果ての地表にて3

 食事を済ませている間にも敵の軍勢は確実に近づいてきている。時間が経つほど乱れた敵の体勢も整えられていくはずだから、行動は少しでも早い方がいい。


「みんな、準備はいい?」

 慎一郎がともに進む結希奈とこより、ここで別れて援護に回る楓にそれぞれ確認した。


「バッチリよ」「いつでも行けるわ」「みなさん、お気をつけて」

 女子生徒三人の返事をそれぞれ確認して、慎一郎は前方を見た。

 赤い光点がゆらゆら揺れながら迫ってきている。そのひとつひとつは確実に大きくなってきており、近づいてきていることがわかる。


「さあ、行こう!」

 三人が敵の軍勢に向けて、そしてその向こうにある敵の城と思われる建物に向けて走り出した。もう何らかの決着がつくまでは止まることはできない。




 すでに日は落ち、〈ネメシス〉では夜に相当する時間のはずだったが、辺りはそれなりに明るい。地球からの反射光が照らしていて足元に不安はなかった。


 走り始めて数分、敵の軍勢がみるみる接近してくる。

 その慎一郎達の頭上を一条の光が高速で頭上を飛んでいった。

 光は前方の敵集団の中に落ちると、巨大な炎のドームを形作る。

 遅れてやってくる轟音と衝撃。それだけで楓の放った矢の威力を計り知ることができる。閉鎖空間でのヴァースキとの戦いでは力を抑えていたのだ。


 それに驚く間もなく慎一郎は敵集団に突っ込んだ。

「抜剣!」

 慎一郎が右の腰につけられた〈ドラゴンハート〉を抜く。さらに肩から伸びる左右八本ずつ、計十六本の魔力により作られた不可視の腕が腰とマントに取り付けられた鞘から各々一本ずつの剣を取りだした。メリュジーヌも同様に十六本の〈エクスカリバーⅢ改〉を取り出した。


 同時に接敵。慎一郎は走る速度を緩めることなく次々敵をなぎ倒していく。

 大きな敵、小さな敵、全身が毛に覆われた敵、鱗に覆われた敵、鎧を着込んだ敵、剣を持つ敵、斧を持つ敵、腕が二本の敵、腕が六本の敵、脚が二本の敵、脚が四本の敵、地を駆ける敵、空を飛ぶ敵……。

 さまざまな敵が押し寄せてくる。


 慎一郎は速度を緩めないままそれらの敵をすれ違いざまに排除していく。




 少し離れた後方では結希奈が持ち込んだ魔導書を片手にバッチスペルを連射している。


「炎の嵐よ!」


 叫ぶと、結希奈の手のひらから術者の身長ほどもあろう巨大な火の玉が立て続けに射出される。もともとの術式発動を魔導書に書かれたバッチスペルに任せ、結希奈の持つ〈副脳〉で二重にブーストさせて周囲の敵を文字通り焼き払っていた。

 その攻撃力に異星の戦士達は結希奈に近寄ることすらできない。




 更に少し離れた場所では地面に手をついていたこよりの呪文が完成しようとしていた。


「ギャァァァァァァァァ!」

 うずくまった人間に対してチャンスとみたのか、何体かの敵勢力がこよりに飛びかかる。


 しかしその目論見は適わない。突然地面が無数の破片に砕かれたかと思うと、数多くの破片が文字通り魔族達に降り注いできたからだ。


「あら、ごめんなさい」

 まるで横殴りの雨のように降り注ぐ石つぶての数々は、しかし彼らを狙ったものではなかった。それらは次々と砕かれた大地の中心部――今も大地にしゃがみ込み呪文を唱えるこよりのところへ集まっていき、術者の意図通りに組み上がっていく。


