File9:地球外生命体

「もうじきね……」


 ローラは腕時計を確認した。時刻は午後11時40分を回った所だ。


「ほ、本当に大丈夫なんだろうね……?」


 ターゲット・・・・・であるダグラスが落ち着かない様子で問い掛けてくる。ローラはニッコリと笑って頷いた。


「勿論です、ハームズワースさん。LAPDは最善を尽くすとお約束致します」


 大丈夫、とは敢えて明言しない。ローラとしてはそれを明言する事は出来なかった。


「…………」

 ダグラスは黙り込んでしまう。既に同じような問答を5回は繰り返している。しかしダグラスの内心を思えば仕方のない事なので、ローラはうんざりした様子も見せずにその度に律儀に付き合っていた。



 今ローラ達は署内の奥に位置するジェイル……つまり拘置所内にいた。犯人がどこから侵入してくるかも分からないので、ここが一番安全だという事になったのだ。ダグラスには凶悪犯を収容する為の一番頑丈な檻の中に入ってもらい、ジェイル内は主にローラやリンファを含む刑事部の人員が固めていた。ローラとリンファは特に、女性が近くにいた方が気が紛れる・・・・・だろうという事で、ダグラスのいる檻に一緒に入って警護する事になった。


 既に建物は完全に警備部が固めており、配備も完了している様子だ。屋上にもSWATの狙撃班が配置され臨戦態勢で待ち構えている。勿論建物内部にも要所要所に完全武装の警護が配置され抜かりはない。


 作戦に直接従事しない非戦闘要員の職員達は全員避難が完了していた。またそれ以外にも警官達が多数出動し、民間人が巻き込まれないように検問、封鎖、誘導を担ってくれていた。


 準備は万端だ。だがローラの心は些かも軽くならなかった。もし『シューティングスター』が彼女の予測通りの存在であるのなら、彼等は全て用意されたに過ぎないという事になる。ローラは自分の予測が外れてくれる事を全力で祈っていた。



「せ、先輩、いよいよですね……」


 それまでずっと黙っていたリンファが話しかけてきた。やはり彼女もかなり昂っている様子だ。


「ええ……そうね。でもハームズワースさんの命は勿論だけど、自分の命も護る事を忘れないでね」


 念を押しておく。リンファはコクッと頷いて銃を取り出す。因みにナターシャはここにはいない。流石にターゲット本人がいる場所に同席するのは危険すぎるという事で、どこか別の場所にいるはずだった。また、言ってみれば好奇心を満たす為だけに紛れ込んだ彼女が近くにいるのは命を狙われているダグラスの精神衛生上、余り宜しくないという判断もあった。


 別れる際に、とにかく絶対に無茶だけはしないでとしつこい位に念を押しておいたが、彼女がそれを守ってくれるかどうかは神のみぞ知る所だ。


 クリスやFBIの2人もここにはいなかった。興味本位という意味ではナターシャに近い立場であり、またFBIの協力を拒んだネルソンが彼等が直接的に関わる事に難色を示したのと、そもそもクリス自身がターゲットの間近にいる事を厭うたのだ。今頃はやはり署内のどこかで『シューティングスター』の登場を待ち構えている事だろう。


 やはり別れる際にクレアに対して無茶だけはしないようにと念を押したが、クレアからはその言葉はそっくりあなたに返すわと言われ、自分自身が無茶しない事をミラーカ、ウォーレンに続いて三度約束させられてしまった。



 そしてまんじりともせず……時計が午後11時45分を回った時だった。ジェイルの外が俄かに騒がしくなった。


「……!」

 ローラ達だけでなく、ダグラスやジェイル内にいる全ての刑事達がハッとして身構えた。全員が注目する中、ジェイルと外部を繋ぐ出入り口の扉が開いて刑事が1人駆け込んできた。


「き、来た! 奴だ! 『シューティングスター』だっ! 正面から乗り込んで来やがったみたいだ! 既に正面入り口を固めてる警備部の連中とドンパチが始まってるぞ! ありゃまるで戦争だ!」


「……っ!」


 全員が息を呑んだ。ダグラスなどは可哀想な程に顔を青ざめさせている。やはり相手はLAPD本部であろうとお構いなしに正面から乗り込んできたのだ。こうなったら警察の精鋭部隊が『シューティングスター』を撃退してくれる事を願うしかない。


 それが儚い願いであると知りつつ、ローラはロザリオを握り締めながら必死で同僚達の無事を祈った。



*****



 同時刻。クレアはニックやクリスと連れ立って、2階にある職員休憩用のブースに待機していた。エスプレッソマシンなどが置いてある。


 ここは『シューティングスター』が正面から乗り込んできたと仮定した場合に、ジェイルまでの動線・・から外れており、奴の狩り・・の様子を比較的安全に観察できるロケーションだとニックが提案した場所であった為だ。


