File29:狼少女と超能力者

「グルウゥゥゥッ!!」


 ジェシカが唸りを上げて俊敏な動きで『子供』に飛び掛かる。既にその姿は狼少女の物だ。話だけは聞いていたナターシャと初見であるアンドレアは目を見開いて慄いていたが、今はそれに構っている余裕はない。


 『子供』は接近戦は不利と悟ったのか、翼をはためかせて上空へと退避。ジェシカの跳躍力も及ばない高さから『刃』を放ってくる。


「グゥ……!」


 ジェシカは悔し気に唸りながら必死になって『刃』を躱す。先程からこの攻防の繰り返しだ。ジェシカにはミラーカのような飛翔能力が無いので、上空に飛び立たれると手が出ない。一方的に攻撃されるばかりになってしまう。



 変身した事でハンドガン程度なら喰らってもどうという事はないくらいには耐久力が上がっているが、それでも『子供』が放つ『刃』はジェシカの身体に痛打を与え得る。事実、ジェシカの身体は『刃』による傷だらけであった。


 焦るジェシカに再び『刃』の雨。躱そうとして、後ろにナターシャ達がいるのに気付いた。戦っている中でいつの間にか接近してしまっていたのだ。このまま躱せば彼女らに当たってしまう。


 ジェシカは咄嗟にその場に踏み止まり防御態勢を取る。


「ギッ……ガァ……!」


 『刃』をまともに浴びるジェシカ。急所は庇ったものの、身体の各所に深い傷が刻まれそこから大量の血が噴き出す。それを見たナターシャ達が悲鳴を上げる。


 堪らず片膝を着くジェシカだが、それでも『子供』は上空をキープしたままだ。先程油断して降りてきた所を飛び掛かられて懲りたらしい。完全にジェシカを戦闘不能に追い込むまで降りてこないつもりだ。


 『子供』はその場で再度『刃』の射出体勢に入る。ナターシャ達は後ろ手に手錠を掛けられたままでその場にへたり込んでおり、逃げ出す事は不可能な様子だ。


 このままでは『刃』の餌食になるだけだ。ヴェロニカはまだもう1体の『子供』と交戦中で、2体の『子供』を容易く屠ったミラーカも通常の『子供』よりも強力な個体と戦っていて、とてもこちらに加勢する余裕は無さそうだ。



 一瞬諦めかけたジェシカだが、しゃがみ込んで地面に着いているその手の中に、とある感触・・・・・を感じ取った。


 その瞬間ジェシカの頭の中に天啓が降り立ち、道が開けたような気がした。


 何故、自分には遠距離攻撃が出来ないと思い込んで・・・・・いたのだろう? 確かに完全な獣なら不可能な事だが、自分は人間の知性を留めた半獣人なのだ。


 ならば…………


 ジェシカは地面に着いていた手を握り込む。


「グルゥアァァァァッ!!!」




 そして傷だらけの身体に鞭打って、下から掬い上げるようなフォームで、握っていた石・・・・・・を全力で投げつける!




「……!」


 『刃』の射出体勢に入っていた『子供』は、自分に向かって高速で飛んでくる投石を認識しながらも躱す事が出来なかった。


「ギィッ!?」


 石はまさに『刃』を放とうとしていた翼の部分に激突し、勢い余ってそのまま突き抜けた。咄嗟の衝撃に『子供』がよろめいてその高度を落とす。


「ガアァァァァッ!」


 ジェシカはその隙を逃すまいと、持てる力を振り絞り『子供』に飛び掛かった。途中にある木の幹に飛びついて、そこを起点にして倍の高さを飛び上がる。


 そして遂にジェシカの牙が、『子供』の喉笛に喰らい付いた!

 


 ギィエェェェェッ!!!



 『子供』が滅茶苦茶に暴れまくる。ジェシカは死んでも離さぬとばかりに噛みついた顎に力を籠める。


 抱き合うように地面に落下するジェシカと『子供』。大地に激突した2体の怪物は、しばらくそのまま動かなかったが、やがて1体が身を起こした。


 ジェシカだ。『子供』の方は既に死んでいるようだった。


「グ……うぅ……」


 ジェシカは呻きながら少女の姿に戻っていく。ダメージが大きく変身を維持出来なかったのだ。裸のままその場に四つ這いになって喘ぐ。しばらくは動けそうになかった。



****



 無数の『刃』が不規則な軌道で迫って来る。ヴェロニカは『障壁』を展開してそれを防ぐ。だが……


「く……!?」


 一部の『刃』が『障壁』を潜り抜けて側面から迫る。ヴェロニカの『障壁』は一方向にしか展開できないという弱点がある。横幅・・もそれ程広くない。扇状に広がってある程度敵を追尾する機能もある『刃』とは、やや相性が悪かった。