 最初はただの塊にしか見えなかったそれは、徐々に形を成していく。

 石つぶて達はなおもあらかじめそうであったかのように、あるいは完成品を解体する逆再生のように組み上がる。それはあるべき姿を取りしていく。完成は間近だった。


「キィィィィィィィィィ!」

 魔族の一体がとても知性があるようには思えない叫び声とともに半ばヤケになって今まさに生まれようとしている石人形に向けて殴りかかってきた。

 完成前の今であればまだ破壊できると思ったのかもしれない。


 しかしその考えは甘かった。


 今もなお周囲の大地から身体のパーツをかき集めて巨大化していきながら、ぴくりと敵の存在に反応したそれは素早く反応してカウンターを食らわせる。


「イギャァァァァァァァ……!」

 岩の塊のパンチを空中で食らったその愚かな魔族は、叫び声だけをその場に残してはるか地平線の彼方へと吹き飛ばされていった。


 そして、その叫び声がスイッチであったかのように周囲から飛んできた大地の破片の最後の一ピースがはめ込まれた。

 うずくまっていた岩の塊がぴくりと動く。

 岩の塊であるそれは、まるで命を灯したかのごとく少しずつ全身を伸ばしていく。最初は背を伸ばし、大地を踏みしめ、両手を力強く握りしめる。


 そこには岩でできた巨人が佇んでいた。全高五メートルもあろうかという、巨大な人影だ。

 しかしそれはただのゴーレムではない。ゴーレムの胸部分には術者であるこよりが上半身だけを外に出す形で埋め込まれている。


 ヴァースキにとどめを刺したときに使用した強化外骨格をヒントに更に巨大化洗練化させたオリジナルのゴーレムである。

 これによってゴーレムに常時魔力を供給できるだけでなく、術者であるこよりの身を守ることもでき、自律制御、直接操縦の両方を任意に切り替えることもできた。


「いくよ、レムちゃん!」

 ゴーレムの胸に埋まる術者こよりが指示を出すと、ゴーレムはそれに「も”」と応えて魔族の群れに向けて突撃を始めた。


 突如として現れた自分たちの誰よりも大きな敵の存在に、敵は恐れ、知らず知らずのうちに足が止まり、後に下がろうとする。

 しかし後退は許されない。後から後から押し寄せる味方の軍勢に潰されてしまうからだ。


 最前線に立つ敵達は前から突撃してくる巨大なゴーレムと、後ろから押し寄せる無数の味方軍勢のどちらに潰されるかの選択を迫られた結果、前者を選んだ。

 こよりのゴーレムは猛スピードで走りながら、周囲の敵軍勢をもろともせずに吹き飛ばしていった。




 おおっ、あれはあすごいのぅ! ユキナの魔法攻撃もとんでもない火力じゃし、わしらも負けておれぬ!』

「そうだな!」


 慎一郎が振り向きざまに〈ドラゴンハート〉を一閃すると、背後から押しかかってきていた半人半羊の敵が身体を両断されてどうと倒れた。

 連携するようにそれと同時に前後左右から襲いかかるさまざまな大きさと形の敵も半人半羊と同じ運命を辿る。上空から飛来してきた翼を持つ敵も同様だ。


 敵の間に動揺が走る。あいつは後ろにも目をつけているのか。奴に死角はないのか。

 半分正解だった。目は後ろにつけてはいないが、慎一郎は敵の気配で正確に敵の場所と行動を感じ取ることができる。戦場の雰囲気に当てられて殺気を隠すことすら忘れている者が一撃を加えられるはずもなかった。


 一体、また一体と〈ネメシス〉の軍勢が切り伏せられていく。

 しかし慎一郎の体力は無限ではない。対する敵軍勢は無限ではないにしても無限かと思わせるほどの数。これを数の暴力と言わずに何をそう言おう?

 更に押し寄せる敵勢力を前に、いつしか慎一郎達の歩みも止まるだろう。


『出し惜しみしている場合ではないな。あれを使うぞ』

「そうしよう」

 慎一郎が〈エクスカリバーⅢ改〉で周囲の敵を牽制しながら左手に持った〈ドラゴンハート〉を鞘に戻す。


 その時、上空に再び一条の光が飛来した。

 それはちょうど慎一郎達の真上あたりで多数の光に分裂したかと思うと、次から次へと押し寄せる敵軍勢のただ中に降り注いでいく。


 地面に落下した光は先ほどほどの大きさではないものの、やはり強力な爆発を発生させて周囲の敵を排除していく。

 後方からの援護は次々飛来しては彼方から押し寄せてくる敵の数を確実に減らしていた。




「いでよ、極光の矢よ」

 ひとり残った楓は崖の上に立ってつぶやくと、彼女の右手に魔力で作られた矢が現れた。


 極光の矢。複数の属性を織り交ぜられたために七色に光るその矢は、オーロラに例えてそう呼ばれていた。

 矢を楓が巽より託されたおおきな弓につがえ、弦を弾く。弓は全体が淡く赤く光っている。二つに増えた〈副脳〉の処理能力に任せ、彼女の弓には威力増加と耐久力増強の魔法が付与されている。


「二の矢『百花繚乱』、プラス一の矢『一騎当千』、一の矢『一騎当千』!」

 楓の声に乗って、内に激しい力を秘めた極光の矢が放たれた。


 放たれた矢は内に秘めた力とは裏腹に、それほどの光を放っていない。それは無駄な力を外に放出していないからだ。己の持つ力を全て攻撃力に返還するため、控えめに七色に輝く矢が敵集団に向けて放物線を描く。


 敵集団にさしかかった辺り――ちょうど慎一郎達が戦っている場所の上空だ――で魔法の矢は予定通り多数に分裂した。分裂した矢はまるでシャワーのように敵の頭上より降り注ぐ。


 しかしそれは致死の威力を持った必殺の矢だ。矢は敵に命中するしないに関係なく、何かに当たればそこで内に秘めた破壊力を周囲を巻き込んで全て放出する。

 はるか数キロ向こうの黒くうごめく敵集団の中にいくつもの爆光を確認すると、楓は次の矢の準備に取りかかるのだった。

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