 不謹慎だし悪趣味ではあるが、ニックやクリスからすればLAPDの人間が何人死のうが特に心は痛まないだろうし、正式に協力を断られた以上他にどうしようもないというのが現実でもあった。



「……で、何故そのハゲタカまでここにいるのだ?」


 クリスがこの場に居るもう1人の人物の方に視線を向けて不快気に鼻を鳴らした。


「あら? 別にあなた達が所有してる場所じゃないんだから許可はいらないでしょ、ドブネズミさん? 単に私もニックと同じで、ここがベターな場所だと判断しただけよ」


 負けじと言い返すのは赤毛の新聞記者ナターシャだ。挑戦的に睨み返すとクリスは舌打ちした。


「ふん……口だけは減らんな。勝手にするがいい」


 クリスが増々渋面となるが、クレアとしては友人のナターシャにも目の届く所にいてもらった方が安心なので特に問題はなかった。


「さあ、そろそろ刻限が近いわ。もういつ現れてもおかしくないから気を引き締めておきましょう」


 話題を変える目的もあってクレアが時計を見ながら注意を促す。時刻はそろそろ11時45分になろうとしていた。



 自分達は比較的・・・安全だが、ターゲットを間近で警護しているローラ達はかなりの危険が付きまとう可能性がある。警部のネルソンが直近になって急に作戦の変更を指示してきたせいだ。


 ターゲットの身辺警護は刑事部に任せて、その分の人員を全て外の警護に回して防備を厚くするというのが建前・・だが、本音は自分の直属の刑事部も作戦に積極的に参加したという実績を作っておきたくなったという所だろう。


 例え犯人がターゲットに到達する前に警備部に撃退されたとしても、刑事部も作戦で身辺警護を担ったという実績は残る。それが狙いだろう。ネルソンは『シューティングスター』の正体を知らず、警備部やSWATだけで確実に撃退できると思っているので、その判断自体を一方的に責める事はできない。


 だが敵の正体をある程度予測しているクレアとしては、余計な事をと思わざるを得ない。友人であるローラをみすみす死地に近付ける愚行だ。


(ローラ……お願いだから無茶しないで。自分の命を大切にするのよ……)


 外部の人間であるクレアには、そう祈る以外にできる事はなかった。



 そして時計が11時45分を過ぎた時……窓の外で強烈な光が瞬いた! 



「……! 来たね」

「え……!?」


 一早くニックが反応して視線を鋭くした。クレアが慌てて顧みた時には、既に建物の外から銃撃の音が響いてきていた。それと同時に人間の悲鳴や怒号と思しき音も。


「くくく……ようやくか。待ちわびたぞ」


 クリスが含み笑いを漏らしつつ、椅子から立ち上がった。ナターシャは既に立ち上がってデジカメをスタンバイしていた。


 聞こえてくる喧騒は鳴りやむ気配がなく、窓からはあの謎の光が何度も明滅した。これはコンプトンのジャンクヤードでも何度も目撃された光か。恐らくは『シューティングスター』の武器による発光と推測された。


 勿論人間側・・・も負けじと応戦はしている模様だ。高性能のライフルの射撃音、それにナパーム弾と思しき爆発音まで聞こえた。屋上に配置されているSWATの部隊もとうに狙撃を開始しているはずだ。間断ない銃撃音が轟く。



 そんな時間が5分程度続いた頃だろうか。一際大きな音が鳴り響き、銃声や怒号などの喧騒が明らかに大きくなった。


「建物の中に踏み込まれたようだね」

「……!」


 ニックの冷静な指摘にクレアは息を呑んだ。当然だが建物の周囲は警備部が何重にも防衛線・・・を敷いていたはずだ。あの銃撃音や爆発音からもそれは明らかだ。にも関らず相手はそれを突破して警察署内に踏み込んできたのだ。それも僅か5分程度の時間だ。


「……素晴らしい・・・・・。想像以上だ」


 小さな呟き。それはクリスから発せられたものだった。だがそれを聞き咎める暇もあらばこそ、戦い・・の喧騒は増々大きくなってくる。銃撃音、何かが物や壁にぶつかる音、そして……人間の悲鳴。それに混じって何やら聞き慣れない音も響いてきた。


「く、来る。来るわよ……!」


 ナターシャが緊張と高揚の余り上擦った声で、廊下の先を指し示す。クレアは咄嗟にナターシャの頭を押さえて椅子の陰に隠れるように促す。ニックとクリスはとっくに安全な位置取りを確保して喧騒の先を見据えていた。


