♯322 夢現つ
三日間の余暇が終わった。
クレスとフィオナがこの夜の街に来て四日目の朝。相変わらずの夜空が広がる世界であり、久しぶりに見るカボチャ男の頭はうっすらと光ったままだった。
カボチャ男は二人の顔を見て言った。
『お迎えに上がりました。街での生活を楽しんでいただけたようで、何よりでございます。それでは、パーティー会場へとご案内致します……』
今回のカボチャ男は、しっかりと二人乗り用の
御者台のカボチャ男に導かれ、クレスとフィオナは馬車に乗る。
『参ります……』
カタコトカタコト。小気味よいリズムで馬車は進む。
二人はなんだか落ち着かない様子だった。
「うーむ。一応、正装はしてきたが……」
「パ、パーティーってどのようなものなのでしょうか。なんだかちょっぴり、緊張してきました……!」
二人とも髪を整え、フィオナは軽く化粧をし、それぞれクローゼットに用意されていたタキシードとドレスで正装をしているが、どんなパーティーなのかはいまだによくわからないところである。そんな二人はそれぞれに剣と杖だけは持ってきているが、そこに危機感の類いはない。
少し進んだ海沿いの橋の上で、馬車が止まった。
軽く身を乗り出したクレスとフィオナが目を見張る。
「……人!? この街に他に人がいたのか!」
「じょ、女性……でしょうか……」
驚く二人。
美しい女性が一人、橋の欄干にもたれかかって鼻歌を口ずさんでいた。
「ふんふ~ん……ん? ああ来た来た」
女性がこちらを見る。
印象的なのは、凜々しく整った溌剌とした表情。そして大きな三つ編みとなっている長い栗色の髪。彼女も招待客なのか、ドレス姿ではあるが、その腰には不釣り合いな長い剣が下げられている。
女性は剣の重さなどまるで気にしない軽快な足取りで、カツカツと歩いてやってくる。そしてまず御者台のカボチャ男に向けて人差し指をくるくると二回回した。
「ちょっと待っててくれる?」
『……承知致しました』
カボチャ男が素直に従う。
そして女性は二人のそばにやってきた。
「キミがクレスくん?」
「え? ――あ、ああ。そうだが……」
「じゃあそっちの子がウワサのお嫁さんかぁ。メルはいろいろ言ってたけど、カワイイ子じゃない! こりゃ幸せもんだねぇ、このこの~!」
「む、むう……?」
剣の鞘でグイグイされて動揺するクレス。フィオナは目をパチパチさせていた。
そこでクレスが気付く。
「……っ!? そ、その剣は……!」
女性が明るい笑みを浮かべた。
「お寝坊さん。ま、とりあえず
そう言って、女性は剣の鞘でクレスとフィオナの頭をコツンコツンと素早く叩いた。
『――っ!!』
軽く叩かれた二人は、大きく目を見開いて呆然とする。その反応に栗色の髪の女性は「ヨシッ」と腰に手を当てて息をつく。
クレスは己の剣を見下ろす。鞘から刀身のわずかな光が漏れていた。
「これは……君の剣は、まさか――!」
女性がパチンッとウィンクする。
「おかげでキミたちを見つけられたよ。こんな強力な結界内じゃ、外からノーヒントで見つけることなんて出来ないからね。そりゃメルも諦めちゃって仕方ないか」
やれやれとばかりにため息をつき、それから今度はニマニマした顔でこちらを見た。
「にしても……キミたちずいぶん溺れてたみたいだねぇ。若い新婚さんにとってはおジャマだったかしらん? ボクもあの子と一緒にこられたらよかったかなぁ、なんちゃって」
女性の言葉に、クレスとフィオナは何も返せない。状況把握に思考を回すのがいっぱいいっぱいだったからだ。
「じゃ、あとは頑張りなよ。仕事だし、ボクも手伝ってあげるからさ。またね」
女性は二人を一瞥すると、ひらひら手を振ってその場から消え去る。凄まじいスピードの跳躍は目で追いきることも難しく、気付いたときには二人だけが残されていた。
フィオナがハッと気付いて言う。
「ク、クレスさん! わたしたち、どうしてこんな暢気にパーティー気分になんて……! なんだか、ずっと夢の中にいたような……。と、とにかく何があるかわかりませんし、もっと警戒していかないとですっ! そ、それに今の方は一体……!」
あたふたするフィオナに対して、腰の剣に触れたクレスがつぶやく。
「……共鳴」
「え?」
「あの人は、俺と同じ聖女様からの祈りが込められた剣を持っていた。聖剣同士が共鳴していたんだ。その繋がりを通して、強引に俺たちを起こしてくれた。ひょっとすると、彼女も、勇者なのかもしれない」
「聖剣……勇者……え、ええっ!?」
「フィオナ」
クレスがフィオナの手を掴む。
「どうやら、俺たちは羽目を外しすぎていたようだ。君の言うとおり、何が起こるかわからない。気を引き締めて行こう」
そんなクレスの発言に、フィオナはこくこくと二回強くうなずいた。
そのタイミングで、御者台から声が掛かる。
『……それでは、参ります……』
再び馬車が動き出す。
二人の顔つきは、もう今朝までのそれではなかった。
――そうして二人は、あの黒い塔の入り口にたどり着いた。
動く部屋を使って、上層階へと移動。以前は固く閉じられていた赤い扉の前には、パーティー会場であることを示す立て看板が設置されていた。
『失礼致します……』
頭を下げて、すぅ、と闇に同化するように消えていくカボチャ男。
残された二人は、扉の前で手を繋ぎ合う。
「……フィオナ」
「……はいっ」
ぎゅ、とお互いの意思を固め合う。
この先に何が待っているかはわからない。それでも覚悟は決めていた。
頭はスッキリと晴れている。
「行こう。帰りが遅いと、レナに怒られてしまう」
「……そうですね! レナちゃんとの聖夜のためにも、クレスさんとのデートをしっかりやり直すためにも、いざ、参りましょう!」
適度に緊張をほぐし合って、二人は大きな扉に手を掛けた。
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