File7:FBIからの提案

 しかしそんなローラの決意を嘲笑うように、再び『ルーガルー』による殺人の被害者が出た。しかも今度の被害者は……警察官であった。


 分署に所属する女性巡査で通常のパトロール中に相棒共々行方不明となり、翌日無残に食い散らかされた遺体となって発見された。


 因みに相棒の男性巡査の方はそこから少し離れた場所で、喉を鋭い爪のような物で抉られた死体となっていた。こちらは喰われてはいなかった。



 発見者が民間人だった事もあり情報統制は間に合わず、パトロール中の警官が『ルーガルー』に襲われて為す術も無く殺されたというニュースは、瞬く間に全国を駆け巡る事になった。


 市民を護るべき警官すら殺されたという事で市民の不安は最高潮に高まっており、街は不穏な気配に包まれていた。通りを行き交う人々の顔も心なしか暗いものになっており、人数自体も減っているような気がする。


 それも当然だろう。正体不明、神出鬼没の凶悪殺人鬼が野放しになっているのだ。警察も頼りにならないとくれば人々は何に頼っていいか解らなくなる。このままでは警察や州そのものに対するデモや暴動すら起きかねない。



 街は一見静かだがその実、一触即発の空気が漂っているのであった。



 ローラは犯行現場となった人通りの少ない寂れたゴルフ場の裏手のスペースに来ていた。『遺体』は既に鑑識による捜査が済んで、検死に回されていた。遺体からはエレン・マコーミックの時以上の情報は得られなかった。『ルーガルー』の犯行である事が裏付けられただけだ。


 その為ローラは何か少しでも手がかりになる事がないか、犯行現場を訪れていたのだ。



「……ここは表通りから離れてる上に、大きなビルは付近にはないようだな。奴にとっちゃまさに絶好の『狩場』という訳だな」



 臨時の相棒となっているジョン・ストックトンが顔を顰めながら辺りを見渡す。相棒のダリオが負傷療養中の為、彼が代理・・としてローラに同行していた。以前ローラのアパートでグールの襲撃を受けていた事もあり(そして何とミラーカの吸血を受けていた!)、事情を明かしても問題ない人物として白羽の矢が立った。



「ここは彼等のパトロールのルートになってたのよね? やはり待ち伏せに遭ったのかしら」


「解らんな。そうだとしても常に同じ警官が同じルートを巡回しているという訳じゃない。『ルーガルー』の狙いは明らかに彼女……リー巡査だったようだしな」


「……『ルーガルー』は彼女の巡回シフトを知っていた?」


「まあ、あくまで可能性だがな。偶然自分の縄張り・・・に入ってきたリー巡査を見て、突発的に襲ったって事もあり得る」



 被害に遭ったサンドラ・リー巡査は24歳と若い女性であり、容貌も悪くなかったので『ルーガルー』の好みとマッチする。偶然の突発的な犯行だったのだろうか。ローラにはどうも腑に落ちなかった。



「確か空の薬莢が落ちていたのよね?」


「ああ。相棒のハリス巡査の銃が落ちていて、弾丸が減っていた形跡があった。そして同時刻に近くを通りかかったホームレスが銃声と獣の唸り声らしき物を聞いてる。そして鑑識の捜査ではこの一帯に新しい銃痕は見つからなかった」


「『ルーガルー』は被弾した可能性があるって事ね」



 それは相手が通常の人間の犯罪者であれば決定的な証拠となり得る。ローラはマコーミック邸での出来事を思い出していた。あの化け物が何発かの銃弾を受けたくらいで傷つくものだろうか。先だってやはり銃弾を物ともしない吸血鬼達と遭遇したばかりなので、ローラは余り楽観的にはなれなかった。


 鑑識の報告では、被害者達の物以外には血痕の類いは無かったとの事。マコーミック邸ではダリオだって発砲していたのだ。それなのにあの怪物は何ら痛痒を受けている様子は無かった。常に悪いケースを想定しておくべきだろう。


 『ルーガルー』の犯行を止めると息巻いたのもつかの間、再びの悲劇を許した上に何ら手がかりも無い現状に苛立ちが募る。鑑識や検視官の所見は、これまでの事実を裏付けるものでしかなかった。捜査は常に後手に回っている状態だった。八方塞がりとも言う。


 例によって凶悪な殺人鬼に翻弄される市警に対しての、マスコミのバッシングも日に日に強くなっている。そんな状況で警察も身内から被害者が出た事で全体的に殺気立っている。



 まさに一触即発の状態だ。何が切欠で破裂するか解らない風船の中にいるようなものだ。後ちょっとほんの僅かな刺激を加えるだけで容易に爆発する……そんな危うい状況であった。