 廊下の先から悲鳴が轟き、曲がり角に警官が吹っ飛んできた。その首はあらぬ方向に曲がっていた。



 そして……遂に廊下の先から『ソレ』が姿を現した。



「……!!」

 まず目に付いたのは銀色の塊だ。『ソレ』は人間と同じように頭と四肢を備えた外見をしていた。だがその全身を銀色に輝くアーマーのような物で覆っていた。そのアーマーには何本かの光の線のような物が走っており、顔に当たる部分にも発光するバイザーのような物が備わっていた。


 人間に比べると大柄で、身長は目算で8フィート(約2・5メートル)くらいはありそうだった。基本的なシルエットは意外な程人間に近いが、唯一の相違点として後頭部の辺りに小さな隙間があり、そこから3本程の青っぽい色の触覚・・のような器官が覗いていた。


 それらの触角は長さが2フィート(約60センチ)以上はあり、重力に逆らってウネウネと無気味に蠢いていた。



「あ、あれが……『シューティングスター』……!」


 クレアは唾を飲み込みながら呟く。


「で、でもあの触覚以外はそれ程人間と違わないシルエットよね?」 


「……知的生物になる条件を突き詰めていくと、どんな環境でも自然とああいう形になるのだろうな。合理性の追求……いわゆる収斂進化というやつだ」


 ナターシャも声を潜めながら同意を求めると、意外な事にクリスが答えていた。だがその目は『シューティングスター』の姿に固定されている。殆ど無意識に喋っているようだ。


「いや、それともハビダブルゾーン内にある地球と近い環境の星でないと、そもそも知的生物が発生しないと見るべきか?」


「鶏が先か卵が先かというやつだね」


 横でニックも頷いている。


 彼等が話している間にも『シューティングスター』はどんどん無遠慮に警察署内を荒らし回る。



「くそ! 撃て、撃てぇっ!!」


 一定距離を保って慎重に後を尾けていくと、『シューティングスター』が広いフロアに差し掛かった所で、待ち構えていた警官隊が一斉に発砲してきた。マシンガンやショットガンのから放たれる無数の銃弾が『シューティングスター』に襲い掛かるが……


「……! おお、あれは……!」


 クリスが感嘆したように唸る。『シューティングスター』の身体の周りに青白い膜のような物が出現し、まるで水面の波紋のように波打ちながら全ての銃弾を弾き返してしまったのだ。


 クレアは『バイツァ・ダスト』事件での〈信徒〉達の防護膜を思い出した。しかしこれだけの銃弾の雨を無効化し、屋外ではナパーム弾すら防いでいた。恐らくその強度は比較にならないだろう。


 と、『シューティングスター』が右手を掲げると前腕部分のアーマーが変形し、長い銃のような形状となった。そこから立て続けに光の粒子が発射される。これが窓の外で明滅していた光の正体だ。


 光の粒子は次々と警官達の胴体に風穴を穿っていく。防弾ベストを着ていようがお構いなしだ。直線的な軌道だけではなく、まるで自動追尾機能でもあるかのように、曲線を描きながらも正確にヒットしている。



「ひ、退け! 退けぇ!」


 生き残った警官達が慌てて退避しようとする。『シューティングスター』は彼等に向かって今度は左手を掲げた。すると……


「うわぁっ!」

「ひっ!? な、何だ、これは!?」


 警官達の慌てふためく声。5、6人はいる彼等全員が宙に浮いていた・・・・・・・。まるで無重力空間にいるかのようにフワフワと空中に漂っているのだ。勿論彼等は必死に手足をもがいているが、ただ空を掻くだけで何の意味も為さない。


 『シューティングスター』が左手を縦横に動かす。すると宙に浮いている警官達が1人また1人と物凄い勢いであらぬ方向に飛んでいき、鈍い音を立てて壁に激突した。1人は窓にぶつかって割れる音と共に外に放り出されていた。全員即死だろう。


「な、何、あれ……」

「信じられん……。ESP能力まで備えているのか」


 ナターシャが恐怖と緊張に掠れた声で呟くと、それに答えたわけでもないだろうがクリスがかぶりを振りながら補足していた。


 ESPは様々な超能力・・・の総称だが、最もポピュラーで解りやすい例は、手で触れずに物を動かす念動力の類いだろう。


 クレアはヴェロニカを思い出していた。彼女もまた立派な(?)ESP能力者だ。だが色んな装備を着込んだ人間の身体などという重い物体をあれだけの数、あれだけの速度で動かせるとなると、『シューティングスター』の能力強度はヴェロニカのそれを明らかに上回っている。



 『シューティングスター』の進軍はその後も留まる所を知らず、遂にターゲットが籠るジェイルの手前までやってきていた。ここまでの所要時間はわずか10分程度。それだけでLAPDの精鋭が固める要塞をほぼ踏破してしまったのだ。

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