♯281 真理の2
姉妹で力を合わせ、なんとか『平和』の真理を乗り越えた二人だったが、直後、すぐに世界が変貌した。
今度の世界では、空に輝く星が見えない。代わりに、星空を埋め尽くす群雲が存在していた。
そして、灰色の雲からはらはらと白いものが舞い落ちる。
「……雪……?」
つぶやくフィオナの手のひらに落ちた雪は、熱でじわっと溶けてしまう。
ソフィアが両手を広げてくるくる回った。
「わぁ~~~雪だぁ~~~っ! 私こんなにたくさんの雪見るの初めて! すごーいっ!」
子供らしくはしゃぎ、素足のまま雪を踏みしめて辺りを駆け回るソフィア。しかしすぐに「冷だい~~~~!」とフィオナの元へ戻ってくる。
視界いっぱいに粉雪が降っており、一面は銀世界。遠くにうっすらと見える山々も真っ白に染まっていて、見渡す限りに純白の景色が広がっている。そしてフィオナが後ろを振り向くと、そちらには灯りが点っていた。街の灯りである。
「綺麗な街…………あそこは……ひゃっ!」
思わず甲高い声を上げるフィオナ。少し足を動かせば否応なく雪の冷たさを実感する。そちらに意識が向くと、途端に身体が震え始めた。二人ともまだ薄着姿であったし、素足であるため当然だった。
ソフィアがフィオナに抱きついて暖を取りながら抗議する。
「ちょ、ちょっとシャーレ様! なにここさすがに寒すぎるよっ! な、何か服を……せめて履き物をぉっ!」
逆さまに浮かぶ女神シャーレがスッと指を振る。すると次の瞬間にはフィオナとソフィアの衣服が変化し、ニット帽、もこもこの赤いコート、厚手のグローブやブーツを身につけていた。その温もりに、姉妹揃ってほっと息をつく。
二人が落ち着いたところで、シャーレがぬいぐるみを抱いたままつぶやく。
「真理の2。『美』とは調和。己と世界。心と体。二つによって成り立つもの。そのバランスを高いレベルで保たなければ真の美しさは表せない。宝石の美しさを知るには磨き身につける者が必要なように、真なる『美』には観測者が必要である」
突然語られた言葉に、二人とも少々目を丸くする。
ソフィアが眉をひそめながら言った。
「えーっと、つまり次の
「お、思い出さないでぇ~ソフィアちゃん……」
からかうように笑うソフィアに、思わず顔を赤らめて声が震えるフィオナ。自分一人ならまだしも……いやそれでもだいぶ恥ずかしいのだが、会場の女性客たちまであられもない姿にしてしまったことは、今でも申し訳なく思うところである。
すぐにそのことを頭の片隅にある『恥ずかしかったランキングボックス』に封印したフィオナは、改めて周りに目を向ける。
「で、でも……どうして次の舞台がここに……?」
「そうそうなんでなんでっ? てっきり、なんか華やかな場所で私たちとシャーレ様のどっちが美しいか勝負するのかと思ってた!」
「不完全なお前が完全な私に勝てるはずがないでしょう。そもそも神を審査出来るような者は存在しない。どのような思考でその結論に行き着くのか不可思議でならないわ……そんな身体で…………」
「私の全身じろじろ見ながら本当に不可思議そうに首かしげるなぁー! これでもそこそこイイ身体してるのっ! この辺のくびれとか、胸のカタチやハリだって自信あるんだからっ!」
無表情の女神に対してぷんすかと怒り出し、腰をくねらせたり胸を持ち上げたりしてみるソフィア。フィオナは戸惑うような笑みを浮かべた。
ソフィアの発言などまったく意に介さない女神シャーレは、星の見えない灰色の雪空をじっと見つめながら言う。
「白とは完全なる色。あらゆるものを受け入れ、あらゆるものに変化出来る。それはすなわち調和であり、美そのものである。そして、此所は地上で最も美しい国。お前たちの『美』を知るには良いところよ」
「……国? それではひょっとして、わたしたちは地上に戻ってきたのでしょうか?」
