かにその光景は想像出来るけど……。

 私は携帯をお父さんに渡し玄関前に彩月と立つ。


「じゃー撮るよー。笑ってー」


 私はなんだか恥ずかしいながらも証書筒を掲げ笑顔を作る。

 が、携帯を持ったお父さんの後ろにちらりと見えた校門前の謙と理奈お姉ちゃんの姿。そして何故かそこに当たり前のように混ざっている咲希。


 謙は車に荷物を積んでいる。


「千夏ー。どこ見てんの。カメラ見てカメラ!」

「う、うん」


 ハイチーズという掛け声で携帯から撮影音が鳴る。

 私はすぐさまお父さんから携帯を受け取り校門に走る。


「ちょっと千夏? どこ行くの」


 彩月の声は聞こえていたが、無視して私は走る。

 校門前に止められている理奈お姉ちゃんの車。謙はそれに乗り込む。理奈お姉ちゃんはすでに運転席。


「謙! 待って!」

 私は叫んだ。しかし、声は届かなかったのか車は走りだしてしまった。

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