♯355 アインとエイル


「す、すまないが動ける誰か手伝ってくれ! このままでは二人を止められない! そうだ、アイン――」


 と、クレスが彼に声を掛けたとき。



 アインの身体は――周囲の景色と同じように砕け散り始めていた。



「なっ――」


 愕然とするクレス。

 彼の反応でヴァーンやエステル、レナ、そして女の争い中だったフィオナとニーナもそのことに気付く。


「……は? オ、オイオイなんだそりゃ。どうしたよアインくん!」

「ア、アイン? なぜ――!」


 ヴァーンとクレスの発言に、アインは少々申し訳なさそうに苦笑してつぶやく。


「すみません。愉快な時間を邪魔してしまった」

「ンなこと言ってる場合じゃなくねぇ!? オイオイなんでお前まで消えそうになってんだ!?」

「それは、自分が皆さんと同じ時空の人間ではないからです」

『!?』


 あっさりと告げられた衝撃の事実に、クレスたちは全員が声を失った。


「エイル。お別れの挨拶だ」


 アインが剣に向けて囁くと、そこから巻き起こった風が人のカタチを成す。それはすぐにエイルという女性を形作った。


「――ふぅ。あら、驚かせてしまったかしら。私は魔剣に宿る風の精霊と契約していて、いつでも姿を……いえ、驚いているのは別の話ね。まずは謝ります。ごめんなさいね」


 エイルはドレスの裾をつまみながら頭を下げ、それからアインと共にうなずき合い、クレスたちの方を見てゆっくりと話しだす。


「とても簡潔に言ってしまえば、アインと私は未来から来たの」


『!!』


 再びの衝撃発言に、クレスたちの驚きは収まらない。

 クレスが困惑したまま問いかける。


「み、未来……? ……すまない。少々混乱して、上手く話が飲み込めないが……」


 それはフィオナたちも同じである。

 一様に難しい顔つきをするクレスたちに、エイルが小さく笑って話す。


「そうでしょうね。けれど、ご覧のとおり時間もあまりないから手短に説明いたします。アインと私はもう少し未来の世界で暮らしていたのだけれど、ある日、世界に“先”がないことを知った。そしてその原因が過去――このときこの場所で、勇者クレス一行が時の結界魔術に封じられることであるとわかって手助けにきた、というわけ」

「んはー……いやまぁずいぶんわかりやすい話だけどよ」

「クーちゃんがいなくなっては未来が変わる……ということかしら。ラビ族の操る時の魔術が存在する以上、そういったことが起こっても不思議ではないけれど……」


 無事な方の手で頭をポリポリ掻くヴァーンと、うつむき加減に思案するエステル。

 フィオナが「あのっ」と声を挟んだ。


「で、でもここはニーナさんが生み出した結界の世界で、ニーナさんが招待した人でないと入れませんよね? エリシアさんは聖剣を持っていたので特別だと思いますが、メルティルさんですら見つけられなかったのに、未来の方が、一体どうやって……」


 そんな疑問にはエイルがすぐに答えた。


「それはもちろん、未来のウサギちゃんの手によって」

「えっあたし?」


 まさか話を降られると思っていなかったのか、ニーナは自身を指さしながらキョトン顔でうさ耳をピンと伸ばした。

 エイルはうなずいて話を続ける。


「ええ。時の魔術で過去や未来にさえ干渉出来るラビ族のあなたが、過去と未来を結界世界で繋げることで私たちをここへと送ったのよ。自分自身で蒔いた種だからって、少し恥ずかしそうだったけれどね」

「ええ~! けどそれってあたしすごくなーい!? あたしが世界を救ったようなもんじゃーん! ねぇねぇクレスすごいよね惚れ直したっ?」

「そもそもテメェが原因だろがいウサ公!」

「未来のニーナさんが……あっ、そっか! だからわたしたち、この結界世界で過去や未来の理想ユメを見ることが……!」

「そういうことのようね……。それに、貴女たちが突然消えて突然現れた理由もわかったわ」

「え? エステルさん、どういうことですか?」


 まだ理解が追いついていなかったフィオナの問い。クレスやヴァーン、レナたちもエステルの言葉を待つ。


「簡単な話よ。過去に発生した何らかの問題で地続きの未来が保てなくなれば、アインとエイル、貴女たちも消えてしまうという道理でしょう」

『!』


 驚愕するクレスたち。アインとエイルはそれぞれにうなずいて応えた。


「その通りです。自分たちが存在を保てなくなったあの時、未来は完全に閉ざされていました。本来ならばそうなる前に自分たちで片を付けるつもりでしたが……結局、皆さんに頼ることとなってしまいました。申し訳ありません」

「むしろ助けられたのは私たちね、アイン」

「まったくその通りだ。修行が足りず情けない」


 少し照れくさそうなアインを、エイルがからかうように笑う。

 ヴァーンが腕を組みながら眉をひそめ、「おお!」とひらめいたような声を上げる。


「なるなる! つまりよぉ、アインくんがあんな自信マンマンに勝利宣言したのは自分たちが復活したから勝ちを確信かちかくしたってこったな! んじゃ、もしかしてウサ公を煽ってたのもわざとか?」

「はい。もしも魔族ニーナが結界世界で自分たちの“未来”に気付けば、妨害される恐れがあると踏んでいました。それに、未来の彼女は過去の自分は危険だと語っていましたから」

「となると……どうやら今回の最大功労者は、やっぱりレナちゃんのようね」


 エステルのそんな発言で、皆がレナの方を見る。「え?」と当惑するレナに、皆が同じような顔でうなずきあった。つまるところ消えてしまったアインたちが再び姿を見せる事が出来たのは、レナがクレスたちを理想ユメから解放したことで閉ざされていた未来をこじ開けたということである。


「す、すごいねレナちゃんっ! ううっ、やっぱりレナちゃんは自慢の娘です~~~!」

「わぁ! も、もう今はそれいいからっ! いまたいせつな話でしょ!」


 レナを抱きしめて頬ずりするフィオナ。一転して和やかなムードになる。


 そこでクレスがアインの方へ歩み寄る。


「詳しいことは俺にはよくわからないが……わかることもある。俺も君に、君たちに助けられた。ありがとう、アイン。エイル」

「クレス殿……」


 差し出されたクレスの手を見て、アインが少しだけ切なげに目を細める。

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