戦士と巫女4
「はっ……!」
慎一郎の剣が一閃し、巨大なコウモリのモンスターを両断する。
「次、左から二匹!」
「くっ……!」
左から飛んできた二匹のコウモリのうち、一匹を左手の剣で牽制し、もう一匹を右手の剣で攻撃する。
しかし、暗い洞窟の中では距離感が掴みづらく、その攻撃は空を切る。
――キキッ!
それを好機とみたか、二匹のコウモリが一斉に慎一郎に襲いかかってくる。
「つっ……!」
慎一郎の左肩に激痛が走る。無茶苦茶に剣を振るうが、コウモリはそれをあざ笑うかのように頭上を飛びまわる。
「舐めるな。……風よ!」
徹の声に続き、空気の渦が慎一郎の頭上めがけて飛んでいく。狙い違わず風の渦はコウモリ達に命中し、そのまま吹き飛ばされ壁に激突する。
「せいっ!」
その隙を逃さず慎一郎の攻撃がコウモリに命中した。
――キ……キ……
コウモリは二、三度痙攣した後、そのまま動かなくなった。
『まだ来るぞ。スライムの類じゃ!』
奥の暗がりからずるっ、という、何か粘性の高いものを引きずるような音が聞こえてくる。不定形のゲル状のモンスター、スライム類だ。
一般的にスライムといえば無害な“動物”の代表格とされているが、この地下迷宮内のスライムは非常に好戦的なモンスターだ。食欲旺盛で何でも食べる。物理攻撃が無効なばかりではなく魔法の加工をされていない武器など平気で溶かして食べてしまう。
だが、非常に動きが鈍い、雑魚モンスターだ。スライム達には直接攻撃は効かず、動きは速くない。ゆえに直接攻撃ではなく――
「スライムは俺に任せてくれ。慎一郎は下がって」
「頼むぞ」
それに答えるように徹は呪文を唱える。〈副脳〉を使ったスクリプトによる高速起動は便利だが〈副脳〉に対して非常にストレスがかかる。〈副脳〉にはある一定以上のストレスがかかると自動的にシャットダウン――つまり、睡眠だ――してしまう機能が組み込まれているので、スライムのように動きの遅いモンスターには呪文を使って〈副脳〉の負担を和らげてやった方が良い。
『手当てじゃ!』
「あ、はい……! 今、手当てします……」
慎一郎が下がってくると巫女装束の女の子が駆け寄ってきて、先ほどコウモリの攻撃を受けた箇所に手を当てる。
「竜海の森を守る竜よ……」
女の子が
白魔術――人の身体の治癒力を強化したり、衝撃やその他災厄に対する耐性を強化したりする魔術である。現代の医学はこの白魔術に依るところが大きい。
女の子はその巫女装束にふさわしく、白魔術の使い手だったのだ。
白魔術はかつては神に対する信仰心から発現するといわれていたが、現代では魔法技術的な仕組みが解明されており、信仰心とは関係ないことがわかっている。しかし信仰心頼みだった時代の名残からか、現代でも信仰を口にして魔法の発動とする術者は多い。もちろん、信仰の言葉がなくても呪文――あるいはスクリプト――さえ正しければ白魔術は発動する。
「ありがとう。助かったよ」
痛みも完全に消え、慎一郎は巫女の少女にお礼を言う。女の子がにっこりと微笑みかける。それだけで痛みが少しやわらぐ気がした。
ちょうどそのタイミングで徹の呪文が完成した。
「炎よ!」
小指の先ほどの赤く輝く火球がのそのそとこちらにやってくるスライム達の中央へ飛んでいった。そして、それがスライムのうちの一匹に命中したかと思うと、一気に炎の柱へと成長する。
赤い炎の柱は直径十センチ、高さ三十センチほどのそれほど大きなものではないが、消えることなくスライム達の身体を確実に焼いている。
ぶすぶすという、何かが燃える音がするが、スライムには声帯がないので声は聞こえない。また、有機物が少ないせいなのか、匂いもほとんどしない。
炎は一分ほどスライムの身体を焼くと少しずつ小さくなっていき、やがて消えた。炎の柱のおかげで少し明るくなっていたその場所に再び闇が訪れる。徹の光球に照らされるそこにはもはやスライムの名残すら残っていなかった。
「ふう……。これでひと段落ついたかな」
