第五章、その四

 ○月×日。警部さん。(ただし英米の巡査部長刑事のほう)


 御存知『等々力とどろき警部』や『銭形ぜにがた警部』等の、何だか他の刑事よりも偉そうにしている現場の指揮官のことであり、実はこれも『メグレ警部』等の外国文学から人目を盗んでこっそり密輸入されて、日本の警察機構の実態も鑑みずに安易に使用されすっかり定着してしまった、ミステリィ小説界の中だけで通用する『ファンタジー用語』であるが、実に始末が悪いことにも何と我が国の警察にも、『警部』という階級名が実際に存在していたのだ。


「だったらいいじゃん」と思われるかもしれないが、実はこの二つの『警部』というものは、根本的に意味を異にする、まったく別物の存在であったのだ。


 まず行政組織学的見地に立った相違点を述べると、英米作品の警部は『職務名』であり、我が国の警察の警部は『階級名』なのである。素人(この場合は我が国のミステリィ作家を指す)にはわかりづらいと思うが、これらはまったく異なる分野における呼称方式にすぎなかった。

 もっと素人にもわかりやすく言えば、英米におけるミステリィ作品上の警部は、『巡査部長刑事』のことであり、我が国の現実の警察機構における警部は、一般のお役所では『主査』あるいは『本庁の係長』に該当し、軍隊で言えば軍曹と少佐ぐらいの身分差があるのだ。

 これはベテラン作家の作品にも混同しているものが多々見られ、ある作品では、「仮に今ここで警部である君が殉職したら、二階級特進して『警視正』になれるな」なんて、言っているのがあったが、いやいやいやいや、非常に残念ながら、現場の捜査員が不幸にも殉職したからって、いくらなんでもいきなり警視正になったりはしませんよ。


 いわゆるいまだ陰りを見せない『キャリア警察官僚』ブームのせいで、考えなしに大物警察官をどんどんと自作の中に登場させるものだから、すっかりマヒしてしまっているのであろうが、そもそも警視正とは末端の捜査員なんかにとっては、雲の上の存在なのである。警視正以上の警察官は『国家公務員』扱いなんだし、普通の警察官とは文字通り一線を画しているのだ。


 まあ、こけおどしを使って自分の作品を少しでも派手にしたいのもわかるけど、できれば現実というものも把握しておいてよね。


 さて戦闘。不勉強な作家の勘違いの産物など、二秒でケリがついた。

 二階級特進できなくて、残念だったね。


 ──お客様、お味のほうは?


「何じゃ、全然おいしくないぞ。完全に名前負けしているではないか、この『グルメ警部』とやらは」


 ……それを言うなら『メグレ』だろう。鞠緒まりおおまえって、意外に『親父ギャグラー』?


          ◇     ◆     ◇


 ○月×日。非番のお巡りさん。


 ……あのねえ、三十年ほど前に警視庁で『四交代制勤務』というものが導入されて以来、『非番』という言葉は警察官たちの『休日』という意味ではなくなっているんですよ。


 お願いだから、これぐらい勉強してよね。小説家というよりも、プロの職業人だったら。


 まあ、簡単に言うとね、四交代制勤務は『一当番・二当番・日勤』と呼ばれるローテーションを、四つの班(係)が分担して受け持っていくことで、そのうち『二当番』というのがいわゆる宿直勤務に当たり、当然二日間にわたっているのだが、一日目を『入り』、二日目を『明け』と区別し、特に二日目の『明け』の終わったあとの状態のことを、「もう私は当番から外れていますよ」という意味において、『非番』と呼称しているだけなのである。

 つまり一般的な休日とは全然ちがっていて、事件が起こったりして引き継ぎがのびれば半日近く残業することもあり、下手するとその日の午後に新たに勤務に入る場合だってあり得るのだ。


 間違ってもテレビドラマみたいに、「今日は非番だからパチンコにでも行くか」なんてシーンはあり得ないのである。


 ちなみに警察官にとっての休日とは、『週休』であり『年次休暇』であり、そのものずばりの『休日』なのである。普通の公務員と何ら変わらないのだ。

 とにかくミステリィ作家の皆様には、まず警察というものを特別視することから、やめて欲しいと思うのだが……。


 では鞠緒まりお様、お味のほうは?


「本当にこいつ、休養をたっぷりとっているのか? 別に味のほうは代わり映えしないぞ」


 だから、非番は休暇のことじゃないって言っているだろ? むしろそれは、『休職中の刑事』に対するコメントだし。


          ◇     ◆     ◇


 ○月×日。リアルな警察小説の『個人として、人間として』の警察官。


 だからさあ、日本のミステリィ小説は土台からすでに間違っているのに、無闇に『リアル』なんて標榜しないほうがいいよ。本職の警察官に見られたら、恥をかくだけだからさ。


 しかもいまだに、英米小説の物語設定を下敷きにしていたりするしなあ。たとえば、ス○ュアート・ウッ○の『警○署長』とかをね。


 ……あ〜あ。


 むしろミステリィ小説はファンタジー化への道を、一路邁進していただきたい。

 そういう意味において、もっとミステリィ作家はライトノベルやWeb小説を読んで、その『先進性』というものを勉強したほうがいいと思うよ。

 ぼやぼやしているとそのうちに、直木賞や芥川賞をライトノベルやWeb小説出身者に独占されてしまったりしてね。


 そして、注目の勝負のほうは(以下省略)。


 さらにグルメなコメントは、


「……なんか渋いぞ、これ」


 ──あれ。意外と高評価じゃん。

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