学園生活2
部室に戻ってひと息ついた後、徹は「行くところがある」と言って出て行ってしまった。今部室に残るのは結希奈とこよりの二人。
「…………」
「…………」
結希奈とこよりは部室の机を挟んで向かい合わせに座っている。机の上には湯飲みが二つ。先ほど、結希奈が煎れたお茶だ。
(うぅ、気まずい……)
手の中の湯飲みを弄びながら、結希奈はそう思っていた。
そもそもこよりとは昨日初めて会ったばかりだ。共にいた時間のほとんどは地下迷宮内で戦っていたし、今日は全校集会の時に共にいただけの関係に過ぎない。こよりについて知っているのは本来なら明日から転入してくるはずの上級生であることと、錬金術が得意であるということ、これだけだ。
「あ、お茶が冷めてますね。煎れなおしますよ」
「ありがとう」
こよりがにっこりと笑った。そうだ、もう一つ知っていることがあった。この上級生はこんなに柔らかく笑うことができるのだ。
「あ、そうだ。お菓子もあるんですよ。お菓子、お好きですか?」
魔力ポットでお湯を沸かしながら聞いた。
「本当? わたし、甘い物には目がなくて!」
そういう返事が返ってきたので棚からお菓子を出して、木のボウルに数種類のお菓子を入れて机の上に置いた。お湯が沸いたので、それでお茶を入れてこよりの前に置く。
「でもどうして部室にお菓子が? わぁ、このクッキー、おいしい!」
ボウルのお菓子をひとつまみしてこよりが微笑んだ。
「ふふ、よかった。これはあたしも大好きなんです。喜んでもらえてよかった」
結希奈もクッキーを掴んで半分に割り、口に放り込む。自然と笑顔になった。
「ジーヌがね……」
「ジーヌってメリュジーヌちゃん? ふふ、かわいいわよね、あの子」
「子供扱いすると怒るわよ。『わしを子供扱いするでない!』ってね」
「ふふふ」「あははは」
部室に女の子達の笑い声が満ちる。
「ジーヌって、あんな小さい身体で――ってあれは映像なんだけどね――すごい大食いなのよ。で、『我が居城に菓子のひとつもないとは何事じゃ!』ってね。それで持ってきたってわけ」
「じゃあ、このお菓子ってジーヌちゃんのじゃないの? 大丈夫、勝手に食べちゃって?」
「いいのいいの。もとはあたしが持ってきたお菓子なんだから。あ、お茶のおかわりいる?」
結希奈のこよりに対する言葉遣いがいつの間にか変わっていたが、ふたりともそれには気づかない。
「いただくわ。ありがとう」
煎れ直したお茶を口に含み、ほうとひと息つく。
「それにしても……」
「ん?」
「転校初日……じゃ、ないか。転校前にいきなりこんなことに巻き込まれちゃって、こよりちゃんもツイてないねぇ」
「あはは……ホントにね。でも、おかげで……」
お茶をもう一口。そして、部室をぐるりと見渡して――
「こんなに素敵な部に入れたんだから、おつりが来るくらいよ」
「もう、恥ずかしいこと言わないでよぉ。聞いてるこっちが恥ずかしくなって来ちゃう」
手をうちわのようにパタパタとあおぎながら結希奈が言った。少し顔が赤くなっているのは、本当に恥ずかしかったのだろう。
「え? そうかな? わたしは思った通りのことを言っただけなんだけどな……」
「うん。でも、悪い気はしないわ。ありがとう、こよりちゃん」
「うふふ、どういたしまして、結希奈ちゃん」
そうして女同士の友好を深め合っているところに部室を留守にしていた生徒が帰ってきた。部室の扉が開かれる。
『この部室の主、メリュジーヌ様が戻ったぞー! お、コヨリもおるな。よしよし』
入るなり元気いっぱいなのはメリュジーヌだ。
「ふふふっ、よろしくね、ジーヌちゃん。ずいぶんご機嫌なのね」
「こいつ、今の今まで寝てたんですよ。それで開口一番、何か食わせろって。それで部室のお菓子があるって言ったらこの調子で」
『世界は実にシンプルじゃ。うまい食い物と酒さえあれば人は和解できる。うむ、真理じゃ』
