第13話 最強の金庫は、最凶にめんどくさい

 運よく、希望通りの住居を見つけることができた。次は内装工事を頑張りたい。

今回重視するのは、アイテムボックスから普段使わない希少品を預けることのできる場所の確保だ。


 正直、この部屋に長期滞在する訳ではないし、ネットも電気もない世界だ。

しっかりとしたベットと、机くらいはすぐに欲しいが、他の家具や生活用品は必要に応じて適宜揃えていけばいいだろう。


 そして、メインイベントは安全、安心して希少品を保管できるだ。


 キャッシュレスが実現されている世界だが、金属としての『きん』は存在する。そして、きんはこの世界でもかなり希少なもののようだ。そのため、安全、安心して物を保管するのに適した設備と言えば『金庫』で話が通じるようだ。


 住居の契約時に協力してくれた商人に相談して、収納の魔道具に詳しそうな人物を紹介してもらうことができた。まずはそこを訪ねてみよう。


――――


 魔道具屋を訪れたマヤは、さっそく本題に入る。


「いらっしゃいませ。お客様。本日はどのようなものをお探しでしょうか?」


「しっかりとした金庫が欲しいわ。できるだけ『最強』のをお願い!」


 まずは、店員と話をしてみて、どんな選択肢があるか情報収集をしてみよう。


「『最強』の金庫をご希望ですか。オーダーメイドであればピンキリですが、職人の手がなかなか空かなくて…かなりお待ちいただくことになると思います」


 オーダーメイドで作れば、期待した機能、性能のものが用意できそうだが、職人の手が空くまで予約待ちと言われてしまう。

どのくらい待つ必要があるかと尋ねてみると、相談のため職人に話を聞いてもらうだけでも半年待ち、物の完成までとなるとさらに多くの時間が必要そうだ。


 マヤとしては早めにパーティを組んでクエストを進めたい。さすがに年単位で待つのは避けたい。


「オーダーメイドは時間かかるのね。じゃあ、既製品で『最強』っていったらどんなものがあるのかしら?」


 工期短縮のため、レディメイドでよいものがないか探ってみよう。


「既製品で最強なものをご希望ですね。ええと、あることはあるのですが…。

一度実物をお見せ致しましょうか?」


 何となく歯切れが悪いところが気になるが、予定を入れ一度実物を見せてもらうのがよさそうだ。


――――


 ここはとある金庫のショールーム。レディメイド製品が所狭しと並んでいる。


「これはなかなか立派なものね。私くらいなら余裕で金庫の中に入れそう!」


 目的の商品だが、大きさもそうだがかなり頑丈なもので重さは数百キロほどあるらしい。これが物理的に持ち出されたり物理破壊される可能性はかなり低そうだ。


 耐荷重や床荷重が心配になったが、建物はコンクリート造りを選んでいる。

金庫の据付工事とあわせて床の補強工事をすればおそらく問題ないだろう。


「ええ。強度に関しては折り紙つきです。オーダーメイドでここまで強度が高いものはまず存在しないでしょう」


 すごく気に入った。即決したい気分だが一応最後まで紹介を聞くことにしよう。


「つづいて、鍵の仕組みについてご説明致します。ええと………」


 鍵については、シリンダー式の物理鍵、ダイヤル式、そして魔法による解錠呪文の3種類の組み合わせとなっていた。

複数方式の組み合わせ、いわゆる『』が導入されている。


 そして、あまり聞くことのない『解錠呪文』の仕組みが複雑だ。


いわゆる、を採用している。


 つまり、金庫からの問いかけに合わせ解錠魔法の術式を組み替えて、適切な呪文を唱えなけばならない。


 そう。セキュリティ強度は高いかもしれないが、『』のだ!


 術式の組み替えや呪文をミスすれば、最初からやりなおしになってしまう。

さらに、強力な解錠スキルを会得していないとそもそも解錠呪文が唱えられずこの金庫を開けることができないところもハードルが高い。


 そのため、解錠スキルを会得した正当な金庫所有者であってもかかってしまう。


 この特徴のおかげで、引き合いはあるもののこの 10年間一度も売れたことがなかったそうだ。

便ものだ。どこにバランスさせるか難しい。この金庫はセキュリティ重視に極振りしてしまったため利便性が低く利用者がついてこれなくなってしまい、売れ残っていたという訳だ。


「(これは最強の金庫ね。本人すらめんどくさいなんてどうかしているけど…)」


 マヤ視点では魅力的な金庫で即決しても問題なかったが、売れていないとわかっていて定価で買うのはもったいない。少し価格交渉をしてみよう。


「物はいいけど、ね。ところで店主さん、在庫処分に協力してあげてもいいわよ。いくらまでなら勉強していただけるのかしら?」


――――


 うまく足元を見たおかげで、『最強の金庫』を定価の 3掛けで購入することで話がまとまった。


 ちなみに、金庫の定価は 10,000,000G で工事費は別とのこと。

しかし、工事費は値引きができないらしく 商品代とは別に 1,000,000G だった。


「よっしゃ。工事費込みで 4,000,000G ってことね。その値段なら買うわ!

なるべく早めに工事をしてちょうだい!」


「ははっ。お買い上げまことにありがとうございます!」


 マヤは『最強の金庫』を相場より安く入手できて、魔道具屋は積年の不良在庫が処分できるという訳だ。お互いに Win-Win の関係を築くことができ、満足できる結果となったようだ。両者の顔が自然と綻んだ。


――――


 既製品の金庫にしたものの据付工事完了まである程度時間がかかるのは仕方ないと考えていた。しかし、工事までの間にマヤの気持ちが変わって解約されると困ると思ったのか、最優先で工事を手配してくれたようだ。

そのため、金庫の購入契約から約一週間で据付工事が完了した。

よほどの不良在庫で、次に売り込むあてがなかったのだろう。


 そして、マヤは「解錠スキル」会得のために 10スキルポイントをつぎ込んだ。

スキルポイントは貴重で、解錠スキルに極振りするなんて話は聞いたことがない。

もっと他のスキルにつぎ込んだ方が、圧倒的に生きていくのが楽になるだろう。

解錠スキルを最大LV とか、世界に名を轟かせる大盗賊になるつもりかよ! といった感じだ。


「金庫だけで 400万G ってことは、あまり意味ないわよね。やっぱりバランスを考えなきゃダメよね!」


 これだけお金をかけ、面倒な思いをしてまで守る物の価値が上なら意味があるが、この世界の人にとってそこまで価値がある物がどれだけ存在するのだろうか。

いやほとんどないだろう…と思うマヤであった。


――――

教訓: セキュリティと利便性のバランスは難しい

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