File44:フェイタルデュエル(Ⅳ) ~須臾の超越者

 廃病院前の敷地。そこでもまた死闘が繰り広げられていた。いや……死闘・・と認識しているのは片方・・だけであるかも知れない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 大きく息を荒げて地面に四肢を広げて仰向けに横たわっているのは……シグリッド。身に着けているプロテクターは無数の傷や破損でボロボロになり、露出した白い肉体も至る所に傷を負って、そこから流れ出た血が汗と混じって身体を汚している。


「もう終わりか? とはいえ、今の俺を相手によく頑張った方ではあるか」


 一方それとは対照的に服の乱れ一つない全くの無傷で、涼しい顔のまま佇んで冷たい目で彼女を見下ろしているのは、サイボーグのクリスだ。



 戦いというには余りにも一方的な展開であった。クリスが操る6本のアームはそれぞれが独自の意思を持っているかのように自在に動き、防御や遠距離攻撃も交えて連携して攻め掛かってくるのだ。


 言ってみれば6体の強敵を同時に相手にしているような物だ。結果シグリッドは近付く事さえ出来ずに一方的にアームに嬲られる羽目になり、相手を倒すどころか、自分が倒されないように粘って持ち堪えるのが精一杯となってしまう。


 そしてそれすら限界を迎えて、今こうして傷だらけで無様に横たわっているのだ。



「これ以上抵抗しなければ命までは取らん。そこで大人しく寝ていろ。俺は他の奴等を世話しに行く」


「……!」

 踵を返そうとするクリスの言葉に、シグリッドは苦し気に歪めていた目をカッと見開く。クリスが他の戦いに乱入すれば恐らくローラ達は一溜まりも無いだろう。


 こいつだけは何としてもここで足止めしておかなくてはならない。それは自分に課せられた使命だ。一時の苦しさに負けて自らの使命を放り出すなど彼女の矜持が許さなかった。


「ぐ……うぅ……!」


 傷の痛みや出血による消耗、疲労を押し殺して強引に立ち上がるシグリッド。しかし足はふらついて息も上がったままだ。


「ほぅ……まだ立つか?」


 クリスは足を止めて振り返ると、そんな彼女に若干の哀れみ・・・の視線を投げかける。


「無駄な事は止めておけ。勝ち目がない事はお前自身が一番よく分かっているだろう?」


 勿論解っている。シグリッドは歯噛みした。明らかに手加減・・・されていた。


 本当はもっと苛烈に攻め立てて彼女を殺してしまう事も出来たはずだ。先程倒れている間も、追撃すれば簡単に殺せたのに敢えて追撃せずに立ち去ろうとした。


「俺は他の連中と違って殺しを愉しんでいる訳ではない。お前のような美しい女を殺すのは俺の本意ではない。ミラーカを殺すのはあくまでそれが必要だからだ。解ったら大人しくしていろ」


 最早戦いの相手とさえ見做していないようなクリスの言葉に屈辱を感じたシグリッドは、怒りと闘志に燃えた目で彼を睨み付ける。勿論降参する気など一切ない。


 因みに美しい女と言われた事に対する動揺は無かった。敬愛するルーファス以外の男に何を言われても雑音でしかない。



 言葉はいらない。行動で示すのみだ。シグリッドは躊躇う事無く地面を蹴って、再びクリスに向かって突撃する。密着することさえ出来れば何とかなるはずだ。


「馬鹿め」

 クリスが吐き捨ててアームを蠢動させる。ブレードのアームが迫る。シグリッドは紙一重のタイミングで鞭のように撓る斬撃を回避する。しかしその回避直後の隙を狙ってドリルとソーのアームが挟撃してくる。


「……っ!」


 そのままではまともに喰らってしまう。シグリッドは大胆に前に飛び込むように身を投げ出した。素早く前転して身を起こすが、その時には鉤爪のアームが目の前まで迫っていた。それと同時に視界の隅で光線銃のアームがこちらを向いているのに気が付いた。


 頭で考えている暇はない。シグリッドは本能と反射に任せた動きで、身体を捻るようにして鉤爪を回避。そして光線銃の向きから軌道を予測して頭を逸らせる。直後に粒子ビームが彼女のこめかみを掠める。


 全ての攻撃を躱す事に成功した。残るバリアのアームには攻撃能力は無い。後は他のアームが戻ってくる前にクリスに組み付いてしまえば――


 ――――ドウゥゥンッ!!


 重い銃声・・が轟く。同時にシグリッドの足が止まる。


「あ……?」


 彼女は呆然とした顔と声で、自らの腹に空いた風穴とそこから噴き出る血潮を眺めた。そしてゆっくりと視線をクリスの方に向けると……



「……俺には人間としての2本の腕・・・・もあるのを忘れたのか?」



「……!!」


 クリスの右手には口径の大きいリボルバーのような銃が握られており、銃口から硝煙が上がっていた。銃声と口径から判断して、ローラのデザートイーグルに近い威力のマグナム銃だ。


 シグリッドが傷口を手で押さえてよろめくように後ずさる。6本のアームだけでも極めて厄介なのに、自らの腕も普通に使って銃を撃つ事が出来るのか。今のように威力の高い武器を持たれたら、それだって立派な戦力だ。


