♯26 プロポーズⅡ

 思わず間の抜けた声を上げたフィオナ。

 予想とは違った反応に、クレスは慌てる。


「あ、あれ? 何か間違えてしまったか……!? デートの最後は、プレゼントを渡して、キスをするものだと聞いて……そ、そうすれば女性は喜ぶのだと……っ」


 その発言に、さらに唖然となるフィオナ。まばたきも忘れてしまっている。


 ――クレスは、めちゃくちゃ焦っていた。


 全身からじわりと汗が噴き出す。

 魔王の古城に乗り込んだとき以上に緊張していた。

 魔物の強力な毒で動けなくなったとき以上に慌てていた。

 ひょっとしたら、自分はとんでもないミスを犯したのかもしれないと。


 やがて――フィオナが口を開く。


「……それは、誰かに教えてもらった、ということですか……?」

「え? あ、いや、その……」


 あっさりバレてしまったことでさらに焦るクレス。

 そしてすぐに観念する。隠していても仕方ないと。そもそも隠すつもりもなかった。


 すべて正直に打ち明けると、フィオナはしばらくポカンとして――


「――ふふ、ふふふっ! あははっ」


 楽しそうに笑いだし、呆然とするクレスに柔らかな笑顔を向けた。


「ごめんなさい、笑ってしまって。けれど、なんだかあの後からクレスさんの様子がおかしいなって思っていたから」

「そ、そうだったのか?」

「はい。まさか、子供たちにデートの仕方を教えてもらっていたなんて……うふふっ、おかしいです。急に高級なお店に連れていってくれたのも、そういうことだったんですね」

「あ、ああ……そうなんだ。女性が喜ぶデートの方法を、先生たちに教えてもらって……。あ、でも彼らは何も悪くないんだ! 俺が教えてほしいと頼み込んで!」

「クレスさんは本当に真面目さんですね。でも、男性が女性にああして指輪を贈るときには、普通はプロポーズをするものじゃないですか。だから、いきなり『キスしてください』だなんて、すごく驚いちゃいました」

「そ、そうだったのか……! やはり、まだ未熟な俺では上手くエスコート出来なかった……すまない、フィオナ……!」


 その場に膝をつき、反省して、本当に悔しそうに歯を食いしばるクレス。その言動にはフィオナも困惑してしまった。


「え? い、いえいえそういうことじゃないです! 顔を上げてください! わたし、今日はとても楽しかったですよ!」

「え? ほ、本当かい?」


 顔を上げたクレスの手を取るフィオナ。大きくうなずいて、そっとクレスを立たせてくれた。

 二人は向かい合って話す。


「もちろん本当です。クレスさんらしくないかな? とは思っていましたけれど、でも……普段より少し強引にエスコートしてくれるクレスさんも、頼もしくて格好良かったです。手を繋いでくれたときから……わたし、ずっとドキドキしちゃっていました」


 照れ笑いのフィオナが本心からそう言ってくれているのがクレスにもわかったが、それでもクレスは自分を情けなく思った。


「……ありがとう。けれど俺は、何もわかっていないとわかった」

「……え?」

「戦いばかりの日々に身を置いて、それで満足していた。それが自分の役目だからと。それだけを見ていればいいと思ったんだ。だが、その役目が終わって平和な世界になり……自分が何も持っていないと、何も知らない人間なんだと実感したんだ」


 自身に向けて呆れたような苦笑をし、クレスは語る。


「君を大切にしたいと思っても、そのやり方がわからない。君に喜んでもらうために、デートでは何をすればいいのか、プレゼントは何を贈ればいいのか、どんな話をすればいいのか。そんなことも、俺はわからなかった。何も知らない自分という人間が、情けなく思えた」

「クレスさん……」

「それでも君は、そんな俺と一緒にいたいと言ってくれた。俺のそばにいられるようにと努力を続けてきてくれた。だから俺も、君のために何かがしたい。泣かせてしまった君を笑顔にしたい。そう、思っている」


 真っ直ぐに、ただ正直な気持ちを伝えるクレス。


 フィオナは、じっとクレスの目を見つめながら微笑んだ。


「……クレスさんのお気持ち、とても嬉しいです。でも」


 それからフィオナは、クレスの差し出した指輪の箱をそっと閉める。


「プレゼントは、もういいんです」

「……え?」

「わたしは、どんなクレスさんも好きです。けれど、ありのままのクレスさんが一番好きかもしれません。わたしのために頑張ってくれるのは嬉しいですが、他の人のやり方にクレスさんが合わせる必要はないと思うんです」

「合わせる必要は……ない……」

「はい。だから、クレスさんはクレスさんが思ったように行動してください。クレスさんのままでわたしに接してほしいです。どんなに不器用だっていいんです。わたしは、そんなクレスさんを支えていきたいから。それに……わたしにとっては、クレスさんがそばにいてくれることが一番のプレゼントです♪」

「……フィオナ」


 まるで女神か天使のように、優しく微笑みかけてくれるフィオナ。

 クレスは救われるような思いでいると同時に、胸の奥が熱くなるのを感じていた。フィオナの共にいると、よくこうして胸が昂ぶる。言葉にできない大切な何かが、魂の中で叫んでいるような気さえした。


 するとそこで、フィオナは「あっ」と何かに気付いたような声を上げた。


「フィオナ?」

「あ、あの、えっとっ! で、でもやっぱり一つだけ……その、欲しいプレゼントが……あり、ます……」

「! 何だい? 教えてくれフィオナ!」


 ガッとフィオナの両肩を掴むクレス。フィオナがびっくりしたように背筋を伸ばした。


「約束する。俺に出来ることならなんでもしよう!」

「ク、クレスさ……え、えっと、そのぅ…………」


 フィオナは軽く周囲に視線をめぐらし、近くに誰もいないことを確認。

 自身の銀髪に触れながら、どこか落ち着かない様子でそわそわもじもじとする。


 やがて、上目遣いにぼそりとつぶやく。



「…………キスは…………して、ほしい、なって…………」



 今にも消え入りそうなほどの小声。その顔はみるみる赤くなっていった。

 その声を聞いたとき、クレスは自分の中で何かが変わったような気がした。今まで知らなかった感情が、魂から溢れ出しそうになっていた。


 それに気付いたとき――自分がすべきことにも気付いた。


「フィオナ」

「は、はいっ」

「ありがとう。俺は、俺がしたいことに気付けたよ。これからは、自分自身のままで君の隣にいようと思う」

「え? ク、クレスさん?」


 クレスは、フィオナに閉じられた箱を再び開く。

 それをフィオナの前に差し出し。



「――フィオナ。俺と、結婚してください」



 真っ直ぐに、そう告げた。

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