「はいはい、お前の世界ではそうなんだろうな」
「それで? どうだったの、部長会? あ、お茶入れるね」
そう言って結希奈は再び魔力ポットの所まで走って行き、魔力を活性化させた。
「あ、後でいいよ。まずはみんなに紹介したい人が……って徹は?」
「ちょっと出かけてくるって。どこに行ったかは知らないわ」
『まあ、よいじゃろう。いつまでも表に待たせておく訳にもいくまい。徹に説明するのは後じゃ』
「そうだな」
そう言って慎一郎は廊下の方をのぞき込んだ。
「どうぞ、入ってください」
促されて部室に入ってきたのは一人の男子生徒。部室の入り口をくぐって入らなければならないほどの高身長と全体的な筋肉質から第一印象はただひたすら“大きい”。しかし短く切りそろえられた髪が清潔な印象を与え、また人なつっこそうな笑顔がその大きさにもかかわらず与える恐怖心は皆無だ。
男子生徒は部室に入り、胸を張って自己紹介した。
「三年D組、
その声は彼の体格に勝るとも劣らぬ大きなものだった。部室のガラスがビリビリと震え、割れるのではないかと思ったほどだ。
「よ、よろしく……」
「よろしく……お願いします……」
女子二人が答えた。よほど驚いたのだろう、二人とも目を丸くしている。
「あ、じゃあ……おれが代わりに紹介しますよ。高橋結希奈さんに細川こよりさん」
「…………!!」
斉彬が何かに驚き、目を見開いたが、それに気づく者はいない。慎一郎が紹介を続ける。
「どちらも〈竜王部〉の部員で、高橋さんは回復系の魔法、細川さんは錬金術を得意としています」
「ちょ、ちょっと浅村! そんなことまで話しちゃっていいの? だってあたし達は――」
「いや、だからね。今からその説明を……ん? 斉彬先輩?」
斉彬が部室入り口から会議机の方へ歩いて行く。
「……?」
そのまま、こよりの座っているところまで来て、跪いた。斉彬はこよりの手を取り、そして、衝撃の一言を放つ。
「好きだ!」
部室が一瞬で静まりかえる。部室棟の外、おそらく校庭から何かのかけ声が聞こえてくるのみである。
「わぁ……!」結希奈は満面の笑顔でこよりの手を握る斉彬を見た。
『ほう……』メリュジーヌは感心したような顔つき。
「……?」慎一郎は突然のことに何が何だかまだ理解していないようだ。
「え? あ……あの、そのっ……!」
当のこよりは顔を真っ赤にして慌てふためいている。
「わ、わたしは……その……ここでは……そういうのは……」
それだけ言うのがやっとだったようで、顔を赤くして黙り込んでしまう。
「何やってんの……?」
再び部室を覆った沈黙を破ったのは部室に戻ってきた徹の不機嫌そうな声だった。
「すまん、この通り!」
斉彬が手を合わせ、こよりに頭を下げた。
「その、なんだ……あまりの美しさに、つい本音が出た……というか、暴走したというか……」
「斉彬さん、困りますよ。そういうのはマネージャーのあたしを通してもらわないと」
結希奈が茶化すように言う。
「もう、結希奈ちゃん!」
こよりの顔はまだ赤い。
『まあ、よいではないか。こういうのを青春というのであろう? ドラマとやらで見たぞ。実に人間らしい』
そういえばこいつドラゴンだったなと、慎一郎は今更ながら思う。
「で、これはどういう状況? というか……」
徹は斉彬の方を見る。
「オレは森斉彬だ。よろしくな!」
ばんばん、と徹の背を叩く。あまりの強さに徹はふらついてつんのめってしまう。
「栗山徹です。……よろしく」
そして斉彬の差しだした手を握って握手をするが、その握手がまた力任せで徹は再び顔をしかめる。
「おい、慎一郎。これはどういうことだ?」
徹は慎一郎を部室の隅まで連れて行き、小声で聞いた。
「ああ、それなんだけどな。実は……」
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