Last file:変わらぬもの、変わりゆくもの

 世界でも有数の大都市ロサンゼルス。大きな闇が打ち払われたが、世界はそれとは関わりなく進んでいく。


 人の営みもまた同様で、魔物の脅威から守られた街は、相も変わらず同じ人間の犯罪が多発する。そしてそれを取り締まる立場の者達もまた、これまでと変わらない忙しい日々を送っていた。


 そんなある日の事……




「警部補! タレこみの裏が取れました! 容疑者はチャイナタウン内にある容疑者の叔父が経営する服飾店の倉庫に匿われているようです! 目撃者が居ました!」


 強盗殺人課の警部補であるローラのオフィスに、部下である刑事のリンファが相棒のアマンダと共に勢いよく入ってきた。ローラは頷いた。


「そう、やはりね。よくやってくれたわ、リンファ。先走って自分達だけで確保に向かわなかった事も含めてお手柄よ」


 ローラが席から立ち上がってそう言うと、リンファは少し引き攣った笑みを浮かべる。


「や、やだなぁ、警部補。私だってLAPDの一員だと言う自覚は持ってますよ? 皆で協力する事で……」


「……私が止めなかったら自分だけで行く気でしたよね、先輩?」


「っ!? ア、アマンダ!?」


 リンファがギョッとして相棒に目を向けるが、アマンダは素知らぬ顔だ。ローラはニッコリと微笑む。


「リンファ、事件が解決したら大好きなデスクワークのお時間ね」


「ええ!? そ、そんな……」


 リンファがこの世の終わりのような顔になる。だがローラは容赦なく手を叩く。


「ほら! とにかく今は犯人の確保が優先よ! 捜査員を向かわせるから確実に包囲するわよ。あなた達もすぐに向かいなさい」


「は、はい!」


 リンファとアマンダが入ってきた時と同じ勢いでオフィスから飛び出していく。ローラはそれを見送って溜息を吐く。以前は自分自身がああだったのだ。マイヤーズ警部補やジョンなどの上司にどれだけ迷惑を掛けてきたか今ならよく分かる。





 無事に犯人を検挙した後、ローラが事後処理のデスクワークをしていると携帯が鳴った。見ると友人であり新聞記者でもあるナターシャからだった。


 ローラは嘆息しつつも電話を取った。彼女の方からコンタクトがある時は、まず重要な要件である事が殆どだ。


「もしもし、ナターシャ? どうしたの?」


『ハイ、ローラ。悪いわね、こんな時間に。どうしてもあなたに知らせておかなくちゃいけない事があって。ここ最近街で低体温症・・・・による変死が相次いでるのは知ってるわよね?』


「……! ええ、まあ。それがどうしたの?」


 ローラが眉を顰める。嫌な予感がした。確かに最近この常夏の街でまるで凍死・・したような症状の死体が見つかる事件が相次いでいた。


 事件と言っても検視局による徹底した検視で、外傷は一切なく毒物の類いも検出されず、死体は死後に冷蔵されたのではなく、低体温症による凍死であると結論付けられた。


 当然LAのみならず都市圏中の冷凍設備を持つ業者が洗われたが、全てシロだった。そもそも検視によると被害者はまるで南極に裸で放り出されたかの如く、一瞬・・で凍死したらしいというのだ。


 どれだけ高出力の業務用の冷凍庫でも、流石に人を一瞬で凍死させる事は出来ない。現場には液体窒素などの痕跡も無く、液体窒素で凍らせた物体を運んで遺棄する事も不可能なので、この『冷凍変死事件』は完全に暗礁に乗り上げて停滞している状況だった。


『警察の捜査で何も見つからなかったのは知ってるわ。だからちょっと視点・・を変えて調べてみたの』


 ナターシャの言う視点とは、人外・・が引き起こした事件かもしれないという視点だ。その視点で調べていくと、警察には見えなかった様々な事柄が見えてくる。ナターシャはそういう調査を得意としていた。


 不思議な事に数か月前のあの大量の悪魔達の襲撃事件は、しばらくすると殆どの人々の記憶から都合よく忘れ去られていたのだ。モニカによると『ゲート』が閉じられた事による矯正・・作用が働いた結果らしい。


 だがローラを始め深くあの事件に関わったメンバーは、全員その矯正作用の影響を受けなかった。ナターシャもだ。だから彼女は未だに人外事件調査のエキスパートであった。



『そしたら興味深い事が判ったわ。変死事件が始まったのと丁度同じ時期から、日本にある「荒川商事株式会社」という貿易会社の社長がLAに長期滞在しているのよ』


「日本ですって?」


 アメリカとは太平洋を隔てた先にある島国。アメリカとの取引も多い経済大国でもある。過去にミラーカも滞在していた時期があるらしい。


『そう。そしてこの会社と取引している企業がいくつもあるんだけど、それらの企業の競合相手・・・・の事業主や役員なんかが、この謎の凍死事件の被害者の中にかなりの割合で含まれてるのよ。これって偶然かしらね?』


