映画のお約束シーンハイライト
日にそへて 憂さのみまさる 世の中に 心尽くしの 身をいかにせむ(落窪物語)
時は12世紀末、第3回十字軍の頃。
結界に閉ざされたアトランティスの西海岸、イギリスに面した側に、小さな掘っ立て小屋があった。
燃えるような赤毛の少女、カリアはそこに住んでいた。
「父さん……母さん……」
そうつぶやく彼女に、身寄りはない。アトランティスを真っ二つに割った内戦によって、残らず殺されてしまったからだ。
魔法使いは、そうでないものを傷つけることはできない。結界を破ってアトランティスの外から招き入れた戦士たちの前には、ひとたまりもなかった。
落ちれば命がない断崖に立ったカリアがつぶやくのは、この一言だ。
「何で私……生きてるんだろ」
心を閉ざして海岸の片隅に隠れ住む少女の前に、ひとりの少年が結界を越えて現れる。
侵入者として戦士たちに追われる身となった彼をかばって、カリアはアトランティス中を逃げ回ることになる。
「あなたが死ぬことはないわ……たとえ私が死んだとしても」
だが、少年はアトランティスの支配を狙うイギリス国王、「冬のライオン」と呼ばれたヘンリー2世の放った密偵だった。
内側の魔法使いに結界を解かせて、大船団が奇襲を掛けられるようにするのがその任務である。
「どうして……どうして、それがあなたなの?」
やがて逃避行に疲れ果て、追手に少年を引き渡してしまう。
「ごめん……私はあなたにとって、やっぱり魔女だったのよ」
再び、海岸のあばら家に引き篭もったカリアは、次の朝、ある決意を秘めて断崖に立つ。
「やっぱり、私は生きていなくてもよかったんだ」
はるか眼下で白い波を立てる海面へ向かって身を躍らせようとしたときだった。
崖の端で、カリアの足が止まった。
その目は、遠く水平線の彼方を見つめている。
「あれは……」
青い空と蒼い海の間にぽつんと白く浮かんだ点が、見る間に白い帆となって迫ってくる。
ひとつだけではない。
今にも海岸に迫るかに見えたイギリスの大船団は、突然、姿を消す。
アトランティスをすりぬけて、結界の反対側へと行ってしまったのだ。
「この島のありかはもう……分かっている」
断崖を離れたカリアは、空間を歪めて瞬間移動を可能にする「狭間隠し」の呪文で姿を消す。
現れたのは、アトランティスの都だった。
少年の居場所を探り当てたカリアは、知恵と魔法の限りを尽くして監獄へと侵入する。
牢の中の少年は、結界を解いてアトランティスの外へ出ようと誘う。
「イギリスの船はまた来る。君も一緒に行こう」
カリアの心は揺れる。
「ここから出れば、私は魔女よ。あなたも、仲間だと思われるわ」
「構わない」
「それに、1人じゃ結界は解けないわ」
「どうして?」
「結界は、強力な『狭間隠し』で歪められた空間なの。たくさんの魔法使いが、一斉に『狭間隠し』で空間を修復しなくちゃいけないの」
「1人じゃできないの?」
「できるけど、ものすごい稲妻が私の身体を焼き尽くすわ。無理な魔法の反動で」
そこで侵入が発見されたカリアを、少年は1人で脱出させる。
「君だけでアトランティスを出ろ。僕の名前を出せば、船が拾ってくれる」
「その先は?」
「イギリスにも、王家に仕える魔法使いはいる。協力すれば生きていけるけど、その気がないなら、逃げろ。地の果てまでも」
再び救出を試みるカリアは鉄壁となった警備に阻まれ、少年の処刑が翌日の朝だということだけを知ることになる。
一晩中、追手との死闘を繰り返したカリアは、再び断崖に戻ってくる。
海の彼方を見つめながら、考える。
「私は……」
少年の命か、自分の命か。
自由か、死か。
生き残れる可能性のある脱出か、絶望的な戦いか。
「私は……」
夜明けとともに、水平線の彼方に照らし出された白い帆の群れが見える。
「私は……!」
背後に、追手の戦士たちが迫る。
振り向きもしないで、カリアは叫ぶ。
「私は、逃げない!」
空が閃光に包まれ、稲妻が少女の姿と追手の影を一瞬で消滅させる。
イギリス軍の上陸による混乱に乗じて、少年は刑場から脱出する。
戦いは大勝に終わり、その断崖にはアトランティスに招かれた戦士たちの累々たる屍が横たわっている。
その間を歩き回っても、カリアは見つからない。
少年は天を仰いで涙をこらえながら、つぶやく。
「どこかで会える。きっといつか……きっといつか」
