死者の王国6

「てやぁっ!」

 慎一郎が〈ドラゴンハート〉を振ると正面のアンデッドたちが一掃される。その隙を見計らって十数本の〈エクスカリバーⅢ改〉が飛んでいき、さらに遠方の敵を吹き飛ばす。


 アンデッド一体一体は一撃で倒せるほどの強さだが、数が多い。

 もう何分こうして戦っているだろうか。数百では済まない数のアンデッドを消し去っているが、押し寄せる死体たちの勢いは一向に衰えることを知らない。

 今から半年以上前、初めて地下迷宮に入ってネズミの大群に襲われたときのことを慎一郎は思い出していた。


「きりがない!」

『ぬぅ……。この程度の雑魚敵、全滅させれば良いと考えておったが、甘かったようじゃな。いったいどこからこれほどまでの死体を……?』

 〈念話〉で作りだした映像からメリュジーヌが歯を噛む音が聞こえてきそうだ。


「くそっ!」

 つい今し方減らしたばかりなのに慎一郎の目の前にも、その後ろにも、その後ろにも、その後ろにもぎっしりとアンデッドの群れが埋め尽くし、自分が失った命を求めるように生あるもののものとに襲いかかってくる。


「たぁっ!」

 再び〈ドラゴンハート〉を一閃。アンデッドたちがはじけ飛んだ。


 汗が額を伝って垂れ、眉とまつげを越えて目に入った。

「…………!」

 一瞬、慎一郎とメリュジーヌの動きが止まる。


 慎一郎とメリュジーヌの組み合わせはは多くの手数を持ち、また一人ではカバーしきれないほどの広い視界をもつ。これは彼らが感覚器官――特に視界を共有していることに由来するのだが、このときばかりはそれが仇となった。

 慎一郎が反射的に目を閉じた結果、メリュジーヌの視界も奪われ、二人の動きが同時に止まったのだ。


 それを見計らったかのように先の攻撃の影響を逃れた二体の幽体――〈ドラゴンハート〉は神聖属性をもつが、実体剣であるために幽体に対して効果は限定される――が飛び出し、慎一郎に襲いかかった。


「……!?」

 慎一郎たちが気づいたとき、ゴーストたちは慎一郎の目の前にいた。咄嗟に〈ドラゴンハート〉を振るが、ゴーストたちはそれをうまくかいくぐって慎一郎に肉薄する。


「浅村くん……!」

 その声と共に、慎一郎の背後から鋭い光の刃が飛び、ゴーストたちを雲散霧消させた。

 ゴーストたちを消し去った光の矢はさらにその背後に迫るゾンビに命中して光の爆発を起こし、周囲のアンデッドたちを葬り去っていった。


「ありがとう、今井さん!」

「…………はい!」

 慎一郎が振り向かずに礼を言うと、背後から楓の嬉しそうな声が聞こえてきた。


『しかし、これではきりがない。もし、こやつらに数の限りがないとしたら、やがて押しきられるのは我らの方じゃ。どうにかせねば……』

「陛下」

 背後から声がした。慎一郎から見て後ろの敵を受け持っている菊池だ。


『何じゃ』

「背を向けながらの発言、失礼致します」

『戦闘中じゃ。よい、話せ』

「恐れ入ります」


 一拍おいて菊池は話し始めた、おそらく、攻撃のタイミングだったのだろう。

「おそらく、どこかにアンデッドを作り出す存在がいるのではないかと思われます」

『アンデッドを作る存在……? 死霊術士か。忌々しい……!』


 死霊術とは白魔術、黒魔術、錬金術、召喚魔術、付与魔術などと並ぶ、魔術の一種である。古代より存在する最も古い魔術のひとつであるが、死体を扱うというその性質上、常に禁忌とされ、弾圧の対象であった。


 死者を蘇らせる術として中世から近世にかけて隆盛を極めた。権力者や研究者がアンダーグラウンドで研究を続けた結果、アンデッドが暴走して町や国が崩壊した事例がいくつも報告されている。

 もちろん死霊術で死者を生み出せたという事実はなく、魔術は現代をもってもなお、死者を蘇らせることはできない。


 現代では国際条約により研究、行使ともに禁止されており、その技術は途絶えたとされている。


「となると誰が……? ……! あいつだ! あの玉座に座っていたスケルトン!」

 慎一郎の考えにメリュジーヌも同意する。


『間違いなかろう。あやつを倒せばこの場の全てのアンデッドは消滅するに違いない』

「でも、どうやって……?」

 今もなお周囲を埋め尽くすアンデッドたち。生者たちはその洪水のような死者の群れを押しとどめるだけで精一杯だった。


 戦いの中に一筋の光明を見た。しかしその光は手の届かぬ所にあると知り、絶望が一同に覆い被さっていく。光の後の闇ほど暗く感じることはない。

 しかし、闇の後の光もまた、まばゆく感じられるのだ。


「あの、いいかな? わたしに考えがあるんだけど」

 一瞬、戦いを忘れて全員がこよりの方を見た。ここで倒れるわけにはいかない。やれることがあるなら何でもやるというのがここに集まった皆の共通した思いだった。

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