 無敵だ。少なくとも絶対に1人で勝てる相手ではない。2人……いや、最低でも3人は必要だ。


 ミラーカがクリスこそが【悪徳郷】で最強の存在だと言っていた理由が、ここに至って実感できた。



 シグリッドの両膝がガクッと落ちて地面に着く。ただでさえそれまでの戦闘でアームの攻撃によって散々痛めつけられた所に、マグナム弾をまともに受けた事が止めとなってしまった。最早立ち上がる事さえ出来なかった。


 トロールは吸血鬼のように弱点さえ守れば不死身という訳ではなく、この傷と出血量は既に致命傷と言って良かった。


「愚かだな。あのまま寝ていれば死なずに済んだ物を。無駄に苦しませる趣味はない。今すぐその苦痛から解放してやろう」


 クリスの振り上げたブレードのアームが、ひざまずくシグリッドの首を断頭台よろしく刎ね飛ばそうと迫る。


 シグリッドは自らに迫る死の気配を敏感に感じ取りながらも、その死をただ受け入れる気はなかった。



(ルーファス様……申し訳ありません。私の使命を全うする為に・・・・・・この命、捨てさせて頂きます)



 ――ガシッ!


「……!?」

 それまで死に体だったシグリッドの腕が高速で動いて、ブレードのアームを正確に掴み取って制止させた。クリスの目が初めて驚愕に見開いた。


 驚いた彼がアームを引き戻そうとしても、物凄い力で握られていて振り解けない。


「き、貴様……!?」


「……トロールという種族は自らの意思で一度だけ・・・・、自身の限界を超えたパワーを発揮できる【超越者オーバーロード】という状態になれるのです。ただし代償としてその後、生命力を燃やし尽くして死に至りますが」


「な…………」


「そしてあなたを斃すには【オーバーロード】になるしかないという結論に達しました」


 静かに語るシグリッドが、それまでの怪我が嘘のようにスクッと立ち上がった。元々筋肉質な体つきであったが、更に筋肉が膨れ上がりその体表には静脈のような血管が無数に脈打つ。


 そして特徴的な2本の角は更に伸びて、それだけで人を刺し殺せそうな長さになる。目は白濁して口からは長い牙が伸びて、まるで魔力が可視化したような煙状の呼気が漏れ出る。



 明らかにそれまでのシグリッドとは様相が異なっていた。これが……トロールと言う種族の限界を超えた超越者、トロール・オーバーロードだ。



「ば、化け物め……!」


 彼女の姿に恐れ戦いたように、クリスが他の全てのアームを蠢動させて一斉に襲い掛かる。そこからは刹那の攻防となった。


「グゥォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 シグリッドが今までのクールで寡黙な印象からは考えられない野獣のような咆哮を上げて、一気にクリスに向けて突進する。先程までの突撃とは比較にならない勢いだ。


 襲い来るアームを、目にも留まらない速度の蹴りや拳で一撃で弾いてしまう。今まで彼女の接近を悉く阻んできたはずのアーム群が嘘のようにあっさりと弾き飛ばされる。光線銃から粒子ビームが発射されるが、何とシグリッドはビームに被弾しながらお構いなしに肉薄してきた。

 

「く、来るな!」


 顔を引き攣らせたクリスが手に持ったリボルバーの引き金を引く。バリアのアームを足止めに使った事もあって、マグナム弾は正確にシグリッドの心臓を撃ち抜いていた。しかし、それでも彼女の突進は止まらない!


「馬鹿な……!?」


「ガァァァァァァァッ!!!」


 再びの咆哮。限界まで引き絞られたシグリッドの拳が、トロール・オーバーロードの全力を以って打ち出された。


 瞬間的に大口径スナイパーライフルも超える威力となったその凶器は、お返しとばかりにクリスの心臓の辺りを胴体ごとぶち抜いた!



「……!? ……っ!!」


 クリスの目が限界まで見開かれる。その口からゴボッと銀色・・の体液のような物が零れ落ちる。胴体を突き抜けたシグリッドの手には、金色に輝く小さな球体が握られていた。サイボーグとなったクリスの【コア】……つまり心臓だ。


 シグリッドは凄まじい握力でその無機質な心臓・・を握りつぶした。



「お……おぉ……馬鹿な……。俺が……こん、な……。ロ、ローラ……」



 クリスは尚も信じられぬという表情で呟くと、口だけでなく目や耳、鼻、そして胸の傷などあらゆる穴から銀色の液体を垂れ流して痙攣する。そして完全に動かなくなった。


 高校時代にローラと関係を持ち、そして今またLAに舞い戻り、異星人のサイボーグとなってまでローラを手に入れようとした狂気の妄執は、果たされる事無くここに終わりを告げたのであった。



「…………」


 クリスの死を確信したシグリッドが、その亡骸から腕を引き抜く。クリスの死体が地面に崩れ落ちた。しかしそれを見届ける彼女の顔に勝利の喜びなどはなく……


「グ……ガァ……ガ……!」


 自らの喉を押さえて苦し気に膝を着くシグリッド。彼女にもまた終わりの時が来たのだ。これが圧倒的な力を発揮するオーバーロードの代償……


(わ……私の、役目は、果たしました……。後は彼女達、次第……。ル、ルーファ、ス、様……申し訳、ありません……。最後に、もう、一度…………)


 シグリッドはそのままうつ伏せに倒れる。オーバーロード状態は勿論、トロールの魔人形態も解けて人間の姿に戻った彼女は、最後に敬愛する主人の顔を思い浮かべながら、そっと目を閉じた。


 そして二度と動く事も、目を開ける事も無かった…… 

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