夏の終わりに4

「慎一郎……って、何その格好?」


 慎一郎は両手に山盛りの焼きそば――しかもそれぞれトレイを二個ずつ、合計四個持ち――の上に手首からはお持ち帰り用の袋をいくつもぶら下げている。

 それに加えて頭上にはお茶の容器と箸がふわふわと浮かんでおり、浮かんだ箸が山盛りの焼きそばをつかんで休みなく彼の口に運んでくる。


「もぐもぐ……。いや、こいつが」

 と、慎一郎の傍らに出現した銀髪の幼女を見る。言うまでもなくメリュジーヌだ。


『うまい! 祭りの場で食う食い物は格別じゃのぉ! 特にこの……』

 慎一郎に焼きそばを食べさせていた箸がトレイの焼きそばの中に突っ込んで中をぐりぐりかき混ぜる。

 すると中から丸い物体が現れた。あれがもしかすると噂の“タコもどき焼き”なのだろうか。

 メリュジーヌは不可視の腕を器用に動かして掴んだタコもどき焼きを慎一郎の口に突っ込んだ。


「むぐっ……!」

『うむ、最高じゃ!』

「付き合わされる方も……もぐもぐ……勘弁してくれよ……もぐもぐ……」


『焼きそばのおかわりを要求したら持ちきれんなどといいよってな。じゃからこのタコもどき焼きの上に焼きそばを盛り付けさせたのじゃ』

 満足そうに言いながら今度は浮かんでいるジュースを口元に持っていき、『これで流し込め』などと言っている。


 見てるだけでお腹がいっぱいになる。というか、〈浮遊剣〉の魔法、そんな使い方していいんだろうか……。


『これも訓練の一環じゃ。いざというときに手数は多い方がいいからの』

 がははと笑うメリュジーヌ。次から次へと焼きそばとタコもどき焼きを口の中に突っ込む姿を見ていると本当かどうか怪しくなってくる。


「そういえばあんた、今井さんと一緒じゃなかったの?」

「ん? ああ……」

 慎一郎はここに留まることを決めたのか、「よいしょっと」と結希奈の隣に腰を下ろした。


「なんか、弓道部の先輩から呼び出しを受けたって」

『泣きながら弓道場の方へ走っていきおったたわ』

「そうなんだ……」

 楓の気持ちを考えると素直に喜べない。


 夜空を舞台に一斉に花開いた花火が少し寂しそうな結希奈の顔を照らし出す。

『うぉぉー、いいぞ! たーまやー!』

 メリュジーヌが先日、プールで覚えた言葉を早速使っている。それを見た結希奈が少し吹き出し、彼女の後に続いた。


「たーまやー!」

『たーまやー!』

 尽きることなく炸裂する花火の魔法の下で、結希奈は手に持っていたわたあめをメリュジーヌに差しだした。


「ジーヌ、これ食べる?」

『……? なんじゃこれは? 食い物なのかや?』

「わたあめっていうの。あたしも今日初めて食べたんだけど、おいしいよ」

『おおっ、まことか?』

「食うのはおれなんだけどな……」

『ええい、シンイチロウよ、グダグダ言うておらんで早う食え!』

 結希奈の手を離れてふわりと浮かび上がったわたあめが慎一郎の口に突っ込まれる。


「むぐっ……! んー、んー!」

「わわっ、ジーヌ、無茶させすぎだって! これ飲んで!」

 むせる慎一郎に結希奈は傍らに置いてあった飲みかけの野菜スムージーを差し出した。


 慎一郎は「ありがと」とそれを手に取り、口の中に流し込む。

「あっ、間接キス……」

「んっ? 何か言ったか?」

「ううん、なんでもない」

 スムージを飲み干した慎一郎はようやく人心地ついたようだ。


「ふぅ、助かった……。ありがとう、結希奈。メリュジーヌはもうちょっと手加減しろ」

『すぐ詰まらせる軟弱な喉をしているそなたが悪い』

「ドラゴンの口と一緒にするな!」


「あははははっ、なんかあんたたちって、きょうだいみたいよね」

「まったく、困った妹だよ」

『なんじゃと! わしの方が姉じゃろう! わしは今年で三千……何歳じゃ?』

「見た目も言動も子供そのものじゃないか……」


「そういえばジーヌって本当はえらい竜王様なのよね。とてもそうは見えないけど……」

『むきー! ユキナまで! そろいもそろってわしを子供扱いして!』

 慎一郎と結希奈が笑う。その頭上を多くの花火が闇をかき分け、照らしている。




 校庭の西の隅に四階建ての部室棟は建っている。白亜の建物は次々打ち上げられる花火によって色とりどりに染められている。

 しかし、この辺りに人の姿はほとんど見られない。普段部室棟を使っている生徒達も皆、本校舎前の屋台へと繰り出してしまっている。

 その部室棟の脇に、まるで隠れるように花火を見つめる男女ふたつの人影。


「おぉ、やってるやってる!」

 二人はまるで人目を避けるように部室棟の影に隠れながら花火を見上げている。


「どうだ、俺が最初に開発したんだぞ、すげーだろ、瑞樹みずき

 ――いや、正確には空を見上げているのは一人だけだ。


「…………………………」

 もう一人、女子生徒の方は頭上に打ち上げられている花火にも全く興味を示さず、ただ前を向いている。

 いや、それすら正確な表現ではない。彼女の瞳には何も映されていないからだ。


「おぉーっ、すげー! 生徒会の連中もなかなかやるなぁ」

 一面の野菜畑の向こうから次々打ち上げられる花火は一瞬遅れて漆黒の夜空に大輪の花を咲かせる。


「おおっ、今の見たか? あれきっとコボルトの顔だぜ。はははっ、どうやってるんだよ、あれ」

 隣で徹が花火を見てはしゃいでいるがそれにも全く反応を示すことがない瑞樹。


「……お前さ、花火好きだったよな。覚えてるか? 小学校の頃、毎年一緒に見に行ってたこと。中学になってから行かなくなっちまったけどな。毎年誘ってくれたのにいつも断ってたな、俺」


 徹は上を向いている。それは花火を見るためなのか、それとも――

 徹の身体は細かく震えていた。


「ごめんな。こんな時にしか誘えなくて」

 そこまで言って徹は顔を腕でごしごし擦った。


「わるい。湿っぽくなったな。せっかくの花火大会だ。楽しもうぜ」

 そして再び花火を見る。


「おおっ、あれ見ろよ! あの色を出すのに苦労したんだぜ。あとそれからな――」

 全く反応のない瑞樹に話しかけ続ける徹。


 そんな徹の気持ちが通じたのかそれとも別の原因があるのか、藍子の瞳からつつ、と涙が流れた。

 しかし、この夜最も美しい花は誰の目にも映ることなく宵闇の中へと消えていった。

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