混沌の迷宮2
聖歴2026年8月16日(日)
“
ひとつには、純粋にそれらがあると思われる付近まで到達しても何もなかったことが挙げられるが、もうひとつ理由がある。
「おい、お前ら! ここは俺たちの狩り場だ! 後から来て邪魔するんじゃねえ!」
「何言ってんだ! 朝俺たちが来たときには誰もいなかったぞ!」
「俺たちは三日前からここでキャンプしてるんだよ!」
「ああ? 三間前って、夜もかよ? ちがうだろ? 今朝俺たちが来たときには誰もいなかった。ここは俺たちの場所だ!」
「なんだと、てめえ……」
「炎よ!」
「あっ、何するんだ貴様! それは俺たちが狩った獲物だぞ! 丸焦げにしやがって!」
「ふん、ここは俺たちの狩り場だ。何をしようと俺たちの勝手なんだよ」
「やったな、貴様!」
「おう、やったとも! だからなんだ!」
言い合っていた双方のリーダー格がもみ合う。後ろでそれを見ていた他の生徒達も次々もみ合いに参加していって騒ぎが大きくなっていく。
「このやろ、やったな!」
「そっちこそ!」
「前からお前のこと、気に入らなかったんだよ!」
「それはこっちの台詞だ!」
そこに別の一団が通りがかった。彼らは、先の通路で生徒達がもみ合っているのを確認すると、一目散に駆け寄ってきた。
「おう、何をしてる、お前ら! やめろ!」
斉彬がもみ合いになっている一団の中に割って入るが、彼らはそんなこともお構いなしに相手の部を叩きのめそうとしている。
「やめろって! 言ってる! だろうが!」
斉彬が何人かの男子生徒を殴り飛ばすが、騒ぎは一向に収まる気配はない。
そこに――
「水よ!」
巫女を服を着た結希奈が呪文を唱えると彼らの頭上に一抱えほどもある大きな水の塊が現れ、次の瞬間、男子生徒達の上で炸裂した。
「うわっ!」
「うわわわっ!」
「つ、つめてー!」
美術部と卓球部の小競り合いは、文字通り水入りとなった。
「お前ら、何やってんだよ、こんな所で!」
「なんだてめえ? 俺たちの狩り場を横取りしようってのか?」
まだ頭に血が上っているのか、斉彬に怒鳴られた男子生徒は自分よりも頭ひとつほど大きな斉彬にくってかかる。
「おい、よせ」
それを止めたのは先ほどまで言い合いをしていた生徒である。
「ああ? なんだよ。決着つけようってのか? ああん?」
「そうじゃない。こいつ、“殿”だぞ」
「殿ぉ? なんだそれ……? お殿様ってか?」
そう言って挑発していた男子生徒だが、みるみるうちに顔が青ざめていく。
「……って、〈竜王部〉か!」
「あ? 確かにオレたちは〈竜王部〉だが、それがどうかしたか?」
斉彬の返事に周囲の生徒達がざわめく。そして二つの部はお互い、何かを相談しあった末、
「ふん、今日の所はここまでにしといてやる」
「じゃあな、“生徒会の犬”」
などという捨て台詞を残して去って行ってしまった。
「……なんだあれ?」
「生徒会の犬とか言ってましたね」
斉彬の隣に徹が立つ。彼も不機嫌そうな表情を隠そうとしない。
『生徒会という権力のお墨付きを持っている、これまでいくつかの実績を残している。ま、そんなところじゃろう。要するに嫉妬じゃな。実にわかりやすい』
「嫉妬……ねぇ……」
「は、は……はくしょん!」
斉彬が大きなくしゃみをした。よく見ると彼は全身ずぶ濡れになっている。先ほどの結希奈の水入りの中心部分にいたのは彼なのだ。
「ご、ごめんなさい斉彬さん……! あたしも必死で、つい……」
「何か拭くもの、拭くもの!」
こよりと結希奈が大慌てで自分の鞄の中を探し始めた。
「まったく……。次からは気をつけろよな、高橋」
「次からはお湯にしておきますね、斉彬さん」
「お前……。相変わらず浅村以外には鬼だな」
「バ……なんですか、それ!」
斉彬のために少し暖を取ってから探索は再開された。焚き火をたいていたのでメリュジーヌなどは『スープを温めよ!』などとうるさかったので、ちょっとしたおやつタイムとなってしまっていた。
「これで今日三組か……」
「日に日に増えてるわね」
慎一郎のため息に結希奈が同意する。と、その時、地下迷宮の奥から見知った顔が現れた。これまで何度も迷宮内で顔を合わせている――というより、ピンチを助けているバスケ部だ。
「よう」
「こんにちは」
軽く挨拶をしてすれ違った。
「四組め……」
そう、これが〈竜王部〉の探索が全く進んでいない大きな原因だ。風紀委員会の再三にわたる注意にもかかわらず地下迷宮を訪れる部は後を絶たない。
その理由は“狩り”だ。〈竜王部〉が倒したウシのモンスターを振る舞った“焼肉大パーティー”に始まり、バレー部のアイスクリームフィーバーなどをみた校内の各部が、一攫千金を夢見て地下迷宮に続々繰り出しているのだ。
その結果訪れるのは迷宮の過密化と、部どうしのいざこざ。
特に食用となるウシやウサギ、イノシシなどのモンスターが出現する場所は近辺に強いモンスターもいないこともあり、人気スポットと化していた。
獲物の取り合いから狩り場そのものの占有まで、迷宮内でのトラブルは後を絶たない。
慎一郎達も迷宮の未踏破領域を探索したいのはやまやまなのだが、先の美術部と卓球部のようないざこざを見かけると介入せざるを得ない。
したがって、探索が全く進まない状況になっているのだ。
「まったく……。地下迷宮まで来て喧嘩なんてしなくてもいいのに……」
結希奈ならずともこの状況ではぼやきは多くなってしまうのは致し方ないだろう。
「まったくだ。巻き込まれた方の身にもなってみろってんだ」
「ふふっ、斉彬くんは喧嘩の仲裁よりモンスターと戦う方が得意そうだもんね」
「そうそう……。ってこよりさん! それじゃまるでオレが脳筋みたいじゃないですか?」
『ほう、違ったのか? わしはてっきり……』
「おい、メリュジーヌ!」
などと会話が盛り上がっているところで最後尾の徹が急に立ち止まった。
「徹……?」
慎一郎が徹の方を見ると、彼は「もしもし」と額に指を当てて何やら話していた。誰かから〈念話〉が入ったようだ。
「え……!? マジ? それどこ? うん、うん……。わかった。すぐ行く!」
徹は額から指を下ろし、慎一郎を見た。その表情から何事か起こったのだと察する。
『トオル、何が起こった?』
「合唱部の知り合いの女の子から連絡があった。足元が崩れて仲間が下に落ちたらしい」
「なんだって? すぐに行こう!」
慎一郎が即断した。
「悪い……助かる!」
「そんなこと、当たり前だ!」
一行は徹の案内の元、迷宮内を走っていく。
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