♯320 何もおかしくはないデート

 ――次の日に、朝は来なかった。

 二人が共に目覚めた時、窓の外は夜のままだった。


「夜のまま……どういうことだ……?」

「そ、そんなに眠っていたんでしょうか? 昨晩は、その、ちょっと遅かったですし……って、そ、そんなわけないですね。いくらなんでも、次の日の夜まで寝ちゃうなんて」

「ああ。時間的に、今が朝なのは間違いないはずだ」


 大窓を開けて外に出ていた寝間着姿の二人は、中に戻って辺りを探るが、このコテージには懐中時計等は置かれていないようである。それでもクレスの正確な体内時計においては今が朝の時間であることはわかっていた。にもかかわらず外は闇の世界であり、空には星が瞬いている。


 その不一致が二人の中に奇妙なわだかまりを生む――ことはなかった。


「……まぁ、こういうこともあるか」


 何もおかしくはない・・・・・・・・・。二人はそう思っていた。

 ゆえに自然な朝が訪れる。


「ふふ、そうですねクレスさん。せっかく素敵なところに来ているのですから、細かいことは忘れて楽しく過ごしましょう!」

「そうだね。さて、何か食べたら出かけようか」

「はいっ! それじゃあ朝はわたしが作りますね」

「俺も何か手伝おう」

「ありがとうございます。でも、ここはわたしに任せてくださいっ。クレスさんは昨晩に頑張ってくれましたし……その、こ、今晩に備えて、また、スタミナをつけておいてもらわなきゃですし!」

「そ、そうか。わかった。じゃあ、頑張って食べよう……!」

「ふふっ、そのお気持ちが嬉しいです♪」


 その朝は新鮮な卵を使った料理をメインに、コテージまで届けられていた焼きたてのパンを味わい、野菜とフルーツのジュースで身体に活力を満たして二人はコテージを出た。



 街の様子は昨晩と何も変わらない。夜の煌びやかな街は不思議な魅力で二人を惹きつけ、気持ちを昂ぶらせる。


 その日も二人は大いに遊びに、心を満たした。


「ま、魔獣の類いまでいるのか? 飼い慣らせるようなヤツらではないと思うが……よほど優秀なビーストテイマーがいるのだろうか」

「もしかして、大人しい個体もいるのでしょうか? でも、こうやってゆっくり魔物や魔獣を観察する機会はそうありませんし、貴重な経験ですね!」

「うーむ、確かに……」


 熱帯雨林をモチーフにした動植物園という施設では、愛らしい小動物から大型の獣、スラムたちや魔獣までもが観賞用に育てられており、二人を驚かせた。また、様々な生態の植物たちは興味深く、失われた大陸や幻の天空城廃墟だけに咲くという珍しい植物たちは二人を感嘆させた。


「こちらのお肉と野菜を挟んだパンも、こちらの魚介スープも、こちらの麺料理もすごく美味しいです! 何よりも、この滑らかな口当たりのソフトクリーム! こ、こんなアイスは初めてです。どうやって作るんでしょう。うう、お、お話が出来る方はいないのでしょうか……!」

「喋らない影の店員しかいないからな……しかし、フィオナはやはり料理のことになると熱くなるんだね。でも俺は、フィオナの作る料理やスイーツの方が好みだな」

「あ、ありがとうございます! えへへ……あっ、た、食べ終わったらあちらにも行ってみませんか!」


 目移りするような出店の数々で昼食を済ませた二人は、さらに地下から続く『水中庭園アクアリウム』へ。そこではガラス状の筒の中を歩くことで海中を散策することができ、自由に泳ぐ海の生物たちを間近で見学することも出来た。それはかつて海の魔族コロネットに島へ案内されたことを思い出す楽しさだった。


 その後は、街のメインとなる大通りでショッピングをする。

 あまりファッションというものに興味のないクレスには、普段からフィオナやセリーヌが衣服を見繕っている。ここにはセリーヌの店以上に多くの服が溢れ、フィオナは大変ながらも嬉しい想いでクレスに似合う服を探した。


