File25:連携の力

『馬鹿な……このタイミングで現れるとは。これも『特異点』の力の影響か?』


 デュラハーンがローラ達の加勢に現れたジェシカとヴェロニカを見て呻いた。その態度の理由は分からないが、何にせよこの状況で2人が来てくれた事は正直ありがたかった。


 本当は2人には戦いから遠ざかっていてもらいたかったのだが、彼女達自身が介入を望んでこうして来てしまった上に、ここで意固地に拒絶する事でセネムやナターシャら他の仲間を危険に晒してしまう事にもなる。


 ここに至ってローラも決断した。それに……憂慮ばかりではない。心の奥底では確かに嬉しさ・・・も感じているのは事実だった。


 ジェシカ達がそこまで自分を慕ってくれているという嬉しさ。そして長年の戦友・・でもある彼女達とまた一緒に戦えるという嬉しさだ。


(ふふ……私も結局非情には徹しきれなかったわね)

「2人とも、行くわよ!」


 ローラは内心で苦笑しつつ、外面は勇ましい表情でジェシカとヴェロニカを促す。もうここまで来たら、後は余計な事は考えずに目の前の敵を倒すのみだ。


「はいっ!」「ガゥッ!!」


 2人は威勢の良い返事を返してくれる。



「ジェシカは極力近付かずに牽制に回って! ヴェロニカは『衝撃』で奴を攻撃して! あの黒い霧を散らすのよ! ゾーイはとにかく皆の防御を頼むわ!」


「りょ、了解!」


 ローラの矢継ぎ早の指示にジェシカもヴェロニカも黙って従う。ゾーイも慌てて戦術を切り替える。


 ジェシカはミラーカ達の様子を見て、既に黒い霧の脅威を正確に認識しているらしく、デュラハーンの周囲を駆けまわりながら最初にやったように石や木の枝などを投擲して牽制する。


 たかが投石とは言っても半獣の膂力を用いて全力で投擲されたものだ。当たれば人間に重傷を負わせるくらいの威力はある。


 さりとてわざわざ黒い霧の防御を用いるまでも無いという判断なのか、デュラハーンは直接剣を動かしてそれらを切り払う。文字通りの牽制だが奴の注意を僅かでも逸らす事が出来るなら上出来だ。 


「はぁぁっ!」


 そこにヴェロニカが『衝撃』の力を叩きつける。『衝撃』は彼女が最初から使えた能力で、『弾丸』や『大砲』、そして『爆弾』など次々と新能力を開花させていく中で、それらに比べると弱い能力と思われがちだが、そんな事は無い。


 何といっても溜め・・が短くて連発できるのが最大のメリットだ。他にもその広い攻撃範囲も乱戦では使いづらいが、このような場面においては優秀である。


『……!』


 デュラハーンはやはり黒い霧を出して防御するが、『衝撃』の広い攻撃範囲の全てをカバーする事は出来ず、漏れた・・・衝撃波がデュラハーンの身体に到達した。


 『衝撃』は使い勝手が良い分威力は低いので、デュラハーンは僅かに身体を揺らしただけだったが、この戦いで初めてデュラハーンに攻撃が通った瞬間であった。


「あ、当たった……!」


 戦いを見ていたナターシャが思わず喝采を上げた。だがローラの表情は厳しいままだ。『衝撃』は当たったが、恐らく何のダメージも受けていない。


 ローラは自身のデザートイーグルに視線を落とす。あのデュラハーンは神聖弾に対してだけは警戒していた。恐らく奴を倒すには神聖弾を当てる以外にない。


 だがタイミングが重要だ。デュラハーンもローラの動向には気を配っているはずなので、ただ神聖弾を撃ち込んでもこれまでのように相殺されて終わりだろう。



『小賢しい奴等め!』


 デュラハーンがやや声に怒りを滲ませて、ジェシカやヴェロニカに対して遠距離から剣を振るう。剣先から黒い霧を飛ばす遠距離攻撃だ。


 ジェシカは横に跳んで霧を躱すが、ヴェロニカは『衝撃』を放った直後ですぐには障壁を展開できない。無防備な彼女に黒い霧が迫るが……


「……! ゾーイッ!」

「ええ!」


 ローラは素早くゾーイに指示。ヴェロニカの前に砂の防壁が築かれる。黒い霧は砂の防壁をぐずぐずに溶かしてしまうが、多少の時間は稼げる。その間にヴェロニカは安全な距離まで退避する事ができていた。


 ゾーイを完全に防御に回せば今のような感じでデュラハーンの攻撃に対処できるが、ゾーイの魔力と手いつまでも持つ訳ではない。現に彼女は額に脂汗を浮かべて苦し気な様子になってきている。このまま持久戦となればやはりこちらが不利だ。


(く……何とか奴の隙を突かないと……)


 だがジェシカとヴェロニカだけでは手数が足りない。これでは奴の注意をローラから一時的にでも逸らす事が出来ない。


 デュラハーンの隙が見いだせずにローラが焦っていると……


 ――ビュッ!!


