第62話 氷室の策

勝負開始の合図からしばらく、大きな動きはなく、俺も酒々井もそれぞれ現時点での味方と合流し、打ち合わせを行っていた。

 人だかりから少し離れた場所で、酒々井は先程手を組んだばかりの葛西と打ち合わせ、そして俺は、少し前の自分の言動の精算に四苦八苦していた。


「すみません…結局たっくんを頼ってしまって…」


 シュンとして、申し訳なさそうな顔で習志野が頭を下げてきた。


「べ、別にペアなんだから頼るのくらい普通だろ?――俺の方も、さっきは見捨てるようなこと言って…その…悪かったな」


 対して、俺も気まずさから目をそらしながらも、なんとか謝罪に実行することができた。

「い、いえ、元はと言えば私が――」

「いや、そんなことより俺の方が――」


 しかし、互いに非があるせいか、どちらも「許す側」に回ることができずエンドレスで謝罪合戦が続く。

 そんな感じで、しばらく謝罪しあっていると、


「あんた達、いつまでもイチャイチャしてないで、さっさとあのバカを倒す作戦考えるわよ!もう勝負は始まってるんだから!!」


 一人蚊帳の外状態だった市川がしびれを切らした。

 先程まで涙を流していたのに、今ではなんだかお怒りモード。

 時折、離れた場所にいる“元”パートナーを睨みつけているのが証拠だ。


「なんなのよ、アイツ!結局、勝ちそうな方についただけしゃない!!」


 どうやら、パートナーの裏切りに怒り露のご様子…。

 まぁ、ついさっきまで倒そうと言っていた相手に寝返るだけでなく、大衆の眼前で寝返りの道具として使われたのだ。

市川の怒りは尤もだろう。


「まぁ、お前の気持ちも分かるが、ここは一旦落ち着こうぜ」

「うるさい!そもそも落ち着いてる場合じゃ――」

「一応だが、策はある!」

「「…え!?」」


 市川と習志野が予想外の言葉に声を揃えて驚き、


「た、たっくん!策があるって、酒々井君に勝つ為の策ですよね!?」

「ちょっと、そんなのあるなら早く言いなさいよ!一体どんな作戦なのよ!!」


 勢い良く俺に詰め寄ってきた。


「いや、だから落ち着けって!」


 とりあえず俺は二人から一旦距離を取り、落ち着かせ


「成功するかは分からんが、勝つ為の策はある。だが、今は準備段階だ。お前らには準備が終わったらしっかり説明する。だから、それまでもう少しだけ待ってくれ!」


 俺は二人に頭を下げて頼んだ。

 珍しく頭を下げる俺に、二人は一瞬きょとんとしながら、


「分かりました。私にできることがあれば言ってくださいね」

「ま、まぁ、勝てるならそれでいいわ。私もあんたを信じてあげるわ」


 習志野は笑顔で、市川は目をそらし、少し照れた様子で了承してくれた。

 そして、俺はそんな彼女達に内心ほっと胸を撫で下ろす。


 (今回の勝負は俺一人で勝つことは難しいからな。味方の協力を得ることは重要だ)


 「わかった。ありがとう」


 策は打った。まずは成功するのを信じて待とう。


 とりあえず、今はあっちの動向次第だ。

 俺は自分のやるべきことに集中させてもらう。



「さぁ、お前のやり方を見せてもらおうか」


 俺は改めて敵である二人方へ――いや、”心強い味方”の一人へと視線を向けて、ニヤリと笑った。

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