File13:FBIの助っ人

 そして3日は慌ただしくあっという間に過ぎた。


 夜。なるべく人気の少ない郊外。場所は前回襲撃があったロサンゼルス北部のグリフィス・パーク内。広い公園は大都市の只中とは思えない程に自然が広がっており、現在は警察が一時的に封鎖している為、人通りもほぼない。



 そんな公園内を通る道路の脇にあるベンチにローラは腰掛けていた。丁度真上に街灯のある場所で、ベンチに座るローラの姿を淡く照らし出していた。


 一応囮であるという名目上、いつものスカートスーツ姿ではなく外出する時などに着用する私服姿だ。勿論拳銃は忍ばせてあるが、誘き出そうとしている対象・・の事を考えれば極めて心許なかった。そんな彼女に近づいてくる足音が……



「ローラ、部隊の方は準備完了のようだ。SWATを中心とした警備部の精鋭部隊が周囲を固めている。まともに当たればあの『ルーガルー』だって倒せそうな陣容だぞ」



 ジョンも私服姿だった。そう、囮はローラだけではない。これまでの傾向から『エーリアル』は狙う対象が単独でいるか他にも人間がいるかに全く頓着していない。邪魔な人間は残らずなぎ倒して狙った女性だけを強引に攫っていく……。


 むしろ多少でも怪しまれる危険を少なくする為に、ローラの他にも複数の囮役を置く事が推奨された。ジョンは真っ先に志願してくれたのだった。



 そしてこの場にいるのはジョンだけではなく……



「全く……こんな状況だと、それこそあのゴルフ場での一件を思い出すわね」


 同じく私服姿のFBI捜査官、クレアであった。ただしトレードマークとも言える細い眼鏡はしっかり掛けている。


「西側にFBIの部隊も配置完了よ。そっちの部隊と合わせれば『ルーガルー』だってドラキュラ公だって倒せるわね。まあ、まともに当たれば、だけど……」


 FBIも『エーリアル』に関しては強い関心を寄せているようで、既に大きな被害が出ている凶悪犯罪である事を強調して、合同作戦を提案してきたのであった。


 所轄を重視する市警側が絶対に受け入れるはずはないと思われたが、意外にもネルソンはその申し出を受諾した。


 市民に仇名す凶悪な怪物をより確実に殲滅する為、と尤もらしい事をのたまっていたが、ジョン曰く「やっこさん、恐らく不安なんだろうよ。口では強気な事言ってたが、成功する保証は全くないからな。で、もし失敗に終わった時に責任を分散する対象が欲しいんだろうさ。いや、あわよくば全ての責任をFBIに押し付けようって算段かもな」との事である。


 散々な言われようではあるが、この英断(?)によって作戦の戦力が増々増強されたのは間違いない。



「やあ、君がローラ・ギブソン刑事だね? 『噂』は聞いてるよ。お会いできて光栄だ」



 ローラ達が話していると、更にもう一人私服姿の男性が近付いてきた。見た目は30代前半と思われる細身の白人男性で、場にそぐわない妙に爽やかな雰囲気を醸し出していた。


「……あなたは?」


「おっと、これは失礼。この度FBIのLA支局に転属になったニコラス・ジュリアーニ捜査官だ。どうかニックと呼んで欲しい」


 そう言って男――ニックはバッジを見せつつ、芝居がかった仕草で一礼した。


「……元はデンバー支局の所属だったんだけど、最近この街で頻発している人外の事件に興味を持って、自分から希望してLA支局に転属してきた変人よ」


 クレアの補足にニックは肩を竦める。


「おいおい、酷いな、クレア。君だって組んでくれる捜査官がいなくて困ってただろう? でも君はギブソン刑事と懇意だし僕にとっては都合が良かった。お互い利害の一致って事で納得しただろ?」


「はぁ……不本意ながらね」


 クレアが嘆息している。この短いやり取りの間だけでも、ローラにもある程度ニックの人となりが垣間見えクレアの心労が察せられた。そんなクレアの様子も意に介さず、ニックはローラに詰め寄ってくる。 


「『サッカー』や『ルーガルー』、それに『ディープ・ワン』……人外の怪物が引き起こした事件の全てに君が深く関わっている。大変興味深い。君にはしばらく前から注目していたんだよ」


「注目ですって? 何故……」


「僕は人外の怪物達の謎を解き明かしたいんだよ。生態だけでなくそのルーツも含めてね。まだ証拠はないけど、君には怪物達を惹きつける何らかの『要因』があると睨んでいる。だから……今後も君の動向には注意を払わせてもらうよ」


「な……ふ、ふざけないで! 私が怪物を惹きつけているだなんて、変な言いがかりを広めないで頂戴!」


 ローラは思わず激高して立ち上がる。先日のバーで感じたのと同じ気の昂ぶりを感じた。ニックは両手を上げた。


「おっと、勿論まだ何の証拠もない事だし、別に君を追い詰めたい訳でもない。余人に迂闊な事は言わないから安心して欲しい。ただ僕が個人的にそう睨んでるってだけの事さ。LAに転属してきて早速この騒ぎだしね。今回のこの……『エーリアル』に関して早くも成果を得られそうで、やはり転属してきて正解だったよ」


「ふん……化け物の相手はそんなに甘くないぜ? 精々油断して自分が殺されないように注意するこったな」


 ジョンが唇を歪めながら皮肉を飛ばす。何度も死ぬ目に遭ってきた彼だからこその、実感の籠った言い草ではあった。


「君はジョン・ストックトン刑事だね? 君の事もギブソン刑事とは違う意味で注目していたんだよ。一度君の身体を調べさせてくれないかい? もしかしたら怪物達に対する抗体なんかが出来上がってるかも知れないよ」


 冗談とも本気とも付かないような口調のニックに、ジョンがギョッとしたように後ずさる。その様子が妙におかしくて、ローラとクレアは共に小さく噴き出してしまった。


「お、おい……」


 情けなさそうなジョンの声がまたおかしさを誘う。と、笑った影響か、ローラは自分の中にあった緊張感が少し解れている事を自覚した。


(……もしかして狙ってやったのかしら?)


 もしそうなら中々侮れない人物だと、ニックの方を盗み見る。勿論ただの天然の可能性もあるが。

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