File43:巨大地下洞窟

 感じたのは一瞬の浮遊感。カーミラ・・・・は反射的に戦闘形態になって翼を出して抗おうかとも思ったが、頭では恐らく無駄だと解っていた。それに本能的な部分で、下手に抗わずに流れに身を任せた方が上手く行くとも感じていた。


 そして浮遊感が消え視界が開けた。靴底に地を踏みしめる感触。視界が開けたと言っても、それは何も見えない状態ではなくなったというだけで、周囲には陰鬱で閉塞感漂う石壁が広がっており天井も塞がれて少なくとも『空』と呼べるものは確認できなかった。



「…………」


 視線を巡らせる。右も左も、そして上も下も、石壁や剥き出しの岩盤で覆われていた。どこか屋内・・の部屋と思しき場所にいるようだった。


(もしくは地下・・、かしらね)


 何となくそんな気もした。少し手が加えられた洞窟のような印象を受けたからだ。石壁が無く剥き出しの岩盤になっている所は、岩盤そのものが微妙に青白く発光・・しており、この空と隔絶された閉鎖空間内においても視界を保つ光源となっていた。


 尤も吸血鬼たるカーミラは例え光源の無い暗闇であっても、視界を保つ事は可能であったが。


 閉塞感はあるものの天井はかなり高く、部屋の高さは10メートルくらいはありそうだ。部屋自体の面積もそれなりに広い。


 部屋と言っても石壁以外には何もないがらんどうとした空間だ。彼女はその何もない部屋の真ん中に立っていた。出入り口と思しき竪穴が一箇所開いている。 


 しかしカーミラは闇雲に動かず、その場で意識を集中させて魔力感知を試みる。


(……魔力が渦巻いていて特定しにくいわね。そんなに離れていない場所に1人?反応を感じるけど、これが仲間の誰かかどうかも解らないし)


 その感知できた1人の反応も、恐らくというレベルの曖昧なものだ。


(とりあえず向かってみましょうか。もう少し近付けば反応もはっきりするかも知れないし)


 離れ離れになってしまったローラの安否も気に掛かる。カーミラがとりあえず行動を起こそうと、部屋の出口に向かって歩き出そうとすると……



「……!」


 カーミラは表情を厳しくして足を止めた。そして刀を構える。


 カサカサカサカサ……という、何かが這い回るような音が聞こえたかと思うと、それは次第に大きくなってきた。どうやら複数・・いるようだ。そして足音は更に大きくなって、遂にその足音の主が部屋の入口から姿を現した。


 それは一見・・すると人間サイズの巨大な蜘蛛のように見えた。だが、違う。脚は10本以上あるし、蜘蛛であれば『胴体』に当たる部分に、上向きの大きな口が付いていた。その『口』からは長い牙が生え並んでいる。


 牙の生えた口の周りに蜘蛛のような沢山の脚が生えている化け物。それが入り口に現れた生物の全容であった。しかも一匹だけではなく、その後ろからも次々と同じような怪物が部屋に侵入してくる。


 数はざっと見ただけで10体はいるだろうか。化け蜘蛛達はカーミラを取り囲むと、その牙の生えた口を大きく開けて飛び掛かってきた。どうやら問答無用らしい。


 ならばこちらも容赦はしない。カーミラは飛び掛かってきた化け蜘蛛から遠ざかるように飛び退りながら刀を一閃。化け蜘蛛の口が横一直線に綺麗に裂けて、両断された死体が地面に転がった。


 やはりそこまで大した奴等ではなさそうだ。グールやジャーンなどと大差ないレベルだ。カーミラは次々と飛びついてくる化け蜘蛛達に冷静に対処して、カウンターで的確に反撃していく。


 数分後には襲ってきた化け蜘蛛達は残らず死体となって地面に転がっていた。カーミラは刀にこびり付いた化け蜘蛛の体液を払う。



「ふぅ……とはいえ、ここにいるのがこいつらだけとは限らないし、余りのんびりとはしていられそうにないわね。ローラの事も心配だし」


 もしローラも1人だった場合は少し危険な状況だ。彼女は強力な少数の敵に対しては絶大な攻撃力を持っているが、反面今のように個々の力は弱くとも数ばかり多いようなタイプの敵に単身でいる所を狙われると弱い。


