File7:ジャーナリスト魂

 そして犯行予告日時当日。当日と言っても『シューティングスター』が予告した時刻は、これまでと同じく夜中の0時丁度。実質的な防備を固めたり、打ち合わせをしたりするのは午後になってからとなるだろう。


 ローラは朝食を摂ってから署に向かう前にウォーレンの教会へと足を運んでいた。まだ朝の早い時間帯という事もあり礼拝堂は閑散としている。しかし閑散とした教会と言うのは何とも言えない厳かで静謐な空気を醸し出している。ローラはこの空気が昔から好きだった。


 そしてそんな静謐な空間で、早朝にも関わらず祭壇の前で何か作業をしている見慣れた背中。ローラが中学生の頃からずっと見慣れた、そしてまた彼女を見守ってきてくれた姿。



「神父様」


 ローラがその背中に向かって声を掛けると、ウォーレンはすぐに振り向いた。そしてその目が少し見開かれる。


「おや? ローラじゃないか。しばらくぶりだね」


 相変わらずの落ち着いた表情と声音で柔和に微笑む。ローラは少し恐縮した。


「お久しぶりです、神父様。すみません。相変わらずと言うか、ミサの方も欠席する事が多くて……」


「いやいや、良いんだよ。君が忙しいのは誰よりも良く解ってるからね。今だって、例の……『シューティングスター』の件で君も駆り出されているんだろう?」


 やはり解ってくれていた。彼はこうしていつもローラを安心させてくれる。


「すみません、神父様。『シューティングスター』の事件に関しては、まだ詳細を話す事は出来ないんですが、ちょっと……今日の深夜に警察署の方で『騒ぎ』が起きる可能性があります。こちらにまで波及する事はないと思いますが、くれぐれも夜になってからあの辺りに近付かないようにして下さい」


「……! ふむ、警告はありがたく受けておくよ。まあ僕の方は大丈夫だと思うけど、何か危険があるんだね。そして君はその渦中に飛び込もうとしている……」


 ウォーレンの声は穏やかな物だったが、それでもローラは俯いてしまう。


「ごめんなさい、神父様。でも私は……」


「皆まで言わなくても解っているよ。刑事に危険は付き物だ。君が警察官としての道を志した時に、もうその覚悟はしている。でもこれだけは約束して欲しい。決して無茶をせずに、自分の命も大事にすると。君に何かあれば僕を含めて悲しむ者が大勢いるという事を覚えておいて欲しい」


「し、神父様……はい、約束します」


 昨日ミラーカからも同じような約束をさせられた事を思い出して、仕方がない事ではあるが、自分はいつも無茶して命を危険に晒す危なっかしい人間だと思われている事を自覚して、ローラは内心で苦笑した。



 その後ウォーレンと近況のやり取りなどで雑談していると携帯電話が鳴った。見るとナターシャからであった。


 今日このタイミングでローラに電話をしてくるとなると、恐らく偶然ではあるまい。ローラは嘆息した。そう言えば以前、警察内部に伝手があると言っていたのを思い出した。


「ナターシャからです。出てもいいですか?」


 ウォーレンが快諾したので、失礼してその場で電話に出る。


『ローラ! 何の用事か言わなくても解ってるわね?』


 電話に出るとローラが何か言う前に、開口一番ナターシャの声が耳を打った。


「ええ、不本意ながらね……。ナターシャ、今回は本当にどうなるか解らないの。身の安全の保証は出来ない。相手はこれまでにも増して非常に危険な存在である可能性が高いの。だから……」



『非常に危険な存在? はっきり言ったらどう? 相手は未知の技術を有したエイリアン・・・・・かも知れないってね』



「……っ!」

 ローラは目を見開いた。ローラの出したその結論・・は、クリスやニック達の間でだけ共有され、市警の方には勿論出回っていないはずだった。クレアもいくら友人とは言え、外部に漏らすとは思えない。


「……ナターシャ、その話をどこで? まさか警察に盗聴器とか仕掛けてるんじゃないでしょうね?」


『そんな怖い声出さないでよ。私は私で『シューティングスター』事件の事を調べてたのよ。勿論コンプトンにも聞き込みに回ったわ。あのアルヴィンってホームレス……ちょっと高めのワインをプレゼントしたら、喜んで話してくれたわよ』


「…………はぁ」


 ローラは盛大に溜息を吐いた。ナターシャもまた人外の存在に接しており、既存の価値観や常識には囚われていない。アルヴィンの話を聞いたのなら、彼女であれば自力でその結論に至ったとしてもそこまで驚きはない。


「……そこまで解っているなら、『シューティングスター』の危険性も解っているでしょう?」


『勿論よ。危険は充分に承知している。いざという時に守ってくれなくていいわ。その上でお願いよ。私は新聞記者なのよ? 生粋のジャーナリストなの! その私に生の異星人を見れるかも知れない機会に大人しく引っ込んでろなんて残酷な事は言わないで』


「……はぁ。解ったわ」


 ローラは再び溜息を吐いてから、折れた。恐らく彼女は絶対に引き下がる事はないだろう。ここで突っぱねると逆に1人で忍び込もうとしたり、他にもどんな危険な事をしでかすか解らない。それなら目の届く所にいてもらった方がむしろお互いに安全だ。


『ローラ! 解ってくれたのね!?』


「ただし、私の一存だけでは決められない。ネルソンの許可を取らなくちゃいけないけど、私に出来るのは打診と推薦だけよ。ネルソンとの交渉・・は自分でやって頂戴」


『勿論よ! 本当にありがとう!』


 喜ぶナターシャに苦笑して今はウォーレンの教会にいる事を伝えると、彼女は弾んだ声でそこで合流して一緒に行きましょうと言って電話を切った。


 ウォーレンの方を向くと、彼はローラの言葉や様子だけである程度の事態を察したらしく、呆れたような苦笑いを浮かべてローラに同情してくれた。



 その後30分もしない内に教会にナターシャがやってきた。かなり高揚している様子だ。どうやら電話で言っていた通り、本物の宇宙人を見れるかも知れない機会に相当興奮しているようだ。


「ローラ、お待たせ! 早速警察署に行きましょうか!」


 ウォーレンへの挨拶もそこそこに気が急いている様子のナターシャに苦笑する。ローラは立ち上がってウォーレンに向き直った。


「神父様、それじゃ行ってきますね」


「ああ。君達の無事を心から祈っているよ。またいつでも寄りなさい。待っているからね」


 ウォーレンがローラ達の為に祈ってくれる。再びここに来るという事は、今夜を無事に乗り切ったという事でもある。再訪の約束にローラは力強く頷いて、ナターシャと連れ立って教会を後にするのだった……

 

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