File6:駄目女と恋人達

 デボラの一件は日中の大学の構内であった事も災いし、情報規制は到底不可能であった。人間が一冊の本に変わったという奇々怪々な現象は瞬く間にネットや各メディアに広まった。


 同時にドナルドの一件についても再び世間の注目を集め、また同様の事件が相次いだ影響か、今まで隠蔽されていたLA自然史博物館の前館長ウィリアムについても、いつの間にか話が広まっていた。


 デボラが本の虫であった事、ドナルドが熱心なドジャースのファンであった事、そしてウィリアムは骨董品集めが趣味であった事などが明らかになり、それぞれの願望や欲望が歪んだ形で現れたこの現象は、マスコミによって『ディザイアシンドローム』と呼称され、センセーショナルに取り沙汰された。






「『ディザイアシンドローム』……か。相変わらず、こういう事にかけてのマスコミのセンスと迅速さには呆れるわね」


 リモコンを操作してニュースを流しているテレビの電源を切りながらミラーカが嘆息した。かぶりを振る彼女の動きに合わせて艶のある長い黒髪が揺れる。


 ローラ達のアパートの自室。部屋にはローラとミラーカだけでなく、ジェシカとヴェロニカの姿もあった。ローラがミラーカへ事態を説明するに当たって、どうせならというミラーカの提案で、『ディザイアシンドローム』を直接目撃した彼女らにも現状を把握してもらう為に集まってもらったのだ。


 またナターシャとクレアにも声を掛けてあった。しかし彼女らの姿はまだない。ナターシャ達を呼ぶ時間は二時間程・・・・ずらすように、やはりミラーカが提案してきたのだ。


 ローラは首を傾げるが、ミラーカは微笑むばかりで理由を話してくれなかった。ただ何らかの理由があるのは確かなようなので、とりあえず提案された通りに、先にジェシカとヴェロニカだけに来てもらっていた。



「ローラさん。こうして私達を集めたのは、例のあの現象についてですよね? あれがローラさんが言っていた未知の人外とやらの仕業なんですか?」


 ヴェロニカの言葉に、皆がローラに注目する。だがローラは曖昧に頷くに留まった。


「そう、ね……。多分だけど。まだ確証がある訳じゃないんだけど……」


「でも確信ならある。そうでしょう?」


 ミラーカが微笑みながら自然な形でローラの隣に座って脚を組む。そして妖艶にローラにしなだれかかるような仕草で密着する。明らかに見せつけて・・・・・いる。案の定対面に座るジェシカとヴェロニカが揃って、ピクッと眉を吊り上げる。


「ミラーカさん……そいつはどういう了見だ?」


「あら、そいつって?」


 唸るようなジェシカの声にしかしミラーカは嫣然と微笑むと、ローラの肩に頭を寄せた。ジェシカの額に青筋が浮かぶ。


「……っ! 今この場面で、そんなにローラさんにくっつく必要ないだろって言ってんだよ!」 

  

「ちょ、ちょっと、ジェシカ……」


 思わぬ成り行きにローラが慌てて仲裁に入ろうとするが、何故かミラーカがそれを制する。


(え、ミ、ミラーカ?)


「こんな場面って言われてもねぇ……。私達は常日頃・・・から、こうして密着してお互いに愛情を貪っているのよ?」


「……ッ!」

 ローラの方に顔を向けずにジェシカ達と話をするミラーカ。明らかに敢えて挑発しているような気がする。


(で、でも何故……? 打ち明けた時は笑って許してくれたのに……)




 『バイツァ・ダスト』事件の事後処理が落ち着いたタイミングで、ローラはジェシカとヴェロニカからの告白の件をミラーカに打ち明けていた。そしてローラが明確には断らずに返事を保留にした事も。


 もしかしたらミラーカに軽蔑されるかも知れないと思うと脚が震えるくらいに怖かったのだが、黙っているのは更に苦しくて早く吐き出したかったのだ。

 

 果たしてミラーカの反応は、


「馬鹿ね。そんな事で悩んでいたの? いいじゃない。それだけあなたが魅力的だったという事で、むしろ私も鼻が高いくらいよ」


 というものだった。朗らかに笑うその姿にローラは膝が崩れそうになるくらいの安堵を覚えて、それでも確認した。


「え、で、でも、本当にいいの……?」


 恐る恐るという感じのローラに、ミラーカは微苦笑した。


「……勿論全く思う所がないと言えば嘘になるけどね。あなたを独占したいという気持ちは当然あるわ。でも他ならないあなたの魅力を一番よく知っているのも私なのよ? あなたの魅力に参っちゃった代表例として、他の女性にその想いに蓋をして忘れろなんて言えないわ」


「ミ、ミラーカ……」


「それにどこかその辺の女を引っ掛けた訳じゃなくて、あの子達なのでしょう? あの子達の気持ちも良く解るし、私が動けない間あなたの力になってくれた恩もある。私はそこまで薄情でも理解の無い女でもないわよ?」


