File12:奇鎧の聖戦士

「貴様……何者だ? いや、そもそもどうやってここに入った? ここは私の力で外界から遮断されているはずだぞ」


 突然現れた女性に対して、シモンズが警戒したような口調になる。女性はそれを鼻で笑う。


「ふん、霊魔シャイターンになりたてで驕り高ぶった小物め。この世にはお前達に対抗できる力もまた存在しているのだ」


「……!」

 シモンズの目が吊り上がる。


「貴様、何故その名を……。何者か知らんが、生かしておいてはあのお方の邪魔になりそうだな。そいつらと共に死ぬがいい!」


 シモンズの意思に呼応して手近にいたジャーンが飛び掛かってくる。


「あ、危ない!」


 思わずローラが声を上げるが、何と女性は驚異的な身のこなしでジャーンのカギ爪を躱すと、お返しにその腕に斬り付けた。


「ギギィッ!?」


 通常のピストル程度なら物ともしなかった強靭な肉体が、まるで柔らかいバターのように切断される。腕を切断されたジャーンが苦鳴を上げて怯むが、それに構わず女性は曲刀を縦一閃。ジャーンは頭頂から股間まで一刀両断された!


「す、すごい……」


 ローラは思わず呟いていた。だが女性はジャーンの群れを見て顔をしかめる。



「ち……最下級の霊鬼ジャーンとはいえ、この数は面倒・・だな。重傷者もいるし、余り悠長にもしていられないか」



 女性は倒れ伏して青白い顔で浅い呼吸を繰り返すだけのリンファに視線を投げかけた後、何故かローラの方にも顔を向ける。


「……あなたが女性で良かった」

「……え?」


 その言葉の意味を問う前に、女性が後ろを振り向いたのを隙と見て取ったのか、前列にいたジャーン達が一斉に飛び掛かってきた。3体以上もの怪物に一斉に襲い掛かられたら一溜まりもないはずだ。ローラの脳裏に最悪の想像が浮かぶが――


「……ッ!?」


 女性の全身から強烈な光が発し、ローラは思わず腕で目元を庇った。やがて光が収まったのを感じたローラは庇っていた腕を外す。


「な……」


 そして再び自身の目を疑った。女性の衣装・・が変わっていた。まず目に入ったのは鮮やかな紫であった。元々身に纏っていた服とスカーフは跡形もなく弾け飛んでおり、代わりにその身に纏っていたのは……


(よ、鎧……って言っていいのかしら、あれ?)


 まるで古代のペルシアかアラビアの踊り子の女性が身に纏うような、かなり肌を露出した煽情的な衣装であった。小さな胸当てや腰当ては金属製のようで紫の光沢を帯びていた。それに同じ紫色の肩当てや腕当て、脛当てといった部分鎧を身に着けている。靴はサンダル状になっていた。


 それら金属で覆っている部分以外は殆どその滑らかな素肌を露出しており、元のシックな装いとのギャップが凄まじい事になっていた。スカーフも弾け飛んでいる為に、長い黒髪もその全容が露わとなっている。どうやら後ろで一つに編み込んで束ねているようだ。額にはやはり紫色のサークレットのような物が嵌っていた。


 衣装だけでなく、女性にはもう一つ変化があった。先程までは右手に一本だけ持っていた曲刀シミターを、いつの間にか両手にそれぞれ握っていた。いわゆる二刀流デュアル・エッジだ。そしてその周囲には、飛び掛かってきたジャーン達が軒並み斬り裂かれて床に転がっていた。どうやらあの一瞬で二刀を操り、4体ものジャーンを屠ったらしい。


「あ、あなた、それ……」



「……この姿にならないと、私の霊力・・は完全には発揮できない。そして……我々・・のしきたりでは、女が肉親か配偶者以外の男性・・に素肌を見られた場合、その相手を必ず殺さねばならない」



「……っ!!」

(わ、私が女性で良かったって、そう言う事!?)


 女性の言葉の意味が理解出来て絶句してしまうローラ。そして女性は、彼女の言う所の『素肌を見た男性』であるシモンズの方をゆっくりと見据えた。その視線を受けて何となくだがシモンズが怯んだようにローラには見えた。


「えい、何をしている! 殺せ! 殺せぇっ!」


 シモンズの怒鳴り声に呼応して、残りのジャーン達が鉤爪を振りかざしながら襲い掛かってくる。だが今度は女性も自分から攻めに転じる。二振りの曲刀を構えると、全く恐れる事無くジャーンの群れに正面から突っ込む!