『……!』


 大きめの石がデュラハーンに向かって投擲された。デュラハーンは剣でそれを弾くが、ジェシカは黒い霧を必死に躱していてこちらに攻撃する余裕は無い。では誰が投げたのか。



「……前衛だからとただ闇雲に突っ込むだけでは獣と同じ。まさかジェシカさんに教えられるとは」



 シグリッドだ。立ち上がって左手を振り抜いた姿勢。彼女が今の石を投げたのだ。どうやらジェシカの戦い方を見て、目から鱗が落ちたような気分になっているらしい。


 相手は明らかに接近戦の相性が悪い敵なのに、自分の戦闘スタイルに固執して肉弾戦以外に選択肢がないと思い込んでいたのだ。だがそんな事は無い。これは試合ではないのだ。ルールなど存在しない。改めてその事実に気付いた様子であった。


「そう……だな。それに若いジェシカ達だけに任せていたのでは戦士の沽券に関わる」


「ええ、本当にね……。年長者・・・の威信に懸けて、もうひと踏ん張りといきましょうか」


 ジェシカやヴェロニカの奮闘を見て触発されたのか、満身創痍であるセネムとミラーカも自らの得物を手に立ち上がって闘気を発する。



『ち……馬鹿共が。無駄に苦しみが長引くだけだぞ』


 デュラハーンが忌々し気な声音になって、剣を横一直線に薙ぎ払う。すると黒い霧がまるで投網のように広範囲に渡ってばら撒かれる。こちらのほぼ全員を飲み込むほどの範囲攻撃だ。モニカとナターシャが息を呑んで硬直する。


「ゾーイ! ヴェロニカ!」


 ローラは咄嗟に2人に指示する。2人共心得たものでゾーイは砂の防壁を、ヴェロニカは『障壁』を素早く張り巡らせて黒い霧の投網を防ぐ。だがどちらの防壁も長時間の防御は不可能で、黒い霧に押し負けて砂の防壁は溶け崩れ、『障壁』は無数の亀裂が走って砕け散ってしまう。


 しかし皆がその間に安全な場所に退避する時間は稼げた。そして今度はこちらの番とばかりに、猛烈な反撃を開始した。


「ガゥゥッ!!」「ふっ!」


 ジェシカとシグリッドは、それぞれ挟撃するように左右から全力で投石攻撃を行う。デュラハーンは巧みな剣捌きで左右からの投石を全て切り払うが、その隙に足元に忍び寄るのはセネムだ。 


「نور فلش!!」


 彼女は曲刀を交叉させて至近距離から『神霊光』をデュラハーンに浴びせる。『神霊光』もまたある意味では攻撃範囲が広く、黒い霧で完全に防ぐ事はできない。


『ぬ……!』


 やはり強力な魔物であるデュラハーンには牽制程度にしか役に立たないが、ほんの僅かに意識を逸らせる事には成功した。そこに……


「シャッ!!」


 翼をはためかせて上空に飛び上がったミラーカが、セネムによって足元に意識が逸れたデュラハーンの『頭上』から刀を斬り下ろす。


 ――ガキィッ!!

『……っ!』


 鈍い金属音と共に……デュラハーンの身体が僅かに傾いだ。ミラーカの斬撃が命中したのだ! 連携の波状攻撃によって遂に黒い霧の自動防御を上回ったのだ。


『貴様……!』


 デュラハーンが怒りを滲ませて『頭上』のミラーカに対して剣を斬り上げる。意識が完全にミラーカへの攻撃に向いたのだ。そしてそれは……この戦いが始まって以来、初めて見せるデュラハーンの『隙』であった。


(今……!!)


 その時をずっと待ち続けていたローラは、その一瞬のタイミングを逃さず、躊躇う事なくデザートイーグルの引き金を引いた。


 ――ドウゥゥゥゥゥンッ!!


 『ローラ』の霊力が込められた神聖マグナム弾が発射される。それは狙い過たず……ミラーカへの攻撃の為にがら空きになっていたデュラハーンの胴体に命中した!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る