File47:フェイタルデュエル(Ⅶ) ~適者生存

 閉ざされたフロア内に間断ない銃撃音が響き渡る。ニックの下僕である〈信徒〉達が持つアサルトライフルが火を噴く度に、廊下にある僅かな調度品や散乱した瓦礫などが跳ね飛ばされる。


 廃病院の3階フロアは、現在アクション映画も真っ青な激しい銃撃戦の最中にあった。



『ははは! どうしたんだい、ローラ!? こそこそとゴキブリのように逃げ隠れしていないで正々堂々と勝負しようじゃないか!』


 〈信徒〉達の後ろで、ニックが〈従者〉のミイラ姿のままで哄笑する。


「くそ……誰がゴキブリよ!」


 一方ローラはデザートイーグルを構えながらも、弾幕の前に姿を晒す訳にも行かずに物陰や廊下の死角などに身を潜めながら逃げ回っていた。


 一度だけ銃撃の隙を突いて、廊下の角から身を乗り出して〈信徒〉の1人を射殺する事が出来たが、それを警戒したニックが〈信徒〉達にもカバーアクションを指示して、それ以降は一進一退で本当にアクション映画のような状況になっていた。


「奴等、相当弾薬を用意しているみたいね。このままじゃ埒が明かないわね……!」


 身を隠しながらローラは舌打ちする。向こうもこちらの銃撃を警戒して迂闊に踏み込んでくる気配はないが、このまま膠着するのは避けたい所だ。何故ならこうしている間にもゾーイや他の仲間達が苦戦しているはずだから。


 一刻も早くニックを斃して、皆の援護に向かわなければならない。ローラの中で焦燥だけが募っていくが……



「ローラさん、落ち着いて下さい。心配する気持ちは解りますが、焦っては状況が更に悪化するだけです」


「……!」


 一緒にいる修道服姿の少女……モニカが、ローラの肩に手を置いて落ち着いた声で諭してくれる。それだけでローラは何故か不安や焦燥が引いて、冷静になれた気がした。


「……そうね。ありがとう、モニカ。お陰で少し頭が冷えたわ」


「どういたしまして。でもこのまま睨み合いを続けている訳には行かないのも事実です。……ここは私に任せて下さい。ローラさんは援護をお願いします」


「モニカ?」


 モニカがスクッと立ち上がる。ローラは呆気に取られて目を見開いた。



「大丈夫です。私にとってまだ見慣れない武器だったので様子を見ていたのですが……これくらいなら・・・・・・・短時間であれば何とかなりそうです」



「え……」


「私が飛び出せば、恐らく彼等は一斉に姿を現して攻撃してくるでしょう。ローラさんはそこを狙って下さい」


「……!!」



 ローラが唖然としている間にも、モニカは〈信徒〉達が待ち構える廊下の射線上に恐れげも無く飛び出した。


 当然それに反応した〈信徒〉達が一斉に身を乗り出してライフルを向けてきた。モニカが両手を掲げる。


「風の精霊よ、侵害を排し給えっ!!」


 モニカの周囲に何らかの力が発生する。それとほぼ同時に〈信徒〉達のライフルが彼女に向けて火を噴いた。最悪の光景を想像するローラだったが、


「な…………」


 彼女の見ている前で目を疑うような光景が起きていた。無数のライフルの弾がまるでモニカを避けるように逸れて、周囲の壁や天井に銃痕を穿っていくのだ。


 ヴェロニカの『障壁』のように銃弾を弾いている訳ではない。銃弾が勝手に逸れていくような摩訶不思議な光景に、ローラはまるで神の奇跡のようだとすら思った。


「さあ、ローラさん、今ですっ!」

「……!」


 モニカの呼び掛けにハッと我に返ったローラは、デザートイーグルを構えて自らも角から身を乗り出す。


 敵の銃弾はモニカの力によって逸れて壁や天井に撃ち込まれ、ローラの元まで届かない。ローラは極力落ち着いて狙いを定め、〈信徒〉を1人ずつ仕留めていく。



 次々と仲間が倒され最後の1人となった〈信徒〉はライフルを投げ捨てると、モニカに向けて直接飛び掛かった。


 ローラは丁度マガジンの弾薬を撃ち尽くして、新たなマガジンを装填する所だった為に対応が遅れた。


「咎人めっ!」


 〈信徒〉は喚きながら、手から青白い光を発生させてモニカに打ち掛かる。だが彼女は慌てる事無く、逆に一見無防備に両手を広げた。


「炎の精霊よ! 魔を滅する力をっ!」


 彼女の祈りに応えて、銃撃戦で大分吹き飛んだものの、まだいくつか残っていた廊下の燭台に灯った炎が大きな火の玉となって立ち昇り、〈信徒〉に向けて不規則な軌道を描きながら殺到した。


