File22:器と心臓

 その後2人はショッピングモールに立ち寄った。『魂を封じる器』を選ぶ為である。ミラーカによると小さくて壊れにくい物の方が良いとの事で、雑貨屋で小さな宝石箱を購入した。小さいが丈夫そうな造りで鍵も掛けられるので理想的だ。



「さて、これで魂と肉体を封じる為の準備は整った訳だけど……心臓に関してはどうするの? 当てがあると言っていたわね?」



 モール内の休憩スペースで向かい合って座りながらミラーカが尋ねてくる。因みにこの2人の姿は、人でごった返すモール内にあっても相当目立っていたが、幸か不幸か2人共そういった視線には慣れっこになっていて無頓着であった。


「解ってるわ。もうすぐ来るはずよ」


 ローラは時刻をチェックする。待ち合わせの場所はここに指定してある。するとそう待つこともなく、ローラ達が座っているテーブル席に真っ直ぐ歩いてくる1人の男性の姿が見えた。


 眼鏡を掛けた40歳過ぎの白人男性で、頭頂部が若干寂しいことになってきている。ローラは彼の姿を認めると、向こうから分かるように手を上げて合図する。



「ハイ、ロバート。約束通りの時間に来てくれて助かるわ」


「ローラ、頼むよ。今キミは休職中なんだし、こんな事はこれっきりにしてくれよ?」



 男――ロバートはそう言いながら、ローラ達と同じテーブルに着く。そこで初めてミラーカの存在に気付いたらしく、目を丸くしていた。



「お、おいおい、ローラ。このどえらい別嬪さんは一体……?」


「私の友達よ。それより早く用件を伝えたいんだけど?」


「全く、自分から呼び出しといて……で、一体何をやれって言うんだ?」



 ローラは声を潜めるようにして、ロバートに顔を近付けた。



「……心臓よ」


「……悪い。何だって?」


「既に検死が終わって死因も特定されてる死体があるでしょう? 事件性の無い奴。一つだけでいいの。その……なるべく若く新鮮・・な死体の物が欲しいの」



 ロバートは不気味な物を見るような目で見てきた。



「おい、一体何だって言うんだ? カニバリズムに目覚めたなんて言うなよ? 何だか知らんが厄介事は御免だぞ」



 ローラは嘆息した。この反応はまあ予想の範疇だ。ローラはカードを切る事にした。



「ねえ、ロバート。こんな事は言いたくなけど……あなた私に大きな借りがあるわよね?」


「……ッ!」


「今なりふり構っていられないのよ。もしこのお願い・・・を聞いて貰えないと、私何するか解らないわよ?」



 ロバートはしばらく顔を赤くしたり青くしたりしながら唸っていたが、やがて顔を上げて小さい声で言った。



「……一回だけだ。それでチャラだ。いいな?」


「勿論よ。それで貸し借り無し。ありがとう、ロバート。恩に着るわ」


「ふん、いつも口だけは達者だな。……いつまでに欲しいんだ? 流石に今すぐとかは無理だぞ」



 ローラはチラッとミラーカの方を見る。彼女は黙って頷いた。



「今すぐとは言わないわ。でも……可能な限り早く欲しい。調達・・できたらその時点で私の携帯にメールを頂戴。直接的な表現を避けてくれれば文面は何でも良いわ」


「いいだろう。では話は終わりだな? 全く……本当にイカれてる……!」



 ロバートは席を立つと、足早に立ち去っていった。ミラーカが当然の疑問を呈してくる。



「……今の男は何だったの?」


「市警の検死官の1人よ。以前薬品をくすねて横流ししているのを偶然知っちゃったんだけど、もう二度とやらないからという言葉を信じて報告しなかったのよ。その時の借りを今返して貰ったって訳。人生何が役に立つか解らないわね」

 

「……納得」




 全ての用事を済ませた2人は一旦解散する事になった。準備・・が出来たら報せるという事で、ローラはこの時点でやっとミラーカの連絡先を教えて貰えた。



(中世のワラキア貴族生まれの吸血鬼がスマートフォン持ってるって、何だか不思議な感じよね……)



 と思ったが口には出さないでおいた。



「言うまでもないとは思うけど、アンジェリーナに注意しておいて。燃えるような赤い髪の美女よ。あなたの事をどこまで掴んでいるかは解らないけど、何か仕掛けてくる可能性もゼロじゃない。幸いあなたは既に吸血鬼もグールも見ているから事前に見分けは付くと思うけど」


「……!」

 言われてその可能性に気付いた。或いはトミーから、ローラがミラーカと接触しているという情報は得ているかも知れないのだ。 



「そうね。気をつけるわ。ありがとう」


「勿論私も最大限の警戒はするし、何かあればすぐに駆けつけるわ。少しでも危険を感じたらすぐに連絡して。連絡先を教えたのはそれが理由でもあるのだから」



 そう言い残してミラーカは立ち去っていった。1人になったローラは家に戻ると、しっかりと鍵をかけて、予備の銃の残弾を確認した。因みにいつも使っている銃は、休職中という事でバッジと共にマイヤーズに預けてある。


 相手は銃も効かない怪物なので心許ないが、気休めくらいにはなるだろう。証人保護プログラムを受けている証人達は皆こんな感じなのだろうかと思いながら、一刻も早い事件の解決を願いつつローラは眠りに就いた。

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