旧校舎四階部室番号H-4 2
聖歴2026年5月6日(水)
連休明けのこの日、放課後の体育館には多くの生徒達が集まっていた。
全校生徒を入れてもなお余りある――全盛期には今の全校生徒の倍近い生徒がいたらしい――体育館だが、この日集まったのは全校生徒の二割ほど。みなが思い思いに固まって話をしているが、広い体育館に少ない人数が集まっているのでそれほど騒がしい雰囲気ではない。
「浅村」
体育館で辺りを見渡していた慎一郎を呼ぶ声。ショートカットの結希奈が微笑みながらこちらにやってきている。今日は当たり前だが平日なので見慣れた制服姿にショートカットだ。
「ひとりだけ?」
『わしもおるぞ!』
結希奈の問いかけにぬっ、とメリュジーヌの立体映像が現れる。慎一郎の身体から突き抜けていて、まるでホラー映画だ。
「ああ、そうだったわね。浅村とジーヌだけ? 栗山は?」
「徹は……ほら、あそこ」
少し離れたところを指さす。そこには何人かの女子のかたまりと、その一角にちゃっかり入り込んでいる徹の姿。
「まったく……あんなのと一緒の部活だなんて、あたし、選択間違えたかしら……」
あきれ顔の結希奈。しかしその表情はどこか気安く、初めて会ったときのようなきつさは影を潜めていた。
〈竜王部〉設立からおよそ二週間。ゴールデンウィークの中日にも放課後に集まって迷宮探索は続けていた。そちらの成果は余り芳しくはなかったが、慎一郎、徹、結希奈、そしてメリュジーヌの関係は少しずつ深まっているように思える。
「よう、ここにいたのか。探したぜ」
言いながら徹がやってきた。
「嘘ばっかり、女の子と話してたくせに」
結希奈が聞こえるか聞こえないかという大きさでつぶやいたが、徹にはしっかり聞こえていたようだ。
「あれ? 気づいてた? なら声を掛けてくれればよかったのに」
「なんであたしが……。べつにいいんじゃない? まだ始まってないし。部ごとに集まるなんてルールもないし」
『のう、ところで……』
それまで辺りを興味深そうに見ていたメリュジーヌが聞いてきた。
『これは何の集まりじゃ? 王の演説にはちと華やかさが足りんように思えるが』
「今日は年に一度の〈部室抽選会〉なんだ」
メリュジーヌの疑問に慎一郎が答える。いちおう部長としてその程度のことはしておかなければ。
『部室抽選会……? そういえば〈竜王部〉設立の際にそんな話を聞いたような、聞かなかったような……』
北高の部活動は一名から認められている。しかし、それで乱立する部のすべてに部室を与えられるほど北高は大きくない。具体的には部室の上限は決まっており、部室をえられる部塗装で内部が存在する。その割り当てを決定するのがこの〈部室抽選会〉だ。
「まず、自分の名前と所属する部を書いた紙をあそこの箱に入れる。みんな入れたよな?」
『さきほど入れたやつじゃな!』
「ちゃんと入れたぞ」
「もちろんよ」
「で、部室ごとに1枚、あの箱から紙を取り出す。そこに書かれていた部がその部室の使用権を得るというわけだ」
結希奈が舞台を見る。ここで運命の抽選が行われるわけだ。
「だから部員が多い方が部室をゲットできる確率が高くなるわけね。二人だと一人に比べて二倍、十人だと十倍ってこと」
『なるほど。つまり運が良ければわしらのような少人数の部でも大きな部室を得られるというわけか。夢が広がるの!』
「残念。そう簡単にはいかないのよ。それぞれの部室には『優先獲得人数』ってのが決まっていて、例えば運動部だと二十人、特別教室を使う文化部だと十五人の部員を確保していれば前の年の部室がそのまま繰り越されるの」
「だから野球部とかサッカー部とか、そういう大所帯の部は参加してないってわけさ」
『ふむ……そううまくはいかんというわけか。まあ小さくとも城は城じゃ。して、当選確率はいかほどじゃ? わしとシンイチロウ、トオルにユキナ……四人か。あまり多くはなさそうじゃが……』
「メリュジーヌは人数に含まれてないだろ。三人だとそうだな……。どうなんだろう?」
「知り合いの先輩に聞いたところによると、毎年三人が当落ぎりぎりって話だ」
「先輩って……またどうせ女の子でしょ?」
「いいじゃないか。趣味と実益を兼ねてるんだぜ」
結希奈の言葉に徹が軽口で応える。この二人のやりとりは最近、こんな感じだ。
『それにしてもそなたら……よく知っておるの』
「お前な……今朝説明があったじゃないか。ホームルームの時間、寝てただろ?」
『わしは合理主義者じゃ。意味のないホームルームとやらは寝るに限る』