 四方八方から繰り出される鉤爪を流麗な体捌きで躱すと、まるで回転するような動きで二刀を滑らせる。その曲刀に触れる度に、ジャーン達が簡単に裁断されてバラバラになった身体の破片・・がぶちまけられる。


 ローラは彼女の持つ曲刀の刀身部分が白い光に包まれているのに気付いた。原理は解らないが、あの光がジャーンの身体を脆い紙細工のように斬り裂く切れ味を曲刀に与えているらしい。


 背中側に回り込んだジャーンが死角から鉤爪を突き出してくる。しかし女性は後ろに目が付いているかのような挙動でその攻撃を躱し、カウンターでジャーンの首を寸断する。


 女性の戦う姿はまるで踊りを舞っているかのようで、ローラは美しいとすら思った。その刀が振るわれる度に敵の命が絶たれる死の舞踏だ。


 残ったジャーンが一斉に飛び掛かってくる。四方向から同時だ。逃げ場がない。すると女性は二刀を×の形に構え、


「نور فلش!!」


 ローラには解らない言語で気合のような叫び声を発する。次の瞬間、女性の身体から強烈な光が迸り、ジャーン達が一斉に弾き飛ばされた。それだけでなくまるで高熱で灼かれたのようにジャーン達が悶え苦しむ。その隙に女性は倒れたジャーン達に止めを刺した。



 ジャーン達が全滅し、その死体が消滅していく。時間にして1分経ったかどうか程度。たった一人でそれを為した女性は、全くの無傷でその場に佇んでいる。



(こ、この人……凄い!)


 ローラの見立てではジャーンは単体として見た場合、『エーリアル』の『子供』よりは弱いが、グールや〈信徒〉よりも手強いという印象だった。その10体以上のジャーン達をこんな短時間であっさりと殲滅してしまった。しかも光る刀身や、ジャーン達を弾き飛ばしてその身を灼いたあの閃光など、不可思議な力も操る……。


 この女性の総合的な戦力は、ジェシカやヴェロニカを確実に上回っている。もしかしたら戦闘形態のミラーカにも比肩するかも知れない。ミラーカ達の強さを誰よりも間近で見てきたローラをして、そう確信せざるを得なかった。


(こ、こんな人が他にもいたなんて……)


 世界は広い。その単純かつ当たり前の事実を再認識させられるローラであった。




「……さて、雑魚は片付けた。残りはお前だけだな、霊魔シャイターンよ。時間が惜しいので、さっさと片を付けさせてもらうぞ」


 女性は鋭い視線でシモンズを睨み据えて二刀を構えた。シモンズが肩を震わせる。


霊鬼ジャーン共を倒した程度で余り調子に乗るなよ? 私があのお方から授かった力を見せてやろう……!」


 直後、シモンズの身体が変化・・した。身体が大きくなり顔は鼻面が伸びて、手や足の形状も変化していく。数瞬の後、そこに立っていたのは……


(あ、あれは……う、馬?)


 体型的には『ルーガルー』に近い感じだが、狼ではなくと人間が融合したような不格好な怪物であった。足は完全に馬の蹄のような形状に変化している。顔や頭も馬そのものだ。ただしその体毛は黒一色で、目は赤く不気味に発光して、悪魔じみた印象となっていたが。



「馬…………競馬・・、か? ふん、欲にまみれた欧米人に相応しい姿だな」



『クハハハ、そう、私は競馬が大好きでねぇ。例え破産しかけていてもやめられなかった。だが……だからこそ・・・・・あのお方の御眼鏡に適ったのだよ!』


 不快気に鼻を鳴らす女性に、馬の怪物と化したシモンズが嗤う。詳細は不明だが、これはシモンズ固有の姿であるらしい。シモンズは大きく息を吸い込むと、何かを吐き出すような仕草をした。


 女性は咄嗟に警戒するが、シモンズの口から実際に何かが吐き出される事はなかった。


「……?」


『ククク、どうした? 掛かって来ないのか?』


「……ふん、どんな能力だろうと関係ない。我が浄化の力で両断するのみ!」


 女性は曲刀に白い光を纏わせて一気に斬りかかる。シモンズが迎撃にその太い腕で殴りかかってきた。しかし女性が円を描くように曲刀を薙ぐと、シモンズの腕が綺麗に切断された。


『何!?』


「終わりだ! 霊魔シャイターンめっ!」


 驚愕に怯んだシモンズの馬の首目掛けて曲刀が一閃。狙い過たずその首を一撃で斬り飛ばした!

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