第3話 最果て、横たわる白
キャット・ライブス・ダイスの使命は世界創造である。
何を隠そう、彼女は人工的に造られた神様なのだ。
神が人を創り、人が人を産み、人が人を造り、とうとうその領域まで達したということだ。
進化のたどり着いた先が、ある種の回帰だというのは、果たして皮肉なことだろうか、それとも当然の帰結だろうか?
まあ何を今更といった感じでもある。
閑話休題、いや箱の外の人類からすれば本題なのだが、まあ箱の中には関係のないことである。
だからといって、キャットが役割を怠るとか、そういう話でもない。
要するに、何が言いたいかと言えば、キャットが何を創るにせよ、そこに他の意思は介在しないという点である。
結局、毛玉もキャットの一部なのだから実質的に自己判断の範疇だろう。
かくして今より世界創造が始まるのだ。
強引かもしれないが、まあそういうことだ。
まずはキャットの一言から、流れが生まれる。
「私、しなきゃいけないことがあったかもしれないの」
「それは、そうでしょうね。キャットの存在意義に関わることですよ」
「なんだったかしら、思い出せなくて」
「……簡単に言うなら、いつまでもBOXを白紙のままにはしておけないということです」
キャットが納得したように手を打った。
今まさに、そのことを思い出し、そうしたことでどこかに引っかかっていた何かが取れてすっきりとしたそんな気分だといわんばかりだ。
表情の乏しいキャットではあるが、今回ばかりは雄弁に喋らずとも顔を見るだけで分かるほどだった。
「それで、なにをすればいいのかしら」
毛玉は一瞬、会話が振り出しに戻ったのかと錯覚しかけたが、そうではない。
何から創ればいいかといった疑問だ。
ならば答えは概ね絞られる。
「天地ってやつじゃないですか、創造といえばお決まりのやつです」
神話におけるテンプレートの一つ。
しかし壮大な話もパターンやカテゴリーに当て嵌められると、どこか陳腐で、なにかチープな感じがしてしまう。
毛玉が語るお決まりという言葉の端には、なにかつまらなさげな感情が込められているようだった。
それはおそらく本人(人?)でさえ無自覚な、もしかすると毛玉の意思ではなく、キャットの潜在意識というやつが作用したのかもしれない。
「てんち、テンチ、天地、それってどんなもの?」
流れるような疑問、だが毛玉は少し困ってしまう。
さて、どこからどこまで、なにからなにまで話せばいいのか。
情報を羅列するのは簡単だ。
しかし、それでは恐らくキャットにはうまく伝わらない。
少し思案した後。
「BOXの上の面を青色に、下の面を……とりあえず茶色に。質感も変えましょう」
こういうのは、いっそ適当にやってみてから修正していけばいいのだ。
それが毛玉の結論だった。
ちなみに、天地がわからないなら、青色とか茶色とか、質感とか、そういう言葉も意味がわからないんじゃないの?という話になりそうだが。
キャットは完全な無知なわけではない。
というか分離した毛玉が大量の情報を擁しているように、キャットも情報自体はもっている。
しかし普段はそれにリミッターがかかり、まるでなにも知らないようになっている。
そしてそのリミッターは適宜、状況に応じて解除されるようになっている。
創造に必要な情報をキャットが求めた場合などがそれに当てはまる。
つまり今だ。
「わかったわ。やってみる」
人工世界BOX、いやまだ世界とは呼べず、ただの空間と呼んだほうがいいかもしれない。
その立方体の上下の真白が、キャットが手をかざし動かすだけで、その色を変えていく。
それと連鎖するように、広いのか狭いのかも判然としなかったBOXに『広さ』が生まれていった。
色を変え大きさを変えた空間。
しかし、その果て。
遠くに見えるBOXの横の面。
箱の外では地平線と呼ばれ、本来ならば天と地が繋がっているように見えるであろうその場所には、その二つを隔てるように、真白が横たわっていた。
「あー……」
毛玉もまさかの計算外である。
上下の面、天井と床、いまや天空と大地、それが広がっていけば、遠くに見える横面の白は細くなっていきそのうち見えなくはなるだろうが、それは目で見える範囲の話。
世界の果てに白い壁の待つ世界、それは果たして世界と呼べるのだろうか。
「どうかしら? うまくできた?」
キャットは無邪気にも、どこか自分の成した事を誇るように言った。
毛玉は、その問いにも、世界の定義にも、答えを出すことは出来なかった。
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