吾輩、渋々先生を助けにいく!
……ヤバい。
これは絶対ヤバいヤツ。
100%、いや、500%怒られるヤツ。
油断しまくっていたらディートハルトを取り逃がした上に、先生まで連れて行かれるとか。
いやぶっちゃけ、天界のヤツらはどうでも良い。何ならあのハゲの首をもぎ取ってしまえば良いわけだし、うん。アイツを消せばそもそもこの話はなかったことになるわけだし。吾輩ってもともとそういうヤツだから。
問題はそっちじゃない。
あーもー絶対怒られる。さっきの顔で怒られる。いやマジであの顔何よ。人間ってあんな顔出来る? 歴代勇者の誰よりもおっかねぇ顔してたぞ? 顔中傷痕だらけの「あれ、君ウチの新入り?」ってヤツもいたけど、そいつなんかより全然
どうしようどうしようどうしよう。
うぅ……怖いけど仕方ない。助けに行くか。
どれ、ディートハルトは一体どこへ行ったのか……。
吾輩は精神を集中させ、額にある第3の目を開いた。
――――――――
――――――
――――
「ちょっと、何すんのよ」
「おおおおお前が悪いんだからな」
「はぁ? あたし何もしてないし」
「おおおお俺のこと馬鹿にしただろ」
「いや、馬鹿にはしてないよね。好みじゃないとは言ったけど」
「くっ、口臭いって言ったし!」
「いや、臭いもんは仕方ないよね。少し省みてよ、自分の口臭」
「臭くねぇし! そういう酒飲んだだけだし!」
――――
――――――
――――――――
……え――っと。
先生ってもう少ししおらしく出来んもんなの? 拐われた人ってフツーもうちょい弱い感じにならない? めそめそ泣いたりとかするもんなんじゃないのか?
えぇ――……、ディートハルト何で先生拐ったかなぁ――……。
とにもかくにも先生は元気そうで何よりだ。場所もわかった。あれはかなり昔、吾輩がまだ魔王に就任する前に東方の地域の小鬼達のちょっとした遊び場として作った洞窟だな。
壁に取り付けられたラッパに向かってしゃべると、中の管を伝って、洞窟内の別のラッパにその声を届けることが出来るという仕掛けがある。その声が呻き声やら嘆き声やらに聞こえるとかで、人間達からは『鬼の棲む嘆きの洞窟』などと呼ばれ、大層恐れられていた場所だ。
その他にも落とし穴やら隠し階段やら半日は遊べるような仕掛けがあったはずなのだが、小鬼達がわざと崩落させて遊ぶもんだから親達から苦情が来て閉鎖したのである。とっとと埋めときゃ良かったな。先生が仕掛けに引っ掛かったらどうするんだ。レベル1なんだぞ?
とりあえず、これ以上ディートハルトが興奮する前に行くか。アイツ怒りに任せて先生を惨殺しかねないしな。
ていうか、レベルMAXともなると瞬間移動魔法も使えるんだなぁ、やるじゃん、人間。
さて、とりあえず入り口には着いた。
何だやはり入り口の鉄格子が壊されておるではないか。また爆破か。毎回毎回何でアイツらって爆破するんだ。随分腕の良い爆弾職人がいるのだな。いや、そうじゃないか。
ていうか、どうせこれも勇者一行の仕業なんだろ? 別に、お前達は鍛えてる上にそういう職業なわけだし死んでも自己責任なんだろうから好きにすれば良いが、近隣の村人とかも立ち入るかもとか思わないのかね。全く、想像力の欠如も甚だしい。
落とし穴の中には底に竹槍とか毒の池とかスタンバイしてんのもあるんだぞ? 奥の方にある竜の彫刻のうちの何体かは火を吹く細工だって施してるんだぞ? 死人が出ても吾輩の責任じゃないからな?!
洞窟内の壁には吾輩の魔力を封じ込めた魔石が埋め込まれており、それが照明の役割を果たしている。回収するのをすっかり忘れていたが、結果オーライといったところか。ていうかまだ魔力が残っていたとはなぁ。いやー、しかし、懐かしいなぁ、ここ。この壁画も吾輩が――。
「――いやぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
「――!!!?」
先生の声である。
これは明らかなるSOS。
徹夜で彫った壁画に見とれている場合ではなかった。すまんすまん。いま行くぞ、先生。
「おとなしくしろって!」
「触んな触んな触んな! くさっ! 口くっさ!」
おぅ……。
先生はディートハルトに組み敷かれた状態で足をばたつかせ、目下必死の抵抗中のようだ。先生に覆い被さったディートハルトはこちらに背を向けている状態である。しかし――、
何でコイツ、尻を出しているんだ?