「ありがとうフィオナ。礼として、俺も君の服を選んでみたいのだが……」

「え? ク、クレスさんがわたしに、ですかっ? わぁ、嬉しいです! わたし、昔から叔母さまやセリーヌさんにばかり服を選んでもらっていたもので、自分で選ぶのがあまり得意ではなくって……わ、わたしに似合う物を選んでくれますか?」

「自信はないが、やってみよう。こういう服が欲しいというのはあるかい?」

「えっと、そ、そうですね。普段着は足りていますから、気になるのは帽子とか……あ、あとはその、そろそろ、下着も、新しいものが……」

「なるほど。わかった下着だね。よし、さっそく選ぶぞ!」

「ふぇ!? で、でででも下着はさすがに恥ずかし――ああ! クレスさんがとっても真剣な顔で女性物の下着コーナーに!」


 生真面目ゆえの真剣モードで、女性物の下着に熱い視線を送るクレス。他に客がいるわけではないが、フィオナはちょっぴり恥ずかしい思いでクレスの勧めを受け取る。


 そして、もちろんサイズや着用感のチェックのため試着をすることになり……、


「フィオナ、どうかな?」

「は、はい……」


 試着室のカーテンをゆっくりと開くフィオナ。


「あ、あのう……ど、どうでしょうか……?」


 上下共に赤い、情熱的な色の下着を身につけるフィオナ。

 普段自分では選ぶことのない色であり、少々大人向けの刺繍が入った作りは艶があり、品という高級感がある。フィオナは同年代の中ではかなり胸が大きい方であり、ゆえに下着選びは難航することが多かったが、ここではフィオナクラスのサイズも様々なデザインが豊富に揃っていた。そこはちょっぴり感動ポイントである。


「…………ううぅ、す、すごく恥ずかしいです……」


 下着姿でもじもじと股をこすり合わせ、つい目をつむってしまうフィオナ。

 自分の下着をクレスに選んでもらい、あまつさえ半裸の試着チェックをされてしまう。フィオナもまさかこうなるとは思っていなかったためか、さすがに羞恥で頬は赤くなり、落ち着かない様子であった。


 そんな妻のあられもない姿を、クレスは相棒の剣でも選ぶかのようにじっくりと見つめて唸り、そして言った。


「――うん。とても綺麗だよ。よく似合っていると思う」

「……! あ、ありがとうございます! よかったぁ……そ、それではこちらに決めますねっ!」


 恥ずかしくも嬉しい気持ちでささっとカーテンを閉めるフィオナ。そして目の前の姿見に映る自身の下着姿を見つめながらつぶやく。


「はぁぁ……すっごく恥ずかしかった……けど、クレスさんから、わたしに……えへへ」


 にへら~と緩む頬に手を当てるフィオナ。こんな展開になるとは思っていなかったが、それでもあれだけ真剣に選んでもらえると嬉しいものであった。しかもサイズ選びがバッチリなのである。今でも成長中である自分の身体をしっかり理解してもらえていることが嬉しく、同時に無性に恥ずかしい。


 と、そこでなぜかカーテンが外側から開いた。


「フィオナっ!」

「ひゃあぁっ! ク、クククレスさん!?」


 クレスがまた、とても真剣な目でフィオナを見つめる。


 フィオナはハッとした。

 そうだ。ここは見知らぬ謎の街。自分たちが誰の思惑で動いているかもわからぬ状況なのだ。こんなほのぼのと気を抜いていてはいけない。

 ひょっとして何かあったのか。フィオナもまた緩んでいた表情を引き締めたとき、彼女はクレスが両手に持っているものに気付いた。


 クレスはその二つを掲げて言う。


「すまないフィオナ。どうしても一つには決めきれなかった!」

「……へ?」

「この可憐な白い下着も、この繊細な黒の下着も、どちらも君に似合うと思うんだ。くっ、未熟な判断ですまない……だが捨てきれなかった! フィオナ、こちらも試着を頼めるだろうか!」


 クレスは、両手に持ったそれぞれの下着をぐいっとフィオナに近づける。その目は熱く燃えていた。

 フィオナは大きく開けた目をパチパチとさせ、それから「ふぇええええ~~~!」と困惑の声を上げる。


 そして両方とも試着して両方とも買った。

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