File16:泣きっ面に蜂

「……成程。トミーの殉職に関してのお前の『報告』は以上だな、ギブソン?」



 捜査本部。上司であるマイヤーズ警部補のオフィスで、ローラはトミーの殉職に関して包み隠さずに報告した。報告書も正式に提出済みだ。



「はい、警部補。それで全てです」


「……何か付け加える事はないのか? 例えば……『真実』を」


「真実なら報告した通りです。他に付け加える事はありません」


「そうか……」



 マイヤーズは頭痛を堪えるように目を瞑り、指でこめかみを揉み解すような仕草をした。大きく溜息を吐く。



「……吸血鬼が暴れ回っていて、トミーはその毒牙に掛かったと……。それを信じろと言うのか?」


「信じて頂く他ありません。それが……『真実』ですから」


「…………」



 マイヤーズはそれでもしばらく目を瞑ったまま、何か考えていたが、やがてゆっくりと目を開けた。



「……解った。ギブソン、君は捜査から外れてもらう。どの道相棒を失った事は事実のようだし、1週間ほど休みを取り給え。これは業務命令だ。君は今……心身共に非常に消耗しているんだ。とりあえず1週間休んで、その後また話そう。トミーの死に関しては、こちらで改めて調査する」



 マイヤーズの労わるような声を聞いたローラは俯いた。


 予想されていた結果だった。尊敬する上司であるマイヤーズに失望されたかと思うと非常に辛く心苦しかったが、それでもこうする他なかった。死体が消えてしまったトミーの死を報告するには、ある程度の真実を話す必要があった。でなければ失踪扱いになってしまう。そして死体が消えた事で、ローラの話が真実であると証明する事も出来ない。 こうなる事は避けられない展開と言えた。ローラは黙って頭を下げると席を立つ。



「ギブソン、1週間後にまた会おう。私に君への精神科医の紹介などさせないでくれ。いいね?」



 その言葉を背に、ローラは警部補のオフィスを後にした。





 警部補のオフィスから出ると、自分の方を注視していた無数の目が慌てて取り繕うように逸らされるのが解った。どうやら既に噂は広まっているようだ。腫物扱いは気になったが、ローラにとって相棒を亡くした経験も初めての事なので、それ自体は不自然な事ではなかった。だがどうもそれだけでは無さそうな雰囲気だ。その証拠に……


 デスクに戻って荷物を纏めているローラに近付いてくる足音。



「これはこれは、勇敢な吸血鬼ハンターのお嬢さんじゃないか。職場を間違えてるんじゃないのか? ここは人間の犯罪を捜査する場所だ。こんな所にいないで、ヴァチカンの法王庁にでも転職したらどうだ?」 



 相変わらずの嫌味な声。ダリオだ。その皮肉たっぷりの嫌味に周囲の同僚の何人かが笑い声を上げる。ローラはグッと拳を握り締める。全く嬉しくはなかったが、この事態も予測していた。


「……私は今非常に機嫌が悪いの。下らない嫌味しか言えないんだったら、とっとと私の視界から消えてくれない?」


 ダリオはローラの痛烈な返しに一瞬鼻白み掛けるが、すぐに余裕を取り戻す。


「ふん、相棒を亡くした直後だっていうのに、随分と威勢がいい事だな。……もしかして悲しむ理由が無い・・・・・・・・からじゃないだろうな?」


「……何ですって?」


 何か聞き捨てならない事を言われたような気がして、相手の思う壺だと解っていながらローラは思わず聞き返してしまう。ダリオが待ってましたと言わんばかりに詰め寄ってくる。


「何らかの理由で……お前が殺した・・・・・・んじゃないだろうな?」


「……は?」


 この男は何を言っているのだ? ローラは唖然としてダリオを見やるが、後ろで聞き耳を立てていた連中が顔を強張らせながら目を逸らすのを見て愕然とする。


「待って……あなた……何を言ってるの?」


「そう思うのは当然だろ? 死体を検死されたら自分の犯行だとバレる。だから滑稽無糖な話をでっち上げて、トミーの死体を隠そうとしてるんだろ!」


「……ッ!?」

 ローラは一瞬頭が真っ白になった。そんな風に思われる事を全く予測していなかった。だが確かに……言われてみれば事情を知らない第三者が傍から見たら、そう思われても仕方ない状況だ。


 そこまで考えが及んだ時、ローラは思わず立ち上がっていた。


「ふざけないで! 一体何の理由があって私がそんな事しなきゃならないのよ! 名誉棄損で訴えるわよ!?」


「俺は皆の疑問を代弁してるだけだ! 警部補がそれについて言及しないのが不思議で仕方ないな。やっぱりお前、警部補とデキてるん――――」


 考えるより先に手が出ていた。憎たらしい浅黒い顔に、ローラの拳がクリーンヒットしていた。ダリオは一歩だけよろめいたが、踏ん張って耐えた。


「い、言うに事欠いてよくも……!」


「は! 手ぇ出したのはそっちが先だぞ?」


 唇が切れたのか口からペッと血を吐き出しながら、ダリオが踏み込んできた。ローラが反応する間もなく、鍛えられた男の拳が彼女の腹にめり込んだ。


「ぐふっ!」


 胃液が逆流してきそうな衝撃に、ローラは呻きながら崩れ落ちてしまう。膝を着いてえずく彼女に、上から侮蔑に満ちた嘲笑が投げ掛けられる。


「ほら、いつもの威勢はどうしたよ、勇敢なる女刑事殿? 俺より優秀なんだろ? それを証明してみせろよ」


「こ……の……!」


 怒りに燃えるローラは震える膝を押さえ付けて強引に立ち上がると、果敢にも再びダリオに殴りかかった。だが今度はあっさりと掴み取られて、後ろ手に捻じり上げられてしまう。ダリオは片手であっさりとローラの両手を捻じり上げると、空いている腕を彼女の首に回して締め上げる。


「あぐぅっ!」


 両手を後ろ手に固められている為、締め上げに抵抗する術がない。身体ごと暴れようとするが、物凄い力で押さえつけられて全く振り解けない。為す術も無く呻くローラに更なる嘲笑が浴びせられる。


「ふん! 所詮は女だな! お前らは交通課や受付で愛想振り撒いてりゃ、それでいいんだよ!」


「ぐぐ……!」


 いつの間にか感情の矛先が入れ替わったダリオに盛大に侮られても言い返す事が出来ない。苦し気に呻くばかりのローラの姿を見かねた同僚が制止の声を掛ける。


「お、おい、ダリオ。もうその辺りでいいだろ。本当に苦しそうだぞ?」


「ふん……」


 ダリオはつまらなそうに鼻を鳴らすと、突き放すようにしてローラを解放した。


「げほ! げほ! はぁ……はぁ……」


 机に突っ伏して呻くローラは、すぐには声を上げる事も出来なかった。


「ふん、これに懲りたら身の程を弁えて大人しくしてろよ、女刑事殿? トミーに対する疑いだって晴れた訳じゃないんだからな?」


「く……」


 ダリオの勝ち誇ったような耳障りな笑い声が、屈辱に震えるローラに追い打ちを掛けるのだった……

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