File27:カルロスとの対決

(ちくしょう……。あたしはこんな所で何縮こまってんだ? ローラさんが……1人であんな化け物に立ち向かって、今あんな酷い目に遭わされてるのに……。あたしは何やってんだ!?)


 今、ジェシカの目の前では、宙吊りにされたローラが口から泡を吹きながら苦しんでいる。最初は激しく抵抗していた彼女も徐々にその動きが緩慢になってきて、今はもう身体を痙攣させて意識を失いかけている。


「……ッ!」


 その姿を見たジェシカは、頭に火花が散ったような感覚を覚えた。先程のローラとのやり取りが思い出された。


 人を殺してしまって動揺しているジェシカに、理解を示して優しい言葉を掛けてくれた。そして……父親とは違うと言ってくれた。


 父親を上司として尊敬していたローラだからこそ、その言葉の重みが違った。


 その彼女が、今自分の目の前で怪物にいいように甚振られて苦しんでいる。それを自分はただ黙って見ているのか。戦う力があるにも関わらず。


(く、そ……! ふざけんなよ!? あたしは戦えるんだ! あたしがローラさんを守るんだ! その為なら……人だって殺してやる! それでローラさんを守れるなら、何だってやってやるっ!!)


 決断さえ出来れば後は実行・・あるのみだ。ジェシカは再び己の内なる衝動を解放する。


「グ……ウゥゥ……!」


 その身体が凄い勢いで獣毛に覆われていく。体型が変化し、手足に鋭い鉤爪が備わる。


「……! こいつ……!」


 ジェシカを抑え込んでいる〈信徒〉が、手に青白い光を発生させて、それをジェシカに押し当てようとしてくる。だがその時には既にジェシカの変身は完了していた。


「グルァァァァッ!」

「……っ!」


 突き出された手を躱し、振り向きざまに鉤爪を一閃。一撃でその〈信徒〉の喉元を切り裂いていた!


「ジェ、ジェシカ、あなた……」


 クレアが驚愕に目を見開く。それには構わずジェシカは、クレアを抑え込んでいる〈信徒〉にも攻撃を仕掛けた。鋭い爪の貫手を突き出す。〈信徒〉は咄嗟に青白い膜を張って防御するが、ジェシカの爪はその防御を突き破って〈信徒〉の胸板を貫いていた!


「おのれ、卑しいケダモノめっ!」


 残った〈信徒〉が突っ込んでくる。


「グゥゥッ!!」


 ジェシカは大きく跳躍する事で〈信徒〉の突撃を回避。その頭上の位置から下に向かって鉤爪を振るう。爪は狙い過たず〈信徒〉の頭蓋を叩き割った。


 ジェシカは唖然としているクレアに身振りで下がっているように伝えると、咆哮を上げながらローラを助けるべく戦いに赴いていった。



****



 ヴェロニカは激しい焦燥に身悶えていた。目の前でローラが甚振られている。自分を絶望の淵から救い出して優しく抱き留めてくれた、素敵・・なあのローラが……!


「……ッ!」


 ヴェロニカは喉に巻き付いて自らの『力』を封じている、忌まわしい砂の輪に手を触れた。これだ。これさえなければローラの力になれるのに……!


 捕まっている間も何度も『力』を使おうとしたが、その度にこの砂の輪に押さえつけられてしまうのだ。自分にはどうにもならないとすっかり諦めていた彼女だが……


(どうにもならないですって……? 目の前でローラさんが苦しんでるのよ!? それなのに何も出来ないなんて……そんなの絶対に嫌っ! どうにもならないなら……どうにかするのよっ!!)


 ヴェロニカは必死に念じた。かつてミラーカに言われた言葉を思い出した。自分の『力』はまだ成長の余地・・・・・があるのだとか。


 ならば今こそがその時ではないのか? 自分の愛しい人・・・・1人救えなくて、何のための『力』か。


(今度は私がローラさんを救う番よ! お願い……私に……私に『力』を貸してぇっ!!!)


 自分の為ではなく、ただローラを助けたい……。純粋な願いは彼女の中に眠っていた『力』を、身体の奥底から引き出した。


 硬い砂の輪に亀裂が入る。その亀裂は徐々に輪全体を覆っていき……そして粉々に砕け散った!



「ローラさん! ローラさんを離せ、化け物っ!!」



 自らに眠る『力』を全開にしたヴェロニカは、ローラを締め上げている怪物に向かって全力で『衝撃』を叩きつけた!



