File32:ローラとミラーカ

「ミ、ミラーカ……」


 ローラが呆然とした表情と声で彼女を見やる。いや、ローラだけではない。大なり小なりアルゴルの語る内容に衝撃を受けて呆然としていた他の面々も、思わずといった風にミラーカに注目していた。


 しかしミラーカはそれらの視線に構わず、ただ真っ直ぐにアルゴルを睨み上げていた。


「あなたがローラの父親だと言うなら丁度いいわ。恋人・・の父親への挨拶は、カップルにとっては避けて通れないイベントですものね。……あなたの娘さんとのお付き合いを認めて頂けるかしら、お義父様・・・・?」


「……! ミラーカ……」


 ローラは信じられないような目でミラーカを見る。彼女は……今の話を聞いて尚、ローラの恋人・・でいると宣言したのだ。



 一方のアルゴルはやや不快気な表情で彼女を見下ろす。それはこの男が現れて以来初めて、僅かではあっても感情を乱された瞬間であった。


「私の話を聞いていなかったのですか? その女と君達の間に存在する物は、全て『特異点』の力によって作られたまやかしの絆に過ぎないのです。しかも周囲に怪物を呼び寄せ厄災を引き起こす、まさに疫病神そのものと言うべき存在。あなたも、あなた方も、今までどれだけの死闘を戦ってきましたか? それは全てその女が呼び寄せたものなのです。操られて強制的に仲間にされ、襲ってくる魔物達と戦わされ盾にされる……。言わば君達は全員その女の被害者・・・なのですよ?」


「……っ!!」


 アルゴルの糾弾・・に再びローラの身体が大きく震える。だがミラーカは何ら動揺する事無く、逆に妖艶とも言える笑みを浮かべる。


「ふぅん、それで? だから何だと言うの? 『特異点』の影響? そんな物知らないわ。私はあくまで私の意志でローラと恋人になったの。そして私自身が決めた上で彼女と共にこれまで戦ってきたのよ。操られてなんかじゃない」


 ミラーカは真っ直ぐにローラを見据えた。ローラも彼女の視線に吸い込まれて目を逸らせなかった。


「それに私は500年も生きてきて退屈で、正直生きる事に飽いていた部分があった。でもあなたと出会ってからは違った。退屈する暇なんてないくらいに充実していた。それは怪物達との戦いの事だけじゃない。あなたとの生活の全てが私にとってはこの上なく面白く刺激的だったからよ。私はあなたと出会って幸せだったのよ、ローラ」


「……!」


「それにあの500年前の修道院で、甘い思い出の中に閉じこもっていた私を引っ張り出してくれたのはあなたでしょう? 私はあなたとなら『ローラ』の事を忘れて今を生きていけると思ったのよ? あの時の気持ちはどうしたの? あの時の言葉は全部嘘だったの?」


「……ッ!」


 ローラの目が見開かれる。勿論嘘なんかではない。今だってあの時の気持ちのままだ。だが……


「で、でも、私が怪物を呼び寄せていたのよ? あなたも、皆も……私が戦いに巻き込んでしまった。そしてアンドレア達だって私が殺したようなものだわ。過去の事だけじゃない。これからだって私が生きている限りまた何かが起きて、誰かが巻き込まれるのよ!? それを――」



「――それが何? はっきり言えば私は大勢の赤の他人とあなたを天秤に掛けて選べと言われたら、迷わずあなたを取るわ。それによって他の人達がどれだけ巻き込まれようと関係ないわ」



「な…………」


 ローラの泣き言を遮るように迷いなく断言するミラーカに、彼女は絶句してしまう。


「人々への被害が気になるなら、現れた連中を片っ端から倒していけばいいだけよ。今までだってそうしてきたでしょう? そしてそんな生活を続けながらも私達は上手くやってこれた。だったらこれからだってやっていけるわ」


「……!! で、でも……それでも巻き込まれて亡くなる人は必ず出てしまうわ!」


 これまでの人外事件の被害者達が皆そうだ。トミーやダリオら同僚もそうだし、アンドレアだってそうだ。彼等は言ってみれば全員自分が殺したようなものだ。彼女さえいなければ死なずに済んだのだ。


 その事実がローラの心に黒い染みを落とすが、ミラーカは呆れたようにかぶりを振った。



「ねえ、ローラ。あなたも警察なら、これまでのLAでの凶悪犯罪の発生率やそれに対する被害者の数なんかも大雑把には知っているはずよね? 人外の怪物達が来る前から既に大勢の人間が同じ人間によって殺されていたのよ。でも人外の事件が多発するようになってから、普通の犯罪者やギャングなんかによる凶悪犯罪はむしろ減少傾向・・・・にあったのよ。あなたも何となく気付いていたんじゃない?」



「……っ!!」


 確かにそれは何となく感じていた。より凶悪な臭いを感じ取った犯罪者たちの本能がそうさせるのか、『サッカー』から始まる一連の人外事件の裏で、通常・・の凶悪犯罪は鳴りを潜めたように明らかに発生率が減少しているのだ。


「極論だけど、怪物に殺される人たちは完全には防ぎきれないけど、それは怪物がいない事によって発生する通常の殺人事件と差し引きゼロ・・・・・・とも言えなくはないでしょう? 要はどうにもならないって事」


「そ、それは……確かに極論ね」


 ローラは若干呆れたように呟く。だがその声には少しだけ明るさが戻って来ていたが本人は気付いていなかった。ミラーカが微笑む。



「でも間違ってはいないわ。それに人外の事件による被害者は、あなたや私達の努力次第で減らす事ができる。そうでしょう? いっその事本当にこの街の平和を守るガーディアン、いえ、ピースメーカー・・・・・・・になりましょうよ。私達ならきっと出来るわ」



「ピース……メーカー……!」



 ローラは再び身体を震わせる。しかしそれは先程までの恐怖や萎縮による震えではなかった。ミラーカが屈み込んで手を差し出す。


「ほら……ピースメーカー最初の大仕事が待ってるわよ」


「ミラーカ……。ええ……ええ、そうね。本当に、ありがとう」


 ローラはゆっくりとだが、しかし確かな手つきでミラーカの手を取った。彼女が引っ張り上げてくれて、ローラは自分の足で再び立った。 

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