File11:ファースト・コンタクト

 その日は一日聞き込みに終始した。過去の被害者の遺族や友人、同僚などに聞き込みを行い、実行犯と思われる美女達について聞いて回るが、芳しい成果は得られなかった。あちこち駆けずり回っている間に時刻は夕方になり、そろそろ日が落ちようとしていた……




「ふぅ……行けそうな気がしたけど、全然駄目ね」


 思えばミラーカも神出鬼没だった。彼女と同じ力を持っているなら、そう簡単に人目につくような愚は犯さなくて当然かも知れない。自分はやはりミラーカの助けにはなれないのか……。そうローラが落ち込み掛けていた時だった。



「先輩、僕に付いてきてもらえますか?」



 トミーがそんな事を言い出した。



「え? いいけど、どうしたの急に?」



「実は個別に聞き込みをしている際に、1件だけ有力な情報があったんです。……この先にある立体駐車場の地下で、妙に時代がかった衣装を纏った金髪の美女を見た事がある、という話を聞いたんです」


「……! ちょっと、何で今まで黙ってたのよ!?」


「済みません。その人によると、その美女を見たのは夜、日が落ちてからなんだそうです。……ほら、その、吸血鬼って事になると、やっぱり現れるとしたら夜かな、と」


「む……まぁいいわ。他に手がかりも無いし、その駐車場に行ってみましょうか。もう日が落ちるしね」


「案内します」



 トミーの案内でその地下駐車場に着いた時には、完全に日が暮れて夜になっていた。



「ここね……。特に何も変わった様子は無いわね」



 そこはダウンタウンから外れた場所にある、余りテナントも入っていない寂れたオフィスビルの地下に作られている駐車場だった。


 人っ子一人おらず車もまばらにしか停まっていない。しんと静まり返った広い駐車場はがらんどうとして、非常に寂しく不気味な印象を与えた。



「……人のいない駐車場って何でこんなに気味が悪いのかしら? 良く駐車場で人が殺される映画なんかの影響かな」



 車をゆっくりと走らせて周囲の様子を窺うが、特に怪しい物はない。



「先輩。空いてる所に車を停めて、もう少し待ち伏せしてみませんか? 夜はまだ長いですし……」


「あら、珍しいわね? あなたがそんな事言うなんて。朝から元気だったけど、その影響かしら?」


「まあ、そんな所です。あ! あそこなんかが良いんじゃないでしょうか?」



 トミーが指した場所は、丁度この駐車場の広範囲を俯瞰できる位置にあった。申し分ない。



「良さそうね。今日は冴えてるわね、トミー」


「今日は? いつもの間違いじゃないですか?」


「言うわね」



 そうして車の中に身を潜める事しばし……



「せ、先輩……あれ」


「ええ……まさか本当に現れるとはね」



 人気のない駐車場の真ん中に、気付いた時には「それ」がいた。張り込んでいたはずなのに、ローラには「それ」がいつ、どのようにしてそこに現れたのか全く解らなかった。ミラーカの神出鬼没ぶりを思い出した。


 淡い色合いの透き通るような金髪。同じブロンドでも、ローラのそれとは髪質が違うようだった。そして車の窓越しでも解る程の、凄絶なまでに整った美貌。その身体に纏うのはまるで中世から抜け出してきたかのような、時代掛かった豪華なドレスであった。


 余り血の通っていないようなその青白い顔を見るまでもなく、ローラには「それ」がミラーカと同種の存在だと確信できた。あのギャング達――グールとは、醸し出す雰囲気と言うか、格と言うか、とにかくそういうものが全く異なっていた。


 思わず震えそうになる自分の身体を叱咤して、ローラは低く声を出す。



「……よし、行くわよ」


「ちょっと待って下さい! 本当に僕達だけで行く気ですか!? 相手は人知を超えた存在なんですよ!? とりあえず顔を見れただけで充分な成果でしょう! ここで死んだりしたらそれこそ犬死ですよ!?」



 そんな事は言われずとも解っている。だがそんな消極的なやり方では意味がないのだ。ミラーカへの『包囲網』は着実に狭まってきている。この機会を逃す訳には行かないのだ。



「目の前に『サッカー』がいるのよ? 刑事としても、ここで引くって選択肢はないでしょう!? 話は終わりよ!」



 ローラはそれだけ言うと、銃を抜き放って車から静かに降りる。




「……それがあなたの選択なんですね、ローラ・・・




 その為、トミーがボソッとそのように呟くのを聞き逃した。




****




「動くなっ! ロサンゼルス市警よ! 両手を上げて、床にうつ伏せになりなさいっ!」



 金髪の女に油断なく銃を突き付けながら、ローラは鋭い声で警告する。女がゆっくりと振り向いた。



「……!」

 近くで正面から見ると、尚更その美しさが良く解った。まるで一種の作り物のように整ったその造作は、微笑みの形を作れば一瞬で男を蕩かせる魔性の美貌だ。それはまさしくミラーカと共通する特徴であった。



「ほ、ほ……人間風情・・・・が、私に命令するのかえ?」



 妖しい響きを帯びた蠱惑的な声。向けられた銃口を全く恐れる様子のない女に、ローラは自分の膝が震えそうになるのを自覚した。



「あなた達の正体は解ってるのよ! それ以上近付いたら容赦なく撃つわ! 早く床に伏せなさい!」


「ふん、あの忌まわしい裏切者から聞いたか。誘き出された・・・・・・とも知らずに、愚かな娘よの」


「……何ですって?」



 聞き捨てならない言葉を聞いた直後だった。一体今までどこに隠れていたのか……点在する車の陰から、ゾロゾロと人影が這い出して来る。



「な……!?」



 ローラが驚愕している間に『包囲』が完成する。年齢も職業も人種も共通点のなさそうな、10人程の男達。しかし彼等には極めて特徴的な共通点があった。白目の全くない黒一色に塗りつぶされた目。唸り声を上げる口からむき出しにされる長い牙。



 ――『グール』だ。この男達は全員、グールであった。

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