♯324 ブレねぇ男
「――なるほどな。つまりオレ様は欲望に目がくらんじまってたと。フッ、オレ様を誑かすたぁ、相手もなかなかやるじゃねぇか」
仰向けの状態で腕を組むヴァーンが、頭にでっかいたんこぶを腫らしたまま格好つけた顔で格好つけたことを言った。
「んで、
「ああ」
「敵か」
「おそらくは」
そんな彼を見下ろしつつ、クレスがうなずく。
「俺たちもそうだった。いつの間にかこの街への警戒心が解けた俺は、フィオナのことしか考えられなくなっていた。笑うフィオナがあまりに愛らしく、振り返って俺を呼ぶ声があまりに可憐で、潤んだ瞳と火照った顔のドレス姿はあまりに美しかった。いつまでも触れあっていたかった。フィオナへの愛おしさだけで頭がいっぱいになっていたんだ……」
「いやオメーは前からそうだったけどな。フィオナちゃんもヘラヘラしてめちゃくちゃ浸ってるじゃねぇか! もうこれ洗脳とか関係ねぇバカップルだろ! お前らホントに正気に戻ってんのかよ――っと!」
ヴァーンは仰向けのまま足を振り上げ、反動をつけて身軽に飛び起きると首や肩をゴキゴキと鳴らす。クレスの言葉にヘラヘラニマニマしていたフィオナがハッとなった。
「と、とにかくヴァーンさんが正気に戻ってよかったです! その、だ、だいぶ痛かったかと思いますが……」
「いやマジでな。脳天から痺れたぜ。一つ借りだなクレス」
「気にするな。それよりヴァーン、お前はなぜここに?」
「ああそれな」
ヴァーンは立てかけていた相棒の槍を手に取り、台の前に散らばっていた金のコインを一つ手に取ると、じろじろと眺めながら話す。
「あっちで元王女サマと『光祭』に向けて聖都へ発つ準備してたらよ、ヘンな手紙が届いたんだわ。んでそっからやかましいボインな娘が出てきてな、英雄様を労うためにパーティーに招待するから来いってよ。王女サマやエステルは止めたが、まぁボインだったからな。来てやったっつーわけだ」
「ボインだと来るのか……」
「ボインだと来るだろ」
まったく後悔もなさそうに振り返って笑う即断のヴァーンに、もはやちょっぴり感心していまうフィオナである。
「ヴァ、ヴァーンさんはブレませんね……」
「ブレねぇ男だぜオレは。それにタダで別荘や召使い付きだかんな。こんなウマイ話乗らないワケねぇだろ。うちの召使いは巨乳のセクシー水着メイドだぜ! ここ数日は天国だったなワハハハハ!」
「お前らしいな……では、皇女様とエステルも一緒なのか?」
「いんや。姫さんはさすがに無理だ。忙しかったし、危険に晒せるはずもねぇからな。いちお、あっちには執事のおっちゃんがいるからなんとかなんだろ」
「そうか。ではエステルは――」
と、クレスがそこまで言ったところでスロット列の向こうから歓声が聞こえてくる。
三人は顔を見合わせて、そちらへと向かった。
――そこで三人が見たのは、ルーレット台でゲームを行っているドレス姿の女性。青い髪と白い肌は煌びやかな会場にも負けない華やかさを放ち、周囲に集まる観客からの注目を集めていた。
その中に混じって視線を送るクレスとフィオナ。後ろからヴァーンが「おお、ここにいたか」と顔を覗かせる。
女性は山のように積まれた金色のコインをすべて差し出す。
「『1』に全てよ」
周囲がざわつく。
ストレートアップベット。一つの数字にベットする、ルーレットカジノにおいて最も配当の高い賭け方である。
緊張が走る中、ディーラーの手により
そして――ボールは見事に『1』で止まった。
歓声と拍手が起こり、ウサ耳の少女ディーラーが「お見事です!」と大量のゴールドコインを差し出す。どうやらここではチップの代わりに直接『ラビコイン』でやりとりをしているらしかった。その量は先ほどのヴァーンのスロットよりもずっと多く、もはや一人で持ち運びが不可能なほどだ。
「これ以上勝ってしまっては品がないというものだわ。これくらいにしておきましょう」
ドレス姿の女性客はそう言って立ち上がり、黒いハイヒールの音を立てながらカツカツと歩きだす。バニーガールスタッフが数名、それぞれ大型のケースにコインをたんまり入れて客の後に続く。
その客は休憩スペースまで行くと真っ白なソファに腰を沈め、スラリと細い足を組みながら差し出されたフルーツジュースに口をつける。高級そうなサングラスを外すと、海のように美しい瞳が覗く。
バニーガールが膝をついた。
「お見事でした、親愛なるお客様! これほどの強運は、必ず創造主様にもお認めいただけることでしょう。おめでとうございます!」
「ありがとう、可愛らしい子ウサギちゃん。けれど、これだけのコインがあっても使い切れないわね。……そうね。貴女を引き取って私の妹に――いえ、いっそ食べてしまおうかしら」
「ああ……親愛なるお客様……」
バニーガールの頬を撫で、顎をくいっと自分の方に向けながらキザなセリフを吐く女性。バニーガールは恍惚とした表情で目をとろんとさせていた。今にもキスしてしまいそうな雰囲気と距離感である。
「いやドン引きだわ。ロリバニー相手に何やってんだテメーは」
といつの間にかすぐそばにいたヴァーンがストレートにツッコむ。
クレスとフィオナもすぐに駆けつけた。
「エステル! やはり君も来ていたのか!」
「エ、エステルさんっ!」
三人の声に、青い髪の女性――エステルがこちらを向き、艶のある髪を払う。その瞳は氷のように冷たいものだった。
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