 ローラの保護も考えると、急いだ方が良いかも知れない。カーミラは化け蜘蛛の死体が散乱した部屋を後にする。


「……!」


 そして目を瞠った。部屋の外もやはり石壁と……そして廊下・・が左右に伸びていたのだ。廊下の壁はやはり発光する岩壁が所々剥き出しになっている。


 左右に伸びる回廊の先はいくつもの分岐した通路になっていた。それはカーミラに『迷宮』という単語を連想させるに十分な光景であった。


(この岩盤からしても、巨大地下迷宮といった所かしら? 妙な場所に落とされたものね)


 広大な迷宮は迷い込んだ者の方向感覚を狂わせる。ましてや空も見えない閉塞的な場所であれば尚更だ。


 しかしカーミラには吸血鬼としての感覚と魔力探知能力がある。他に何の指針もない状態なので、とりあえずこの唯一捕捉できる魔力反応を目指して進む事にする。



 ただし方向は解ってるのだが、当然分岐する通路の正しい道順などは解らない。カーミラは自らの勘のみを頼りに迷宮を進む。


 途中あの化け蜘蛛の群れに何度か襲われたが全て撃退した。煩わしくなったカーミラは通路が広く天井も高い構造なのを利用して、戦闘形態となって自前の翼で飛行しながら巨大迷宮を高速で進んでいく。壁や天井を這う化け蜘蛛や、より巨大なムカデのような怪物もいたが、全て中空を飛行する事でスルーした。


 吸血鬼は空間認識能力に優れており、その感覚で正しい道順を進む事が出来たようだ。感知していた反応がどんどん強く、明確になってくる。それにつれて識別・・できるようになった。


(この魔力は……)


 そこにいる人物を予測したカーミラは飛翔速度を上げる。やがて通路の先に、やや広くなった袋小路のスペースがあった。そこには果たして彼女の予測した通りの人物がいた。



 茶色がかった体毛に覆われた半人半獣の少女、ジェシカだ。だが彼女は1人ではなかった。



「ギャウゥゥゥゥゥゥッ!!」


 唸り声を上げながら激しく鉤爪を振るっての戦闘・・の真っ最中であった。相手は来る途中でも見かけたあの巨大なムカデのような怪物だ。かなり甲殻が固いらしく苦戦している様子だ。


 巨大ムカデはその大顎でジェシカを挟み込もうと襲い掛かる。


「ジェシカッ!」

「ガゥ!?」


 カーミラは翼をはためかせて上空から巨大ムカデに攻撃を仕掛ける。ジェシカは彼女の姿を認めて一瞬驚いたらしいが、すぐにまずは目の前の敵の排除に頭を切り替える。


 カーミラは降下の勢いも加味して斬り下ろしを加えるが、ジェシカの爪撃を弾くだけあってムカデの甲殻は相当の硬さで、カーミラの刀も弾かれてしまう。


「ち……!」


 舌打ちする。甲殻は巨大ムカデの背面をくまなく覆っているので、上から攻撃しても無意味だ。ムカデがカーミラを無視して目の前のジェシカに再び大顎で噛み付きを仕掛ける。


 するとジェシカは今までは噛み付きから逃げていたのに、何故か今度は逃げずに正面から迎え撃つ。そして両手でムカデの大顎の牙を掴んで受け止める。


「ギ、ガァァァァッ!!」


「ジェシカ、何を…………っ!」


 敢えて逃げずに敵の攻撃を受け止めた彼女の真意を測りかねたカーミラだが、ジェシカは気合の唸り声と共に、渾身の力で巨大ムカデの顎を持ち上げる。すると一時的にムカデの首の下から腹部・・・・・・・にかけてが、持ち上げられて無防備に晒された。腹面は背面に比べて強固な甲殻に覆われていない。


 ジェシカがカーミラの方に視線を向ける。


「……!」


 それだけでカーミラには伝わった。伊達に今まで何度も共闘していない。



「ふっ!」


 カーミラはジェシカとムカデの間を潜るようにして、ムカデの晒された腹面に刀を突き入れる。


 Gygiiiiiiiiii!!!


 ムカデは狂ったように暴れるが、ジェシカが奴の大顎を掴んだまま全力でそれを抑え込む。カーミラは吸血鬼の膂力を発揮して、そのまま強引に刀を振り抜いてムカデの頸部を抉り切った。


 頭と胴体が泣き別れとなった巨大ムカデは地面に倒れた後もしばらく痙攣していたが、やがて完全に動かなくなった。



 それを見届けるとカーミラは、ふぅ……と息を吐いて戦闘形態を解いた。同時にジェシカも変身を解いて人間の姿に戻る。

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