「授業中も寝てるくせに」
『なんじゃと! それではまるで、わしが怠け者のようではないか!』
「え、違うのか?」
『むきー! 〈竜王〉たるわしを怠け者扱いとは! 世が世ならむち打ち百回じゃぞ!』
「とんだ暴君だな、この竜王様は」
慎一郎が頭を抱えるとメリュジーヌは「冗談じゃ」とけらけら笑う。どこまで冗談なんだか知れたものではない。
「そういえばメリュジーヌと言えば……」
「あれ……? 徹ちゃん……?」
話を続けようとした徹の背後から、大きな段ボール箱を抱えてやってきた女子生徒が声を掛ける。小柄で髪を二つ結びにしている地味な印象の女子生徒――徹の幼なじみである岸瑞樹だ。
「なんだ、瑞樹か。なんでお前がここにいるんだよ。剣術部は抽選免除だろ?」
野球部、サッカー部に次ぐ部員数を誇る剣術部は当然、部室抽選の除外対象だ。ゆえに剣術部の部員達はここには来ていないはずだが……。
「あ、うん、ちがうの。ちょっと道具をとりにね」
そう言って持っていた段ボール箱を見せる。中には膝や肘を守るプロテクターや、ヘルメットが入っていた。
「新入部員用にこの時期だけプロテクターを付けるんだ」
興味深そうに箱を覗いているメリュジーヌ。時折『ほう』などと感心しているようだが、瑞樹には当然その姿もその声も聞こえない。
「なら、ここにはもう用はないだろ。もう行けよ」
「ちょっと栗山! そんな言い方ないんじゃないの?」
結希奈が徹を睨む。
「あれ……? 高橋さん? 高橋さんもここにいるの? あれ? でも徹ちゃんと一緒に? あれ? あれ?」
徹と結希奈が一緒にいるところを見て混乱している様子の瑞樹。
「結希奈と瑞樹って知り合いだったっけ? ……ああ、同じクラスか」
さすが女子のパーソナルデータベースが頭に入っていると豪語している徹である。……と思ったが、クラス合同実習の時などで顔を合わせていることに慎一郎も今更ながら気がついた。
「それで、あの……高橋さんは徹ちゃんとどうしてここに……? もしかして……つき、付き合って……」
瑞樹の勘違いに結希奈は光の速さで否定する。
「あははは。違うって。あたしがこんなのと付き合うわけないじゃない」
「おい、こんなのって何だよ!」
「あれ? 違った? じゃあ……こんな奴」
「変わってないって!」
「そう、よかった……」
あからさまに安堵したような瑞樹。
「あたしたちね、新しく部を作ったのよ。栗山と、こっちの浅村と」
『わしもおるぞ!』
メリュジーヌがお決まりのように抗議するが瑞樹には聞こえていない。
「そ、そうなんだ……」
がっかりしたような様子の瑞樹。
「徹ちゃん、剣術部には入らないんだね。わたしてっきり……」
北高では部活動の兼部は認められていない。新しく部を作ったということはすなわち、他の部には入れないということだ。
「前から言ってるだろ。おれはもう剣術はやらない」
「……………………」
抱えている段ボールの箱をぎゅっと抱き締める瑞樹。その様子は流れ落ちる涙を我慢しているようにも見える。
「ほ、ほら! 徹が剣術部に入ってもずっと会えないわけじゃないんだからさ。実習でも一緒だし、時々徹も剣術部に遊びに行くって言ってるし」
「おい慎一郎! 俺は何も……むぐっ!」
徹の口を結希奈が塞ぐ。
「あんたは黙ってて!」
「ありがとう。高橋さん。それから……」
「浅村。浅村慎一郎。よろしく、岸さん」
「うん、浅村君」
笑みを浮かべる瑞樹。しかしその笑みはどこか寂しげだった。
「あ、わたし部室に戻らないと。それじゃあね。部室、当選するといいね」
そう言って瑞樹はぱたぱたと体育館を出て行った。
「はぁ……」
結希奈が大きなため息をついた。
「あんたねぇ。もうちょっと空気読みなさいよ。女の子泣かせてどう――」
「おっと、始まるみたいだぜ」
徹は結希奈の話を遮るように部隊の方を見ながら言った。
見ると、舞台の上には何人かの生徒達が上がっていた。その中にはあの金髪の美少女――魔界からの留学生にして生徒会副会長のイブリース・ホーヘンベルクもいた。あそこに立っているのは生徒会役員なのだろう。入るときに名前を入れた箱もいつの間にか回収され、舞台の上に運び込まれている。
舞台の上の大柄な生徒がマイクを外して眼鏡の男子生徒に渡す。マイクのスイッチが入れっぱなしだからガタガタという音が体育館じゅうに響いたが、それが逆に生徒達の注意を舞台に引きつけ、さざ波が引くように体育館が静かになっていく。