「否。これは過ぎ去った時間の断片。隔離された古き記憶のフラグメント。お前たちにとっては、過去の世界の記憶というところね」
「過去の世界の……記憶……」
「お前たちの干渉は現代の地に何ら影響を及ぼさない。しかし現実たり得るもの。それを深く理解しておきなさい」
そんなシャーレの言葉に、フィオナとソフィアはお互いに頭を悩ませた。ここが過去の世界だということはなんとなくわかったが、そこで何を以て“美”を表現するのか。
そんなとき、ソフィアが「あっ!」と声を上げてフィオナの袖をつかんだ。
「ねぇねぇフィオナちゃんっ、誰か来る!」
「え?」
二人の視線が向くのは、近くに見える街。その門の方から、ケープのようなものを纏った子供のような者がこちらに向かってきていた。
すると、女神シャーレがまた口を開く。
「内外の美しさは互いに強く作用する。内とは魂。外とは肉体。人は美しいものに惹きつけられる。ゆえに、聖女はこの世で最も美しい存在でなければならない」
二人は振り返り、再びシャーレの方を見た。
「聖女とは、その外なる美しさで人を惹きつけ、その内なる声で人の心を魅了する。かつてミレーニアは、その声一つで国を蘇らせ、人々の魂を救済した。声とは魂の表現であり、美しき心の者は必ず美しき声を持つ。心が美しくあれば、自ずと声も美しくなる」
「声……」
「そ、それが今回の勝負ってこと……なの?」
呆然とする二人の前で、女神シャーレの姿が半透明に消え始めた。
「お前たちの『美』で、この国を救ってみせなさい。ミレーニアなら、一人で容易に出来たことよ」
再び同じようなことを言い残して、女神シャーレは雪に溶け込むように消えてしまった。
ソフィアが手袋をすりすりしながら白い息を吐く。
「また消えちゃったよー。美で救えって結局よくわかんないけど、でもさっきみたいに大変なバトルとかじゃないから、ちょっとは楽そうかな?」
「ど、どうなんだろう……? ――あ、あの子、やっぱりこっちに……」
勝負について考える二人の元へ、先ほど街を出てきた子供がせっせと歩いてやってくる。雪の上を歩くのもずいぶんと慣れた様子だ。
子供が二人の前にたどり着く。
少女であった。
子供用のふかふかした青っぽいケープを纏い、頭には帽子はなく、可愛らしい白の耳当てが。寒さには強いのか、むしろしっとりと汗をかいているくらいに身体が温まっているようだ。
少女が口を開く。
『歌劇団のかたがたですよね? おまちしていました。ようこそ、雪の国エルンストンへ。街を代表して、かんげいいたします!』
『え?』と声を揃える二人の手を、少女がそれぞれに掴む。そしてにっこりと笑った。
『ご姉妹とはきいていましたが、おふたりとも、とってもおキレイですね。でも、おふたりにまけないくらい、この国もとってもキレイなんですよ。演奏会の日まで、ぜひ楽しんでいってくださいね。わたしが案内いたします!』
少女は嬉しそうに二人の手を引いて歩き出す。フィオナとソフィアは驚きながらも少女の後に続いた。
街に向かう途中で、少女が「あっ」と振り返った。
『ごめんなさいっ! あんまりうれしくって、自己紹介をわすれてしまってました! あの、私は――』
少女がそう言いかけたところで、フィオナがぼそっとつぶやく。
「……エステル、さん?」
今度は、少女とソフィアが「えっ?」と声を重ねた。
青い髪の幼き少女は、クリスタルのように綺麗な目をぱちぱちとさせて口元を手で覆った。
『びっくりです。私のこと、ごぞんじなんですか? そこまで話が通っていたのかな……? うふふっ。けれど、あこがれのヴェインス歌劇団の方に知っていてもらえるなんてうれしいです。さぁ、ここは寒いですから街へどうぞ。そこで、あらためて自己紹介をさせてくださいね!』
明るい女の子は、その弾ける笑顔で二人を街へと案内してくれた。
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