『よくやった、トオルよ。あたりにモンスターの気配はないようじゃ』
「本当か、メリュジーヌ? モンスターはいないって言ってた割にやたらいるじゃないか」
慎一郎の言葉通り、この日の探索はモンスターとの戦いに費やされていた。前回の平和な探索は何だったのかと思うほどに大量のモンスターが待ち構え、また押し寄せてきたのだ。
『わしは強力なモンスターがおらんと言っただけじゃ! もっともドラゴンのわしから見て強力なモンスターがおったら、お主らなど一瞬で消し炭じゃがの』
けけけ、と意地悪く笑う。
「その時はお前も一緒だけどな……」
と、メリュジーヌに一矢報いたところで巫女の女の子が声を掛けてきた。
「そろそろ戻りませんか? もうすぐ下校時刻だし……」
「そうだな……徹、今日はこの辺にしよう。下校時刻を過ぎてあの風紀委員の先輩に見つかったら面倒だ」
慎一郎が賛成した。
「風紀委員って、遙佳ちゃんのことか?」
徹に“遙佳ちゃん”と言われて一瞬誰のことかわからなかった。あの小柄な風紀委員長は確か岡田遙佳という名前だった。
「まあ確かに、あの泣きそうな目でじっと見られるのは良心が痛むというか、なんというか……」
「オッケー。今日はこれまでにして、引き返そう」
そう言って徹が歩き始めた。来た順番とは逆に、徹が先頭で、慎一郎がしんがりだ。来た道のモンスターはあらかた倒したので、警戒するのは後方のみということでこの並びになる。
「今日はありがとう。なんだかんだでいろいろ助けられたよ」
帰り道、慎一郎は前を歩く巫女装束の女の子に声を掛けた。そういえば地下迷宮に入ってからずっと戦いずくめで戦闘指示以外の会話をほとんどしていなかった。
「いえ……これも竜海の巫女としての役割ですので……」
「竜海の巫女……?」
「はい……。うち、代々神社をやっているので。それで……」
「代々って……〈竜海神社〉の神話に出てくる〈鬼殺しの武者〉の末裔? へぇ、そうだったんだ」
〈竜海神社〉はその昔、戦国時代にこの地方を荒らした鬼を竜の加護を得て封印した武者がその荒ぶる魂を鎮めるために建立したと伝えられている。以来、神社はその子孫が代々管理しているという話だ。
「はい……そう、言われています……」
女の子は少しはにかんだようにうつむいた。
「マジかよ! すっげーな! そういうのってさ、なんかこう……格好いいよな!」
徹の目がきらきらと輝くのが暗い中でもよくわかる。
「徹、お前剣術やるのが嫌なくせにこういうのは好きなんだな」
「当たり前だろ! うちのはただの剣術道場。伝説に残っている武者とは格が違いすぎる! くぅ~っ、俺の家にもそういう伝説的なアレとかあれば、剣術も嫌いにならずに済んだかもしれないのになぁ」
ひとりでテンションが上がっていく徹。このままだと再び迷宮の奥まで走り出していきそうな勢いである。
「そうだ! ねえ君、ひとつお願いがあるんだけど!」
徹がハイテンションのまま女の子の前まで走り寄ってきて、手を掴みながら言った。顔が近すぎる、と慎一郎は思った。
「げ! ちょ、や……な、なんでしょう……?」
そんな徹に戸惑いながらも女の子が答える。やはり顔が近すぎるのだろう、女の子は少しでも徹から距離を取ろうとするが、手をしっかり握られているのでそれもできない。
「あのさ……えっと、あ、そうだ。まずは名前から教えてもらえない? 俺は栗山徹。こいつは浅村慎一郎」
と、それまでオドオドしていた女の子の表情が一変した。
「ぷ、ぷぷぷぷ……も、もうだめ……限界……」
「?」
「やっぱり、気づいてなかったのね。あたしよ、あたし。高橋」
「は?」
高橋と言われて思いつく人物――同じ年頃の女子となれば一人しかいない。慎一郎や徹と同じ、〈竜王部〉の――
「高橋って……高橋結希奈さん?」
「はははは、ははっ、やっと気づいた?」
そう言ってみせる笑顔に今までの巫女の少女が見せたはかなさはない。実習授業で見かける少し気の強そうな高橋結希奈そのものだ。