 先頭の火の玉は〈信徒〉の防護膜に接触して消し飛んだものの、〈信徒〉の防護膜も共に弾け飛んだ。そこに残りの火の玉が殺到して……


「うわっ!? ぎゃああぁぁぁぁっ!!」


 瞬く間に火だるまとなった〈信徒〉がのたうち回るが、火は消える事無く、すぐに静かになりそのまま消し炭となってしまった。


 聖女というイメージからは程遠い過激で苛烈な攻撃能力である。仲間や自分を守ったり回復したりするだけでなく、こんな力も使う事ができるのか。


「……魔に囚われし魂に救済を」


 モニカは悲し気な表情で〈信徒〉の焼死体に祈りを捧げている。少なくとも好んで殺生をしている様子ではないのでローラはホッとした。



「さあ、ニック。〈信徒〉は全員倒したわよ? 私達も決着を付けましょうか」


 廊下の角から出てきてモニカと並ぶようにしてニックを挑発する。


『……全く、誤算も誤算。僕の計画も思惑も完全に狂ってしまったよ』


 銃弾に倒れた〈信徒〉達の死体の向こうから、ミイラ姿のニックが姿を現した。彼はモニカを指差した。


『最大の誤算が君だ。全くあり得ない……ナンセンスだ。君は一体何者なんだ? まさか僕達を断罪する為に神が遣わした天使だとか言わないよね?』


 ニックの疑問はある意味当然だろう。モニカがいなければローラ達は地力の差であのまま押し切られていた可能性が高い。


 そして彼女が何者なのか……。その正確な答えはローラもまだ聞いてはいない。果たしてモニカはかぶりを振った。


「残念ながら私は天使ではありません。しかし……あなた方を断罪する者という意味ではその通りでしょう」


 今は詳しく説明している時間はないからというのもあるだろうが、ニックは特に残念がる事も無く肩を竦めた。


『ふん……まあいいさ。どの道最初から君達か僕達のどちらかが滅びるまで終わらない生存競争なんだからね、これは!』


 ニックの身体から魔力が噴き上がる。ここからが本番だ。ローラも呼応して自らの内にある霊力を限界まで高める。


 今ここにはミラーカを始めとした前衛組はいない。ローラは勿論、モニカも先程の戦いを見ても明らかに後衛向きの能力だ。つまり〈従者〉であるニック相手に、接近されたら終わりという事だ。


 勝負はそれまでの間に付く。即ちニックが接近する前に仕留められるか、もしくは接近を許してしまうか。それによって勝敗が決まる。



「モニカ、来るわよ!」


 モニカを促しつつ迎撃態勢を整える。モニカも静かに霊力を高めて準備は万端のようだ。



『は、はははは! 僕は滅びない! 僕は運命など信じない! 死ぬのは君達だぁっ!!』


 ニックが狂的に哄笑しながら左手を突き出す。そこから無数の砂の塊が散弾となって発射される。前衛組ならともかく、ローラ達が当たったらただでは済まない。


「風の精霊よ!」


 しかしモニカが前に出て、またあの力を発動させる。アサルトライフルの掃射も逸らした風のバリアは〈従者〉の散弾も弾き散らす。


 しかしニックは弾かれる前提であくまで牽制の為に放ったらしく、驚く事無くそのまま右手に剣を生やして突っ込んでくる。


 〈従者〉はコアに攻撃を当てないと一瞬で再生されてしまう。闇雲に撃っても無意味だ。だがこの状態でコアの位置を特定するのは容易ではない。というよりローラにはほぼ不可能だ。しかし……


「ローラさん、撃って下さい! 私が誘導・・します!」

「……!!」


 考えている暇はない。ニックは恐ろしいスピードで迫ってくる。ローラはとにかくニックに向けて無我夢中で神聖弾ホーリーブラストを撃ち込んだ。


 モニカを信じて何も考えず胴体に向けて撃ったが……途中で弾道が明らかに変化した。


『……ッ!?』


 胴体に向けて撃ったはずの神聖弾は下方向に曲がって、ニックの左の太もも辺りに命中した。


『お…………』


 ニックの突進が止まる。そして信じられない物でも見るように、自らの脚を穿った銃創を見やった。



 そして……彼の身体がボロボロと砂に変わって崩れ出した。



『は、は……なるほど。君という奇跡・・が起きた時に、もう僕達の運命・・は決まっていたという事か……』


 ニックはモニカの方に視線を移しながら、全てを悟ったように呟いた。


「ニ、ニック……あなたは」


「ああ、同情なんてしないでくれ、ローラ……。僕は僕なりに自分の運命に抗った結果さ。ここに至っては僕も奇跡という物は本当にあるんだと信じざるを得ないからね」


「…………」


 人間の顔に戻ったニックは穏やかとさえ言える笑みを浮かべていた。


「ただ……ああ、クレアには本当に悪い事をした。敗者の、最後の遺言として……彼女に伝えて、くれないか? 君を……愛していた、のは……本当、だった、と…………」


「……解った。確かに伝えるわ」


 ローラが請け負うとニックは満足そうな笑みを浮かべた。そして後は何も言わず、塵となって消滅していった。


「ニック…………」


 ローラの顔には戦いに勝利した喜びはなく、ただ深い憐憫だけが浮かんでいた。




 ニックを打倒したローラとモニカは、その後何とか3階のフロアを脱出して、仲間達を援護すべく他の戦場へと向かったが、そこで衝撃の事実と向き合う事となった……


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