思い出したハイライトシーンの余韻を、タクシーの運転手は一方的なトークで無神経にぶち壊してくれた。
「いやあ、魔法使いさんたちって、どうやって撮るんですかね、ああいう映画。やっぱり、こう、空撮も自分で空飛んだりとか……」
「まあ、そこまではできませんけど」
業界のことはよく知らないが、分かることは一応、答えておく。
飛翔術は、「狭間隠し」と同じく、限られた者にしか伝えられない。それこそ、アトランティスの連絡員クラスの魔法だ。
そこまではいかなくても、魔法使いたちが生きていくために、その能力を使わないとできない仕事につくことは珍しくなかった。
古くから伝わる薬の調合や健康維持と回復の術は、国の認可のもとに医療行為として一般的に施すことができる。だから、どこの街中にも箒の看板を掲げた薬剤師や整体師はいるが、医者はいない。
魔法使い出身の手品師も、珍しくない。
ただし、正体を隠したり、本当に魔法を使っていると観客に疑われた日には同業者の仕事にも差し障りがあるので、手品が終わったら必ず種を明かすことが営業の作法となっている。常に新しいネタを売りにできるのは、怪我の功名というべきだろう。
芸能界で活躍している者もいる。
魔法を使えば、普通の人間ならSFXを使わなければならない超人的な動きができる。また、相手の立ち居振る舞いを見ることで一種の読心術が使える者もいる。まさに「以心伝心」で息の合った演技ができるため、名を成している俳優も多い。ここでは、魔法使いであることを売りにしている者もあれば、そうでない者もいる。カミングアウトのタイミングも、営業戦略というわけだ。
運転手の話は、さらに続く。
「そうそう、私、魔法女子プロレスも好きなんですよ」
魔法を駆使した超人的な技は、エンタテイメントとしての人気が高い。容姿の優れたレスラーは、ほとんどアイドル扱いだ。
「そういえば、伊能カリアちゃん! 私、大ファンなんですよ」
もちろん、伝説の少女に因んだ名前だ。髪を真っ赤に染めた華奢な女の子で、グラビアでも、レオタード姿や水着姿をちょくちょく目にすることがある。
主に「重力低下」を使った空中殺法で悪役を翻弄することが多いが、最大の見せ場は力ずくでマットに押さえ込まれたときだ。
テレビなんかだと、そこがアップにされるけど、別にいやらしい意味ではない。そういう目でも見られなくもないが、多くの魔法使いが注目するのは別のところだ。
細い手足が、滑らかなカーブを描く身体が、呪文の詠唱と共に膨れ上がる。
それが、「腕力倍増」の魔法だ。
図体のデカい悪役レスラーがあっという間にマットに転がされ、3カウントを取られる。
この大逆転劇こそが伊能カリアの魅力なんだけど、魔法使いじゃない人には分かっているのか、いないのか。
突然、運転手が叫んだ。
「うわああああ!」
近道をしようと入り込んだらしい狭い路地で、急に子供が飛び出してきたのだ。
でも、事故には至らなかった。間一髪でタクシーの車輪が空転し、慌てて立ち止まった子供は来た道を逃げ去っていった。
「危なかった……」
悲鳴に近い声で安堵の息をつく運転手に、僕は声をかけた。
「この辺でいいです」
運賃を聞いて、今度はこっちが悲鳴を上げた。
「高くありません?」
運転手は不機嫌に答えた。
「いつも通りですよ……魔法使いさんのほうのレートが下がったんじゃないですか?」
そう言われると返す言葉もないが、これも時間稼ぎだ。
できるだけノロノロ降りると、タイヤの下はもう、元通りに固まっていた。
地面を液状化する「泥沼」の呪文は、効果を抑えればそれほど長続きするものではない。
「あ……じゃ、いいです、乗せてください」
再び乗り込んだタクシーが発車する。
これで今月のお小遣いはなくなるだろうが、仕方がない。
センターの場所は知っているから、「疾走」の魔法で駆け付けられないこともなかった。
だが、人にぶつかるおそれがあるし、魔法使いとして一目につくのもイヤだった。
それにしても。
あの日、あんな夢を見なかったら、懐をすっからかんにして高いタクシーに乗ることもなかったのだ。
「帰り、どうしよう……」
2人分はおろか、1人を乗せて帰ることもできはしなかった。
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