****



「ぬ……!?」


 カルロスが一声唸って身を躱した。するとその空間を『衝撃』が通り過ぎた。


「かはっ……げほ! げほっ!」


 カルロスが飛び退った事で締め上げから解放されたローラは、床に崩れ落ちながら激しく喘いだ。


(い、今のは…)


「ローラさん! 大丈夫ですか!?」


 ヴェロニカが駆け寄ってくる。その首に巻かれていた砂の輪が無くなっている。それでローラは察した。


「ヴェロニカ……あなた、やったのね……?」


「はい! ローラさんのお陰です!」

「え……?」


「あ! い、いえ、何でもありません。それよりローラさんは下がっていて下さい……!」


 ヴェロニカはローラを庇うように、カルロスとの間に立ち塞がり敵を睨み付けた。



「へぇ……一部とはいえ『マスター』のお力が込められた媒介を打ち破れるとは思わなかったよ。……それで? まさか君が俺を倒すつもりとか冗談を言う気じゃないよね、ヴェロニカ?」


 ヴェロニカが『力』を行使した事に一瞬驚いたカルロスだが、すぐに持ち直して余裕の笑みを浮かべる。だがヴェロニカは動じない。


「やるわ! カルロス……あなたを、倒す!」


「……ふぅん。これはちょっと調教・・が必要なようだ……ねぇっ!」

「……!」


 カルロスが動いた。ローラを捕らえた時と同じ凄まじいスピードだ。一瞬でヴェロニカの眼前に移動したカルロスはそのまま殴りかかってくる。だが……


「何……!?」


 バシィィンンッ!! という衝撃音と共に、カルロスの身体が仰け反る。何とヴェロニカが『障壁』で弾いたのだ。素手とはいえ〈従者〉の一撃を防ぎ逆に弾き返したのだ。『障壁』の強度が以前よりも上がっているようだ。


「はぁっ!」


 間髪を入れずヴェロニカは『衝撃』を飛ばす。『力』の切り替えも今までより格段に速くなっている。


「ちっ!」


 カルロスが舌打ちして、天井スレスレまで跳躍して『衝撃』を躱す。そして空中で両手に巨大なハンマーを作り出す。


「……!」

「ははは! またコイツをプレゼントして欲しいようだねぇ!」


 哄笑と共に空中から落下の勢いも加味してハンマーを振り下ろすカルロス。それに対してヴェロニカは……


「はあぁぁぁ……!」


 両手を左右から閉じるような動作を行う。そこにカルロスのハンマーが衝突。粉々に砕けるかと思われたヴェロニカの『障壁』は……


「な……馬鹿な……!」


 何と巨大な砂のハンマーをも受け止めていた!



 ローラには解らなかったが、ヴェロニカは今までは前方にただ漫然と張るだけだった『障壁』を、一点に集中・・・・・させる事で強度を増して、カルロスのハンマーをも受け止めたのだった。


 咄嗟に能力の応用まで出来るようになったヴェロニカ。ローラを助けたいという一心での抑圧からの解放は、彼女の無意識の『枷』を取り去り、その能力を十全に行使出来るセンスをも与えていた。


 だが流石に弾き返す事は出来ないようで競り合いのような状態となる。 こうなるとフィジカルで圧倒的に劣るヴェロニカが不利だ。


「ぐ……」

「くくく……ちょっと驚いたけど……どうやらここまでのようだねぇ!」


 だが押されているはずのヴェロニカの口の端が吊り上がる。


「何を笑って…………おがっ!?」

「ギャウゥゥゥゥッ!!!」


 ジェシカだ。変身して〈信徒〉を全滅させた彼女は、即座にヴェロニカと競り合いに集中していたカルロスの背中を爪で引っ掻いたのだ。


「ジェシカ……!」


 ローラは向こうで倒れている〈信徒〉達の死体を見た。ジェシカは……自らの殻を自力で破ったのだ。『戦い』に際しては非情になると……それがローラや仲間達を守る事に繋がるのだと、迷いと怖れを断ち切ったのだ!



「ぎぃ……! 畜生……この、クソアマ共っ! そんなに死にたいか! だったら望み通りにしてやるぅぅっ!!」



 ジェシカまで解放され状況の不利を悟ったカルロスは激昂し……一瞬の後にはその姿が変わっていた。眼球が崩れ落ち鼻は削げ落ち、皮膚や髪は干からびてボロボロになる。ミイラ化だ!


『……マスターの愛妾はその刑事の2人だけでいい。お前達は生かしておくには危険だ。ここで殺してやる』


 ミイラ状態になった〈従者〉達の強さは、ミラーカやジョンなどの吸血鬼の戦闘形態に匹敵する。だがジェシカとヴェロニカは些かも怯まずに戦いを挑む!