 『障壁』を解除して慌てて後ろに下がる。ヴェロニカはミラーカやジェシカとは違って肉体的にはただの人間だ。『刃』をまともに食らったりしたらそれだけで致命傷になり得る。



 隙を見せたヴェロニカに対して『子供』が正面から突っ込んでくる。ヴェロニカは再び『障壁』を張るが、そこに『子供』が体当たりを仕掛けてくる。


「あぅ……!」


 『障壁』越しに物凄い衝撃が伝播し、ヴェロニカは悲鳴と共に更に後方へ吹き飛ばされる。早くも『障壁』の弱点を見抜かれたようだ。『子供』が勝ち誇ったような奇声を上げる。


「くそ……!」


 毒づきながら『衝撃』を放つ。このまま防戦に徹していたら確実に押し負ける。攻撃こそ最大の防御だ。



 『子供』は素早く飛び退って『衝撃』を躱す。ヴェロニカは怯まずに次々と『衝撃』を放つ。まるで攻撃が途切れたら負けると言わんばかりの勢いだ。否、ある意味それは事実であったかも知れない。


 木々を器用に掻い潜りながら飛び回る『子供』に、ヴェロニカは全く攻撃を当てる事が出来ない。ただ『衝撃』だけが虚しく森を突き抜けていく。


「はぁ……! はぁ……! く……」


 やがてその勢いが弱まってきた。ヴェロニカの『力』は無尽蔵に使える訳ではない。『衝撃』や『障壁』の連続使用によって枯渇しかかっていた。まるで万力で締め上げられるような頭痛が間断なく彼女を苦しめる。


「ぐぅぅ……!」


 余りの頭痛に立っている事が出来ずに膝を着いてしまう。『衝撃』は後一発が限界だろう。ヴェロニカの不調を見て取った『子供』が、逃げ回るのをやめて一直線に向かってきた。


  ヴェロニカは直前まで引き付けてから、最後の『衝撃』を相手に向かって放つ。だが充分に警戒していた『子供』は余裕を持ってそれを躱した。木々を震わせる振動が『子供』の脇を通り抜ける。


 以前の猿タイプとの戦いと異なり、フェイントではなく本物の『衝撃』だ。それを躱されたヴェロニカは……


「そ、そんな……」

 キィエェェェェッ!!


 彼女の絶望の表情を嘲笑うかのように『子供』は一際大きく叫ぶと、無力な獲物と化した褐色の美女をその毒牙に掛けようと迫って来る。



 だが、最早為す術なしと思われたヴェロニカの口が笑みの形に変わる。



 同時に、ギギギギ……という何かがゆっくりと倒れてくる・・・・・・・・・・音が周囲に響き渡る。


「ギィ……?」


 『子供』が不審に思って視線を巡らせた時には、もうそれ・・は起きていた。


「――はあぁぁぁぁ……!」


 根元に近い部分を『衝撃』で抉られて脆くなっていた周囲の木々・・・・・が、ヴェロニカの念動力に引っ張られて、一斉に物凄い勢いで倒れ込んでくる。その矛先・・の全てが『子供』に集中していた。


「ギィエェ!?」


 『子供』が驚愕に奇怪な叫び声を上げるのと、何本もの太い木の幹が『子供』を圧し潰すのはほぼ同時であった。



 ――ズズウウゥゥゥゥン…………!



 木々の倒れる轟音が響き渡り、空気をかき乱す。それが収まっても『子供』が這い出てくる事は無かった。圧死したようだ。


「――っ。はぁ! はぁ! はぁ!」


 全身汗だくで荒い息を吐くヴェロニカ。足が震えて立っていられない。その場に尻もちを着く。



 あの素早い『子供』を『衝撃』で捉えられるとは最初から思っていなかった。闇雲に『衝撃』を放っていたのは、全てこの瞬間に賭ける為であった。


 頭は冗談抜きで割れそうに痛い。もう完全に限界だ。尻もちを着いた今の姿勢から一歩たりとも動きたくないと思うヴェロニカであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る