「お待たせしました。それでは、〈部室抽選会〉を始めたいと思います」
どうやらあの眼鏡の男子生徒が進行役らしい。彼の後ろにはホワイトボードが運び込まれ、A-1、A-2とよくわからない記号が書かれている。
「あれが生徒会長の菊池先輩よ」
耳元で結希奈がささやく。
「頭脳明晰、スポーツ万能。おまけにイケメン。うーん、人生って不公平よねぇ」
「何でこっち見て言うんだよ!?」
「あーら、気のせいじゃない? 栗山ってば自意識過剰?」
またいつものやりとりが始まった。どうも結希奈を前にすると徹の調子も狂わされるようだ。
『ユキナもああいう男が好みなのか?』
聞きにくいことを遠慮なく聞けるのがメリュジーヌだ。彼女は人間関係とか雰囲気とか、そういうものを超越したところにいる。
「えっ!?」
ユキナは一瞬驚いたようにメリュジーヌの方を見る。そして
「うーん……あたしはよくわからないかな、そういうの。クラスの女子はあの人がいい、この人がいいとか盛り上がってるけど、あたしにはあんまり関係ないなって」
「なら、俺なんてどう? オススメの物件だぜ。何ならこっちの奴でも」
とアピールを欠かさない徹。慎一郎の肩を掴んで話に引っ張り込んでくる。
「な、なんでおれ……?」
「はいはい。見えてる地雷は踏まない主義なの、あたし」
『わしもこの二人は勧められんの。三人のうち二人がくっついて崩壊したパーティをわしは何度も見ている』
「説得力あるな……」
慎一郎は妙に感心して、腕を組み、うんうんと頷く。
「はいはい。おしゃべりはこれくらいしなさいよ。怒られちゃう」
結希奈がそう言って会話を打ち切った。目をやると舞台上では先ほどの菊池という生徒会長による抽選会が続いていた。
「次、部室棟三階、C-2」
司会進行の生徒会長が次の部室番号を呼び上げる。
部室は主に体育系の部が入る部室棟、特別教室のある特別教室棟、そしてその他の部――主に新しくて部員の少ない部や文化系の部――が入る旧校舎に割り当てられている。
抽選は部室棟の一階から順に二階、三階と行われており、すでに抽選の終わった部室には後ろのホワイトボードに部の名前が書かれている。当然、部員数わずか三名の〈竜王部〉の名前はそこにはない。
金髪と青白い肌が目立つ副会長のイブリースが壇上の箱に手を入れる。
そこには抽選会に入るときに慎一郎も入れた紙が入っている。紙には自分の名前と所属している部が書かれており、イブリースによって取り出された紙に書かれた人物の所属する部がその部室の使用権利を得る仕組みだ。
箱から紙を一枚引いた金髪の留学生がそれを眼鏡の生徒会長の下へ持っていく。
「C-2、ハンドボール部」
体育館の一部がどっと沸く。あのあたりにハンドボール部が集まっていたのだろう。これでひとつの部室の権利が確定し、部室を得る可能性がまた少し小さくなった
『部室を得たければ部員を増やせということじゃな。誰が考えたのかは知らぬが、なかなか合理的なシステムじゃ』
メリュジーヌが感心するようにつぶやいた。
「感心してる場合じゃないだろ。このまま当たらなかったらおれ達、部室なしだぞ」
そう指摘したのは慎一郎だ。
『部室がなくなると何が問題なのかや?』
「そりゃあ……放課後に居場所がなくなったり……」
『放課後は迷宮探索に行くんじゃろう?』
「迷宮探索に使う道具類の置き場所があった方がいいよな」
『まあ、確かにあれば便利じゃの』
「部室にお菓子を置いている部なんかもあるみたいよ」
慎一郎とメリュジーヌの会話を聞いていた結希奈の一言にメリュジーヌが激しく反応した。
『なんじゃと! ユキナよ、それを早く言え! よしシンイチロウよ。気合いを入れるのじゃ! 何としてでも部室を手に入れよ。これは勅命じゃ!』
食べ物のこととなると目の色が変わるメリュジーヌにため息をつく。
「おれが気合いを入れてもくじを引くのは副会長じゃないか。どうにもならないよ」
『むう……もどかしい。これが天にも祈る気持ちとやらか? わしがこの世に生を受けて三千余年。初めての感情じゃ』
神にも匹敵すると言われる力を持つ竜王は己の無力さにない歯を歯噛みする。
そして体育館内にまた歓声が上がった。またひとつの部が部室をゲットした瞬間だ。
『ぬおおっ……! また外れたぞ! 大丈夫なのか我が部は……!』
興奮するメリュジーヌを尻目に抽選は続き、そして順調に〈竜王部〉は外れ続けた。
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