「ミラーカ……ありがとう……!」


 そんなやり取りを経て現在に至っているのだ。そのミラーカが今になってこんな態度を取るとは…… 




「うふふ……ベッドの上でローラがどんな声を上げるか知ってる? 私はとても良く知ってるわ。彼女の弱い所や感じやすいポイントも、ね」


「ちょ……ミ、ミラーカ!? あ……だ、駄目……こんな……」


 ミラーカがローラの肩に回していた腕を動かし、服の上からローラの胸を揉みしだく。もう一方の手は太ももをまさぐりつつ、徐々にタイトスカートの中へと潜り込んでいく。


 ローラはミラーカの挙動に慌てるが、これまで散々ミラーカに開発・・されてきた身体は正直に反応してしまう。


 唐突に目の前で展開された淫靡な光景にジェシカとヴェロニカは目を剥いて、顔を真っ赤に紅潮させ恥ずかし気ながらも食い入るようにその光景を眺めてしまう。生唾を飲む音はどちらが立てた物か。


 だが反面2人の表情は悔し気でもあった。それを見抜いたミラーカが笑みを深くする。


「ふふ、羨ましい? ローラにこんな声を上げさせる事が出来る私が? でもこれが私達の日常・・なのよ。あなた達はそれを解った上でローラに告白したのではなかったかしら?」


「……ッ!」

 2人の表情が歪む。そう。たしかに頭では・・・解っていた。だが実際に目の前でミラーカ達の日常・・を見せつけられて、2人の中には急速に焦りが募る。


 一方、当のローラはミラーカの手練によって頬を上気させ、悩まし気に身をくねらせている。吐息が熱い。快感が脳を痺れさせ、思考がぼやけ、会話に参加できない。


「ローラは見ての通り、とっても受け身・・・な性質なの。大人だからって、彼女の方から何かアプローチしてきてくれるなんて期待して待っていちゃ駄目よ? それじゃいつまで経ってもあなた達の望む物は手に入らないわ。ローラが欲しいなら……自分の方からどんどん攻めて・・・いかなきゃ」


「……!」

 2人が共にハッとした様子になる。彼女らの中に、大人であるローラに対する甘え・・が無かったかと言えば嘘になる。大人なんだから、彼女の方から何かアプローチしてきてくれるはずだ……。


 無意識の内にそんな考えから、待ち・・の姿勢になっていたのだ。結果何事も起きず、ローラとの関係もほぼ何も変わる事は無く、現在まで至ってしまっていた。


 だがそれでは駄目なのだと気付かされた。いや、この場合はミラーカが実例・・を示して気付かせてくれた、というべきだろう。


 また自分達は何も進展がないのに、ミラーカとは相変わらずの関係である事を見せつけられた焦りも手伝って、より2人を大胆にさせた。それもまたミラーカの狙いだったのだろう。



 ミラーカがこの2人だけ先に呼ぶよう提案したのは、『コレ』が理由だったのだ。



「ミラーカさん、ありがとうございます。私……もっと積極的・・・になります! ミラーカさんに負けないくらいに……!」


 ヴェロニカが赤らんだ顔のまま、しかしその瞳に決意を宿して宣言した。そして意を決したように席を立ってローラ達のソファまで移動すると、ミラーカとは反対側にローラを挟むようにして座る。そして……


「ロ、ローラさん、失礼します……」

「ひゃうっ!」


 まだ若干おずおずとだが、ローラの頬に口づけした。既にミラーカによって昂らされていたローラは、それだけでビクンと身体を跳ねさせた。


「ロ、ローラさん……! くそっ、アタシだって……!」


 出遅れた形になったジェシカも、ヴェロニカが吹っ切れた様子になったのを見て取って、慌てて駆け寄って乱入する。そしてローラの前にしゃがみ込んでスカートから剥き出された太腿に取り縋ると、舌を出してその脚を舐めた。


「あぁんっ!」


 ローラの身体が再び大きく跳ねる。彼女は完全に蕩けきっていて、2人を拒否する様子は全くない。その事に2人は喜びを覚えると共に、増々興奮し大胆になった。


 勿論その間にもミラーカの淫靡な責めは継続している。可愛い後輩達・・・の背中を後押しするという目的を達した事を確信したミラーカは、クスッと笑いながら仕上げ・・・に取り掛かる。


「さあ、皆。この優柔不断なくせに無節操で好き者な駄目女に、たっぷりとお仕置き・・・・をしてあげましょう?」


 ミラーカの促しにヴェロニカもジェシカも、熱に浮かされたように目をギラギラさせて頷く。


「そ、そうですね……。これはお仕置き……お仕置きなんです……!」


「ロ、ローラさん。ローラさんが悪いんだからな? アタシ達をこんなに待たせて焦らせたりするから……!」


 そして3人は、ローラへの『お仕置き』に取り掛かった……

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