「え、ええええええええ~っ!?」
目を見開いて驚く男子二人。
「あー、面白かった。あんたたち、全然気づかないんだもん。家の手伝いしてるときの猫かぶりが役に立ったわね」
楽しそうにけらけらと笑う結希奈。その向こうでは徹が激しく落ち込んでいた。
「こ、この俺が知り合いの女の子に気づかないなんて……。いやでも、結希奈はそんなに髪長くないだろ?」
「あ、これ? ウィッグなんだ。ほら」
そう言って長い髪のお下げになっている部分を取り外す。そこには確かにショートカットの似合う結希奈の姿があった。
『情けないのぉ、トオルよ。わしは最初から気づいておったぞ』
「あたしの演技にあわせてくれてありがとね、ジーヌ」
『うむ、なかなか楽しかったぞ』
「え、なんで? 何で俺が気づいてないのにジーヌは気づいてるわけ?」
『トオルよ、お主、アホじゃろ? わしとユキナ、最初から話しておったではないか』
メリュジーヌの声が聞こえるのは慎一郎と〈念話番号〉を交換した者のみだ。そして、結希奈に最初に声をかけたのはメリュジーヌだった。
「あああああああああ~っ!」
「それでさ、高橋さん。この地下迷宮のことはくれぐれも内密に……」
入り口の部屋で改めて今日のことについて結希奈に口止めを依頼する。
「そうね……こんなのがあるって先生達に知られちゃったら立ち入り禁止になっちゃうかもしれないしね。別にいいわよ」
「本当? ありがとう!」
「礼を言われる筋合いはないわよ。あたしだってここに入れなくなるのは困るしね」
「へ? どうして?」
「だーかーらー、最初から言ってるでしょ? ここはうちの敷地で、こんな神社の伝説に関係ありそうな所を見つけて放っておくわけにも行かないじゃない」
「と、いうことは……」
慎一郎は徹と顔を見合わせる。
「あたしも一緒に行くわよ。明日からもよろしく、浅村、栗山。それにジーヌも」
結希奈が差しだした手に慎一郎と徹が重ねて笑顔で頷く。メリュジーヌはその後ろでぴょんぴょんと飛び回っている。
『うむ。楽しくなりそうじゃのぉ!』
階段の外から微かにチャイムが聞こえてきた。下校時刻が迫っているのだ。
「じゃあ、高橋さんも明日から一緒に迷宮探索って事でいい?」
「いいけど……。あんた達、もしかしてこれをするために〈竜王部〉作ったの?」
「え、そうだけど……」
「ふうん……。あんたたちの“別行動”がこれだったとはね」
「そういう結希奈の“別行動”は何だったんだよ」
「あたしのは普通に神社のおつとめよ。ここのほこらみたいに時々荒れてる場所がないか見守ったりね。あーあ、これも業者呼んで直さないとね……」
「ま、取り敢えずは地下迷宮の探索からだな」
「そうね。入り口塞ぐ前に中を調べておかないとね」
『うむ、またひとり、わしの従者が増えた。喜ばしいことじゃ!』
メリュジーヌが満足げに頷いた。
「じゃあここで、部長から一言!」
結希奈の突然の振りにうろたえる慎一郎。
「え、おれ!?」
「いいじゃないか。お前が部長だろ」
「えっ!? そ、そっか……。そういえばそうだったっけ。それじゃあ、なんて言おうか――」
『〈竜王部〉の始動じゃ、みなの者、竜王の仲間として恥ずかしくない言動を心がけるように! メリュジーヌ、ファイッ――』
「おー!」「おう!」
「ええっ!? お、おれが言うはずじゃなかったの?」
『ふはははは! 〈竜王部〉の主はわしじゃからの。いいところはすべてわしが持っていくのじゃ!』
「まあ、いいじゃないか、慎一郎。その方がお前らしいぞ」
「ふふふ、大変そうだけど、あたしは手伝ってあげないからね。がんばって、浅村」
部員達の笑い声が夕日の差し込む地下迷宮入り口にこだまする。
このあと、下校時刻を過ぎて下校しようとした彼らを校門前で待っていたのは、あの風紀委員長の悲しそうな目だった。
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