File20:トロール・レスキュー


「あ、あなた……どうしてここに……?」


「話は後です。今はここを脱出するのが先決です」

「……!」


 半年前と変わっていない冷徹な口調。しかしその冷静さがカーミラの意識も冷ましてくれた。そうだ。話は後でも出来る。



「脱出だぁ? おいおい、ここから逃がす訳ないだろ? 誰だか知らんが邪魔するってんなら、お前も一緒に死んでもらうぜ」


『そのお荷物・・・を抱えたまま我々から逃げられるはずがないでしょう? とんだ無駄死にでしたねぇ』


 ジョンやムスタファが一時の動揺から立ち直ると、彼女らを逃すまいと即座に包囲を狭めてくる。勿論エリオットやスパルナ、フォルネウスも包囲に加わっている。


『計算にない不確定要素……。これはマズい兆候だね。今すぐに何としても修正しなければ』


「ナターシャの話ではミラーカと大差ない程の強さのはずだ。つまりこの状況を覆せる要因とはなり得ん」


 ニックとクリスも殺気を漲らせる。しかしニックの呟きには焦燥のような物が混じっていた。



 一方、殺気立って包囲を狭めてくる【悪徳郷】の魔物達の姿にカーミラは緊張する。今の彼女は戦える状態ではないし、シグリッドの腕は知っているがそれでもクリス達の言う通りこの状況では如何ともし難いはずである。


 それはシグリッド自身も解っているはずだが、何故か彼女の顔に焦りや絶望はなかった。



「……私が何の対策もせずにこの場に乗り込んできたと思いますか?」


『何…………っ! あれは……』


 シグリッドの視線を追ったニックが呻いた。夜の闇の中に赤い光が揺らめいていた。炎だ。自然公園の木の一部が燃えているのだ。


 立ち昇る炎と煙は、夜の闇の中で一際良く目立っていた。街からも一目瞭然であろう。


『まさか……君がやったのか? この乾燥した気候の森で放火とは……州の北部で猛威を奮っている山火事を知らないのかい? とんだ極悪人だ』


「……あなた方に言われたくありません。延焼には注意を払っていますし、既に消防局には通報済みです。そして今あなたが言ったように、この州は特に山火事には敏感です。きっと消防隊が迅速に、それも大挙して押し寄せる事でしょう。そしてこの目立つ炎を目撃した大勢の野次馬も」


『……っ!』

 ニックのミイラの顔が歪む。他の面々もシグリッドの狙いを悟って動揺が広まる。


「既にこちらに向かっているであろう消防隊が駆けつけるまでの間に、私達を殺して撤収するのが間に合うか試してみますか? 勿論その場合は私も全力で抵抗させて頂きます」


『…………』

「お、おい、ニック、何かヤバくねぇか? どうするんだ?」


 ジョンの問いに答える事なく、ニックは肩を震わせて小さく笑い出した。


『ふ、ふふふ……なるほど、こういう事か。ヴラドや『ルーガルー』ら、ミラーカを殺す寸前まで追い詰めながら失敗した今までの怪物達……。徒党を組んで戦力を増強し、入念に罠も張った。それでも尚、結局僕らもその見えざる運命には抗えなかったという事か』


「ニ、ニック……?」


 ジョンは唖然とした様子でニックを見やる。クリスやムスタファ達も彼の尋常でない様子に若干の戸惑いを浮かべる。


『……いいだろう。僕は運命など信じない。それが運命だと言うなら、とことん反抗してやるまでだ』


 何かを決意したらしいニックが顔を上げて仲間達を見渡す。



『撤収だ。消防隊が押し寄せる前にここを引き払う。そして……決戦・・の準備だ』



「……!」

 ジョン達が息を呑んだ。だが誰も反論する事はなく、指示に従ってこの場から姿を消していく。この場では他に選択肢がない事を全員解っているのだ。


 ムスタファも木の陰にもたれさせていたヴェロニカを抱き上げると、そのまま闇の中へ姿を消していった。


「ヴェ、ヴェロニカ……!」


「今の状況で取り返す事は不可能です。あの様子ならすぐに殺される事はないはず。まずあなたの傷を癒やし、それから改めて救出の方法を考えましょう」


「く……」

 シグリッドの冷静な指摘にカーミラは歯噛みした。だがそれが現実だ。傷だらけでシグリッドに横抱きにされたままのカーミラには、ヴェロニカを助ける為の力が残っていない。


 今は自身の命が助かっただけでも僥倖だ。まずは体力を回復させ、ローラ達と合流し情報を共有しなければならない。


 それから改めてヴェロニカの救出に乗り出すのだ。



『……こちらの準備が整い次第、『招待状』を送らせてもらうよ。君達も決戦・・に備えて準備しておくと良い』


「…………」


 最後まで残っていたニックはそれだけを告げると、自身もまた闇の中へと姿を消していった。



「……さあ、私達も消防隊が来る前に撤収しなければなりません。行き先のリクエストはありますか? 無ければルーファス様のお屋敷までお連れしますが」


「……やはり彼の差し金だったのね? まあいいわ。あなたのお陰で助かったのは事実だし、お礼を言わせて頂戴。本当にありがとう。でも後で事情は聞かせてもらうわよ?」


「承知しています。で、行き先はどうしますか?」


「そうね……。じゃあお言葉に甘えて、ルーファスの屋敷に連れて行って頂戴。人目を忍んで皆で集まるにもむしろ都合が良さそうだし。ローラ達には連絡してこっちに来てもらうわ」


 要はルーファス邸を仮の作戦本部・・・・にしてしまおうという訳だ。だがシグリッドは特に抵抗なく頷いた。どうやらその展開も最初から視野に入れていたらしい。


「畏まりました。では出発しますので、しっかり掴まっていて下さい」


 カーミラの刀とコートを回収すると、シグリッドは彼女を抱えたまま一路ヒルズにあるルーファス邸目指して夜の闇の中を駆け出していった。






 モンロビア・キャニオンパークで突如発生した火災は、通報が早かったのと、大きめの歩道に囲まれた延焼しにくい場所が出火元だった事もあって、駆け付けた消防隊によって程なく鎮火された。


 その翌日、未だにミラーカの班からの連絡がない事に気を揉むローラの元に、シグリッドから電話が掛かってきた。半年前に共闘した戦友からの久しぶりの連絡に驚くローラだが、電話の内容を聞いて更に驚愕する事となった。 

  

 そしてローラはその日の内に、やはり心配して待っていたジェシカやセネム達と共に、ハリウッドスターであるルーファスの屋敷を訪問するのであった。



 そして、運命に抗う者達の対決の幕は静かに上がり始める……

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