「わふ」
「――ぅわぁ! びっくりした!」
そういえば変化を解いてなかったといまさら思い出しつつ、吠えてみる。ディートハルトはびくりと大きく震えた後で、尻をこちらに突き出したまま振り返った。さっきと変わらぬ間抜け面である。その下にいた先生はいまがチャンスと抜け出そうとするが、そこはさすがレベル1。いくら余所見をしているとはいえ、やはりディートハルトとの力の差は歴然らしく抜け出せないようだ。
しかし援軍(吾輩)が到着したことで安心したのだろう、先生の強張っていた表情はほんの少し緩んだ。
「おっ、遅い! 危なかったじゃん!」
「すまんすまん」
「ぅえっ? しゃべったぁ!?」
「あぁ、しまった。しゃべっちゃ駄目だったな、そういえば」
「もー良いっしょ、別に。ちょっとアンタどけなさいよね。そんでパンツ履いて」
「え? え?」
ディートハルトはしゃべる犬(吾輩)の登場にかなり混乱している。確かに吾輩の部下達の中には人間達を惑わすために結構ペラペラしゃべる者もいるが、ヤツらの身近にいる動物というのはそもそもそういう風に発声器官が作られていないと聞いている。そりゃビビるか。何か悪いとしたな。まぁ、でも良いか。
どうせもうコイツ死ぬし。吾輩が殺すし。
ディートハルトは尚も「え? え?」と言いながら脱ぎ捨ててあった自身の下着を装着し、そして、なぜかかなり離れたところに落ちていたズボンも取りに行った。その隙にと、先生は吾輩の元へと駆け寄り、ばふりと胸毛に顔を埋めた。
「おっそいよ、魔王君。あたしに何かあったらどうするつもりだったのさ」
「すまん。先生があまりにも勇ましいのでついレベル1だということを失念していたのだ」
「忘れないでよ! いっちばん大事なトコだから、そこ!」
先生は吾輩の胸毛をぎゅむと鷲掴みし、その状態でぐいぐいと引っ張っている。
――え? 抜く気? さすがにそれはどうだ。たぶん先生の力では抜けないと思うし、仮に抜けたとしても、だ。そこだけハゲてしまうのはさすがに恥ずかしいんだが。
「――む?」
何だろうか。胸の辺りが何だか湿っぽいぞ。汗か? そんなに焦って飛んで来たわけでもないのだが――って、もしやこれ、先生か? おい、これは何だ。何の水だ。涎or涙? おい、まさか鼻水ではあるまいな?
「……めっちゃ怖かったし」
吾輩の胸に顔を埋めたまま、先生がぽつりと言った。そこでしゃべられるといささかくすぐったいんだがな。
「口だけなら互角――いや、優勢だったではないか」
「……うっさい」
「すまん。ここは声が響きやすくてな。少し音量を……」
「そういう意味じゃないよね」
「むむ。そうか」
「腕力じゃ勝てないんだから、そりゃ口の方で頑張るよ。全部負けなんて悔しいじゃんか」
「そうか」
「本当は心細かったんだよ。すぐ来てほしかったし」
「すまん。いや、結構マジで」
「とっとと片付けて帰ろ。ハネムーンも堪能したしさー」
――ん?
「先生? 吾輩いま聞き慣れない単語が聞こえたような気がしたのだが」
「これでまたしばらくあの部屋におこもりでも良いや。――あ、でももう隠れなくても良いのかな?」
「え? いや、先生? そういや吾輩まだちゃんと確認してなかったっていうか」
「いやー、今晩ってさ、アレだよね。ぐっふ」
「え? アレ? 何? どれ? ちょっ……、先生? 吾輩の話聞いて?」
「とりあえず、早く終わらせ――――…………」
「――む?」
ぎゅう、としがみついていた先生の身体からすとん、と力が抜けた。
ずるり、と吾輩の身体を滑り落ちていくのを咄嗟に前足で支える。糸の切れた操り人形の様な先生は、喉笛を吾輩にさらけ出して天を仰いでいる。瞼は閉じられていたが、どうやら先刻の水分は涙だったらしく、最後の一粒が頬を伝っていった。
即死のようである。
外傷がないということは魔法攻撃によるものだろう。
一瞬にして彼女を殺めたのはもちろん――、
「もういらねぇわ、そんな女。ちょっと顔が好みだったってだけだし。この俺様になびかないとか珍しかったってだけだし。クッソ弱いくせにいっちょまえな口聞きやがって」
身仕度を整えたディートハルトは俯き加減で何やらぶつぶつと呟いている。
「俺って無敵だし。レベルMAXだし。どんなモンスターだって雑魚だし。魔法だって何でも使えるし。顔だってとびきりのイケメンだし。女もヤり放題だし。魔王とか瞬殺だし。っつーかとっとと出て来いや、ヘボ魔王」
何ていうか全体的に耳障りだ。こいつの顔見るのも何か嫌になってきたし、何より――、
先生が死んでしまった。
こいつに殺されてしまった。
とりあえず八つ裂きで良いな。
いや待て。その前に一回軽く焼こう。
そんでその後氷漬けにして。
あぁそうそう電流も流しておかんとな。
それから、関節は全部逆方向に曲げて、皮もちろん全剥ぎだ。
せっかくだからサービスで一族も根絶やしにしてやろう。
あぁでも、その前に――、
「――おい、人間」
「……な、何だ? さっきの犬どこ行った? お前誰だ!」
魔王らしい姿にならねばな。
こいつならきっとしっかり楽しませてくれるんだろう。何せレベルMAXなのだから。
「御所望のヘボ魔王だ。待てど暮らせどなかなか来てもらえないのでな、直々に来てやったぞ」
「お、お前が……魔王……? 何か、すっげぇ弱そう……なんだけど……」
そうだろう、そうだろう。
何せこれは城内アンケートでもぶっちぎりで最下位だった姿なのだ。
『油断させるにもほどがある』という7割の声を無視し、『これくらいの方が後々盛り上がるのでは』という2割を権力で無理やり採用したその姿は、
身長180cm、体重75kg。
青白い肌に、藍色の長髪という、パッと見はただの人間(しかもたぶん病弱)である。何ならさっきまでの狩猟犬の方がいくらかマシだろう。
さぁ、吾輩のごり押しが正しかったのか、コイツで試してみようじゃないか。
とりあえずつかみはOKのようだ。よっしゃ。
明らかにがっかりしているディートハルトの表情を見て、吾輩は軽くガッツポーズを決めた。
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