 ヴェロニカが『衝撃』を放つ。だがミイラ状態になったカルロスは、それまでとは比較にならない挙動で『衝撃』をあっさりと躱す。


「グルウゥゥッ!」


 そこにジェシカが爪を振り上げて飛び掛かる。


『ふん……遅い!』

「ギャッ!?」


 だがカルロスはそれさえも反応し、逆にカウンターで斬り付けてくる。先程までのような砂の武器ではなく、腕から直接生えたような剣が右手から突き出していた。


 斬られたジェシカの胴に斜めに切り傷が走り、血がパッと噴き出す。だがジェシカは苦痛に顔を歪めながらも強引に肉薄。カギ爪でカルロスの喉を切り裂く。


『この……ケダモノ風情がっ!』


 怒りに燃えるカルロスは左手にも剣を作り出して、ジェシカの腹に突き刺した。


「グゥ……!」


 流石に怯んで後退すると、間髪入れずカルロスが追撃してくる。そこに……


「ジェシー!」


 再びヴェロニカの『衝撃』。カルロスが飛び退いて躱した隙にジェシカも距離を取る。


『ヴェロニカァァッ! 邪魔するな!』


 今度はヴェロニカにターゲットを変更して襲い掛かってくる。左手の剣を引っ込めると、ただ掌に開いた穴だけが残った。そこから、まるで散弾銃のように砂の塊が射出される。


「……!」

 ヴェロニカは咄嗟に『障壁』を展開。砂のショットガンを防いだ。だが……


『掛かったねぇ!』

「……ッ!」


 カルロスは右手の剣を全力で突き出してきた。そのスピードの前に『障壁』を集中させて防御する暇がなかった。 薄く伸ばされた『障壁』は、〈従者〉の力で突き出された剣によって破られ破壊された!


「きゃああああっ!!」

「ヴェロニカ!」


 悲鳴を上げて吹き飛ぶヴェロニカの姿に、ローラもまた悲鳴を上げる。


『ははは! 所詮俺達には敵わないのさ!』


 嘲笑するカルロスが彼女に止めを刺すべく迫る。だがそこに追い縋ってきたジェシカが、カルロスの背中に飛びつく。


「ギャウウゥゥゥッ!!」

『ええい、邪魔するな! お前は後でじっくり殺してやるっ!』


 カルロスが背中に張り付いたジェシカを振り落とそうと暴れまわる。ジェシカは振り落とされまいと必死に鉤爪を食い込ませる。だがこのまま体力勝負になると負傷しているジェシカが不利だ。


「く……ジェシカ……!」


 ローラはデザートイーグルを拾い上げるが、今の状態ではジェシカに誤射する可能性があるので撃てない。いや、そもそも【コア】に当てられなければ何発撃っても無駄だ。弾薬も後3発しかない。


(くそ……どうしたら……!?)


 打開策を見出せずに歯噛みしていると、戦闘を迂回するようにしてクレアが駆け寄ってきた。


「クレア!?」


「ヴェロニカ! あなたの『力』で奴の【コア】を探し当てて固定出来ない!?」

「……っ!」


 クレアはローラには構わず、苦し気に身を起こしたばかりのヴェロニカに詰め寄る。ヴェロニカは意外そうな顔で目を見開く。


「わ、解りません……。そんな事が出来るのかどうか……」


「とにかくやってみて! ジェシカが奴を抑えている内に!」


「……っ! わ、解りました!」


 確かにカルロスの注意が自分達に向けば、そんな事をしている余裕はなくなるだろう。試すなら今しかない。


 ヴェロニカが意識を集中させ始めたのを見届けて、クレアが今度はローラの方を向く。


「ローラ、その銃なら奴の【コア】を砕けるわ。ヴェロニカが成功したら……奴を倒すのはあなたよ」


「……!! 解った、任せて!」


 ローラは自身の役割を自覚し、その時・・・に備えてデザートイーグルを構えた。




 一方ヴェロニカはジェシカを振り落とそうと暴れまわるカルロスの身体に、必死に意識を集中させていた。


(く……何て強く穢れた力なの……!? でも……特に穢れが強い部分が……)


 ヴェロニカはより感覚を研ぎ澄ませる為に、目を閉じて瞑想状態に入った。ジェシカが必死に奴を足止めしてくれているからこそなれる無防備な状態。だがそれだけに、より正確に穢れた『陰の気』の流れを察知できた。


(穢れた気が渦巻いている……。でも、その「発生源」を辿っていけば……)


 脂汗を流しながら必死に気の流れを探査するヴェロニカ。そして遂に……


(……見つけた! これだわ!)


 ヴェロニカはカッと目を見開いた。そして念動力で「ソレ」を動かせないように押さえつける。


『……何!? ヴェロニカ、君か!?』


「ローラさん! 右の膝関節ですっ!」

「……!」


 事態を悟ったカルロスの驚愕の声に被さるようにヴェロニカの叫び声。ローラは指摘された箇所に狙いを定めて、大口径マグナム弾の引き金を引いた。




 ――ドウゥゥンッ!!




 重い銃声。そして……


『…………おぉ……ヴェロニカ……ありがとう・・・・・

「……ッ!」


 【コア】を砕かれたカルロスの身体がボロボロと崩れて塵に還っていく。今度は演技ではなかった。その最後の言葉にヴェロニカは息を呑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る