「マコーミック家に恨みを持っている可能性のある人物の洗い出しは?」



 縋るような口調になってしまうローラだが、ジョンは無情にも首を振った。



「今の所成果なしのようだ。会社でアーロンと対立していた社員や、かつてエレンと恋仲だった男なんかが浮上したが、どいつもきっちりアリバイがあった。そもそもそんな程度の恨みで、息子まであんな風に惨殺するかって話だしな」


「そう……よね。……クソッ! また振り出しに戻ったわ!」 



 やはり『ルーガルー』はただ衝動的に『狩り』を繰り返すだけの野獣なのだろうか? でもそれだとアーロンの家にまで侵入して彼等を手に掛けた理由が解らない。答えの出ない疑問にローラは思わず悪態を吐く。


 しかもローラにはアーロン達が殺された理由だけでなく、それに関連してもう一つどうしても解らない事があった。そこに『ルーガルー』の正体を探る鍵があるような気がしているのだ。


 ローラがそんな当てのない思案をしていると、現場に近付いてくる者があった。咄嗟に警戒するジョンだが、近寄ってきた者の顔を見て警戒を解いた。代わりにこれ見よがしに顔を顰めていたが。



「あら、ギブソン刑事。奇遇ね。いや、そうでもないかしら」



 つい先日聞いたばかりの居丈高な口調。FBIのクレア・アッカーマン捜査官だ。相棒? のジョンソン捜査官も一緒だ。



「アッカーマン捜査官……。FBIは独自に動くという話では?」


「ええ、そうよ。その独自の捜査の一環として直近の犯行現場を見に来たという訳。あなた達も同じようなものでしょう?」


「……まあ、そうですね」


「ふふ、大方『ルーガルー』の正体を突き止める捜査に行き詰って、何か見落としが無いか現場に戻ってきて、結局何も解らないまま唸っているという所かしら?」


「……くっ!」



 揶揄するような調子にローラは思わず歯噛みする。当たっているだけに言い返す事が出来ない。



「そう言うからには、おたくらには何か進展があったんだろうな?」



 ローラの代わりにジョンが、やや挑発的に問い掛ける。クレアが肩を竦める。



「捜査状況という意味では大して進展はないわ。でも……『作戦』ならある」


「作戦?」


 ジョンソンが頷く。


「我々がここに来たのは偶然ではない。お前を探していたのだ、ギブソン刑事」


「私を……?」


 再びクレアが引き継ぐ。


「私達が以前あなたに聞いていなかった重要な事が一つだけあるわ。あなたはマコーミック邸で『ルーガルー』に遭遇した。……何故あなたは生きているの・・・・・・?」


「……!」



 それはまさにローラがどうしても解らなかった疑問と一致していた。何故『ルーガルー』はローラを殺さなかったのか。



「死んでいないという意味ではあなたの相棒もそうだけど、それはあなたがその場にいたからだと思っているわ。『ルーガルー』はあなたに何らかの感情を抱いている。それは間違いないわ」


「…………」



 そこがどうしても不可解な所だった。少なくともローラはあんな怪物に見初められる憶えはない。だとすると……



「……もしかして『ルーガルー』の正体は、私が知っている人って事?」



 人間の時・・・・にローラと接していて、それで彼女の事を気に入っている……。そんな可能性も考えられるのだ。凶悪極まる人外の怪物と、そうとは知らずに接していたという事になる。ローラは今更ながらに血の気が引いてきた。



「それをこれから確かめるのよ」

 

「確かめる?」


 再度ジョンソンが引き継ぐ。


「そうだ。端的に言えば……お前を『囮』に奴を誘き寄せるのだ」

 

「な……」


 ローラは絶句する。ジョンが食って掛かる。


「おい、ふざけるなよ。横からしゃしゃり出てきた挙句に、ウチの仲間を故意に危険に晒そうってのか?」


「強要はせん。これはあくまで『提案』だ。受けるかどうかの決定はそちらに任せる」


「…………」


 ジョンが黙り込むと、クレアがローラの顔を見つめる。


「どうかしら? 恐らくこのまま後手に回っていても、どんどん犠牲者が増えるだけよ。それを阻止する為には、こちらから仕掛ける必要があると思わない?」



 クレアの言う事は正しい。怪物相手に通常の犯罪捜査は効果が無い。現状は手詰まりと言って良い。であるならば、現状を打破するには通常の捜査だけでは駄目だ。怪物を相手にするならこちらも相応の覚悟を決めなくてはならないだろう。



「……話は解ったわ。ただ私達だけでは決められない。警部補に話してみるわ」



 それはどうしても必要な措置だ。クレアも特に異存はないようで、肩を竦めただけだった。



「勿論よ。ただ……余り悠長な事をしている時間は無いと思うわよ? パトロール中の警官を襲った事からも解るように、『ルーガルー』は確実に大胆になってきている。恐らく次の『狩り』までそう猶予はないって事を忘れないでね?」


「解ってるわ。どちらにしてもそう待たせる事はないはずよ」



 ローラはすぐにでもこの話をマイヤーズに通す必要がある事を理解していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る