File4:容疑者候補
チャップマンの事務所は、ダウンタウンから少し外れた住宅街に程近い閑静な場所にあった。
クレイグ・チャップマンは50過ぎの痩せぎすで神経質そうな男性だった。
「全く、いい迷惑ですよ。ヴィンスが上院議員になる為に、あらゆる面からサポートしてきたというのに……。これで私の今までの苦労が全て水の泡です」
ローラ達に応対した彼の第一声がそれだった。
「あー……チャップマンさん。心中はお察しします。我々が今日ここにお伺いしたのは……」
「ええ、ええ、分かっておりますとも。例の『バイツァ・ダスト』とかいうフザけた犯人の手がかりを探す為ですよね。勿論ご協力致しますとも。その代わりこいつを……もしくはこいつを教唆した人物を無事に捕まえられたら、私がこの5年以上ヴィンスに掛けた費用を丸ごと賠償請求してやりますから、是非ともご一報下さい」
冗談とも本気とも付かないような口調のチャップマンを宥めて、ローラは本題に入る。
「ヴァンサント氏は州議員の活動を通して、誰かに恨まれていたという事はありませんか? もしくは秘書のコーベットさんと運転手のブロートン氏についても同様に」
「本業の方では分かりませんが、少なくとも私には心当たりはありませんね。ヴィンスは政治家としても才能があった。市民や有権者に対しては清廉潔白、それでいて
チャップマンが悲しげに嘆息する。その表情は作り物ではなく、単に時間や費用が無駄になったというだけで悲しんでいる訳ではなさそうだとローラは思った。
「恨んでいる人間ではなくとも、例えばヴァンサント氏が亡くなる事で得をする人物などはどうですか?」
「ああ、それなら……一番有力なのは同じ州議のマイケル・ジョフレイでしょうな」
「その人物はヴァンサント氏とどういった関係で?」
「来年のアメリカ上院議員選挙での、この州の対抗馬だった男です。といっても最近はヴィンスに水を空けられていましたが。ヴィンスが死んだ今なら、この男が選出される可能性は高いでしょうな。今季は他に有力な候補もいませんから」
立場的には容疑者と言える。しかしチャップマンはかぶりを振る。
「しかし恨みもなく自分が選出されたいが為だけに、いくら何でもこんな事を仕出かすでしょうか? ヴィンス達の遺体は……その、かなり
言いながらチャップマンが十字を切った。そして何かを思い至ったのかハッとして顔を上げる。
「そう……死んだのはヴィンスだけではなく、エヴァも共に死んでいた……」
「ええ、それと運転手のブロートン氏も」
「ケヴィンはここまでの恨みを買う程の人物じゃありません。……政治家としてのイメージに関わるので今まで隠してきましたが、この期に及んではそうも言っていられません。実は……ヴィンスはここ数年、秘書のエヴァとは……いわゆる愛人関係にあったのです」
ローラとしてはそこまで意外な話でもなかったが、一緒に聞いていたリンファは目を丸くしていた。
「ヴィンスの奥方のコートニーは、その……少々情緒不安定な所がありまして……。ヴィンスもそれに疲れてエヴァとの関係に溺れたという側面はあったと思うのですが、コートニーがもしヴィンスの浮気に気付いたとしたら……」
「…………」
浮気相手のエヴァも同時に死んでいる事を考えると、妻のコートニーも無視できない容疑者の1人だ。
またヴィンセントには息子が2人いるらしく、上の息子は州外に出ているが下の息子は両親と同居しているとの事だ。
その後やはりいくつかの確認を済ませると、ローラ達はチャップマンに礼を言って事務所を後にするのだった。
****
「先輩、やっぱり奥さんが犯人なんでしょうか?」
車の中で再びリンファが質問してきた。
「勿論今の段階では何とも言えないわね。さっきも言ったけど、どんな可能性も否定すべきじゃない。動機がある以上、コートニーが犯人である可能性は否定できないわ」
「そう……ですね」
「? 何かあるの?」
「あ、いえ……私の家も父の浮気が原因で酷い事になって……。まあそれが嫌でアメリカへ移住する事になったんですけど」
「そうだったの……。それは確かに複雑な気持ちになるわね。でも解ってると思うけど……」
皆まで言う前にリンファが頷いた。
「はい、大丈夫です。捜査に私情は禁物ですよね?」
「……解ってるならいいわ。でも……両親から離れたかったとは言え、よく遠い外国に移住しようなんて考えたわね? 普通は同じ国内で引越し先を探さない?」
「元々中国から出たかったっていうのがあるんです。1党独裁で未だに共産主義が根強い窮屈な国です。自由に憧れてたんです。だから英語を勉強してこっちの高校に留学して……て感じです」
冗談めかして言ってはいるが、決して平坦な道ではなかった事だろう。
「そう……。でも実際にアメリカに住んでみてどうだった? 治安は悪いし、土地も物価も医療費も高いし、差別は根強く残ってるし……幻滅したかしら?」
自由と言えば聞こえはいいが、言い換えれば全て自己責任の国、という事でもある。自由を謳歌するには相応の努力が必要なのだ。リンファは苦笑した。
「それはまあ夢の国とまでは行きませんでしたけど、私だって子供じゃありませんから、これが現実だって事は理解しています。でもそう割り切った上で、私なりに
そう言って笑う彼女は少なくとも強がりを言っているようには見えなかった。それだけ分かれば充分だった。
「それなら良かったわ。さあ、ヴァンサント氏の家はもうすぐよ。気を引き締めて行くわよ」
「はい、先輩!」
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