「……っ!!」


 確かに被害者の中にはそういう立場の人物も多くいたのは事実だ。だが警察は死因の異常性ばかりに気を取られて、その関連性を発見できなかった。これはまさしくナターシャの言う視点の問題だ。



「……ありがとう、ナターシャ。そこまで調べてくれれば充分すぎるくらいよ。後は……私達・・がやるわ」


 彼女の言う事が本当なら(勿論ナターシャが虚偽の報告をする事はあり得ないが)、その社長は限りなくに近いと見ていいだろう。そして人外の存在が絡んでいるなら、その事件は『バイツァ・ダスト』や『ディザイアシンドローム』の時と同じで、恐らく殺害方法の立証・・は不可能だ。


 ならばこれ以上の被害者を出さない為にローラがやる事は決まっている。即ち……ピースメーカー・・・・・・の出番だ。


『ローラ……。今更言うまでも無いけど、くれぐれも気を付けてね』


「勿論よ。ありがとう、ナターシャ。無事に解決したら一杯奢らせて」


 ローラはナターシャに礼を言ってから通話を切った。そして電話を切ったローラの瞳には電話に出る前には無かった強い光と決意が宿っていた。



*****



 自宅に戻ったローラ。事前に電話していた事もあって、普段はエスコート業で遅くまで帰ってこない事が多い同棲相手・・・・のミラーカの姿がリビングにあった。


「おかえり、ローラ。無事に担当事件が解決したというのに、息つく間もないわね?」


「ただいま、ミラーカ。本当にね。でも自分で選んだ道だから仕方がないわ」


 若干揶揄するようなミラーカの言葉に、ローラは苦笑しつつ肩を竦めた。ミラーカも同じように苦笑する。


「そうね。でもせめて今夜はちゃんと休んで、しっかり英気を養ってからにしましょう。あなたが眠くなると機嫌が悪くなるのは知ってたけど、ヴェロニカから空腹と喉の渇きにも気を付けて下さいって念を押されてるからね」


「……! そ、それは……おほん! わ、解ったわ。今日はしっかり休んで明日にしましょう」


 バツの悪そうな顔で咳払いしたローラは痛い所を突かれたのもあって、ミラーカの勧めに従って今夜は休養を取る事にする。ミラーカは妖しく微笑んだ。


「さて、それじゃ手早く何か作るけど……その後は、よく眠れるようにおまじない・・・・・をしないといけないわね?」


「……っ。あ、明日に差し障りがあるといけないから、お手柔らかにね?」

 

 ミラーカの妖艶な笑みに思わず顔を引き攣らせつつも、自身もまた妖しい期待に気を昂らせるローラであった。





 あの『悪魔禍デビルハザード』から数か月が過ぎ、ローラを始め仲間達は皆それぞれの日常に戻っていた。


 ローラは相変わらずLAPDの警部補としての仕事に精を出し、ミラーカもまた変わらずエスコート業を生業としている。しかし最近は何か相談事があるとかでモニカの元を良く訪れているようだった。


 そのモニカはウォーレンの後任として赴任してきた新しい神父の元で、やはりシスターの見習いとして引き続き教会で暮らしていた。地域の住民やミサに訪れる人々からの評判は上々のようだ。


 ジェシカとヴェロニカもそれぞれの夢に向かって努力し、順調に進んでいるようだった。彼女達ともミラーカ公認・・の元で逢瀬を重ねていたりする。


 クレアはヴァージニア州にあるFBI本部への『栄転』を受けて、LAを去っていった。本部への転属は元々彼女の夢であったが、それだけでなくニックとの思い出が強く残るこの街から離れたかったというのもあるようだ。しかし遠く離れた今でも、友人として私的なメールや電話のやり取りは続いていた。


 セネムはこの街でファッションモデルを続けながら、たまにナターシャの調査などに付き合ったりしているようだ。しかし契約しているモデル事務所の社長の熱心なアプローチに負けて、最近はモデル業への比重が増えてきているらしく、会うと満更でもなさそうな複雑な表情で良く愚痴を零している。


 シグリッドはルーファスから貰った遺産の一部を使って、マーシャルアーツの道場を始めていた。これが自分の本当にしたい事かは分からないが、とりあえず出来る事から始めて自分の道を模索していくと言っていた。


 しかしミステリアスな北欧美人が師範という事もあって、(主に男性の)門下生からの評判は上々のようで、案外そのままこの道に進むのではないかという気もする。



 これが今まで共に戦ってきた友人達の現状。そして……ローラとミラーカにはこれだけではなく、表からは決して見えないもう一つの現状・・・・・・・があった。それは……


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