第40話 氷室・習志野組VS東海・浮島組3~東海視点~

「それじゃあ、3回戦始めるよ~」


 審判――葛西寛人が呼び懸けてくる。が…


「すまない、葛西君。少し進行を待ってくれるかい?」

「なんだい、東海君?トイレにでも行きたくなったのかい?」


 僕の申し出に対し、審判を務める葛西君は普段のような軽く茶化す感じで切り返してくる。


「……」


 しかし、僕は敵である氷室辰巳のようにイチイチ相手にはせず、このゲームの戦略について考えを巡らせる。

 チラリと隣を見ると、ペアである浮島さんが無表情ながらなんとなく心配そうな表情をして(僕の勘違いかもしれないが……)こちらを見ていたが、目が合うとふっと目を反らしてしまった。

 ――ペアを組んで数カ月経ったものの未だに彼女の笑顔(…どころか『無』以外の表情も)は見られていない……。見た目は可愛いし笑顔の方が似合うと思うんだが…。


「やれやれ、君もノリが悪いなぁ。……僕の方は別に進行を遅らせてもいいんだけど……辰巳君達はそれでいいのかい?」


 そんなことを考えているうちに、葛西君は敵方の二人に視線を向けて確認を取る。


「あぁ、別に構わん」

「私も大丈夫です」


 二人は二つ返事で首を縦に振り、僕の要求は予定通りあっさりと受け入れられた。

 ――とりあえず、まずは状況整理からだ。


 現状1対1。別にスコア事態は悪くない。

 しかし、その内容が僕達にとってあまり良くない。

 僕達が5枚の手札の得点上位3枚のうち、1位と3位を使用してしまっているのに対し、恐らく氷室達は上位2枚のうちどちらかと最低点のテストを使用している。

 分かりやすく互いの手札をまとめてみると…


僕・浮島さん…上から2番目、4番目、5番目

氷室・習志野さん…上から1番or2番目、3番目、4番目


 浮島さんとあらかじめ打ち合わせておいた作戦では、敵の3~5番目のテストをこちらの1~3番目のテストで負かし、3勝しようという至ってシンプルなものだった。

 別に無策故にこのようなシンプルな作戦を執ったわけではない。

 氷室の学力は学年でも上位でまともにやり合えばまず、勝ち目はない。それに対し、習志野さんの学力はお世辞にも高いとは言えず、ペア揃ってクラス内中の上くらいの学力の僕らでも負けることはほぼない。

 そこで、僕らはルールの段階で習志野さんのテストを最低3枚入れるというあからさまなハンデを要求した。(まさか、氷室達からすんなりOKが出るとは思ってなかったが…)

 さらに、直近のオリエンテーションで習志野さんが意外と高得点を獲ったことを考慮した方がいい、という浮島さんの助言を活かし、習志野さんの方にはさらなる仕掛けも打ち、結果も今のところ上々だ。

 作戦は完璧なはず、だった…。しかし……


「……ゲームのペースは完全に奴らだ…」


 僕は小さく、吐き捨てるようにこぼす。

 事前に綿密な作戦を練り、手札の総合的な強さでは僕達が圧倒的に有利だったはずだ。

 しかし、僕たちは……『駆け引き』で完敗を決しているのだ。

彼らはセオリーでは考えられない、『手札の先だし』や『チーム内での手札シャッフル』で場をかく乱していった。

 その結果、僕らは既に上位3枚のうち2枚を使用して、そのうち1枚で敗北している。その上、彼らは上位の手札1枚と最低点の手札で1勝を獲得するという結果を出し、実際の数字以上に、完全に主導権を得ている。


「まずは主導権を取り返さないと…」


 僕は流れを断ち切るための策を考えるため、唇を噛みしめ、必死に思考を巡らせる。


「大丈夫。別に私達が不利なわけじゃない」

「!?」


 ふと、そんな俺に声をかける抑揚のない聞き慣れた声が聞こえ、隣に視線を向ける。


「彼らは残してる氷室君のテストのほかにもう1勝しなきゃいけない。――それも『私達が徹底的に潰した』はずの習志野さんのテストで」

「そんなことは分かってるよ。けど――」

「それでも彼らもこの勝負に何らかの策を用意してきてるはず。油断はできない」

「いや、だから――!?」


 回りくどい言い方をする浮島さんに言い返そうと口を開くが、彼女の手がぴとっと僕の唇に押しあてられ、びっくりした僕は途中で黙るしかなかった。

 正直、自分でもわかるくらいに頬が熱くなっており、いつも通りの無表情な浮島さんに初めてドキリとさせられた。


「でも、相手の作戦が分からない。だから、ここは原点回帰。初めの予定通り相手の下位手札2枚をこっちの上位手札2枚で倒す。――これで問題ないはず」


 浮島さんの言うことは尤もだ。相手策略が分からない以上、深く考えても意味はない。それなら、とりあえず当初の予定通りやった方がいいし、恐らくそれが今現在でも最も勝率の高い作戦なのだろうし、一番リスクも少ないはずだ。


「分かった。とりあえずこのまま様子を見て、状況が変わり次第次の作戦を考えよう」


 僕の言葉に彼女は黙ってこくりと頷いた。


「そろそろ話し合いは終わったかい?」


 すると、ずっと様子を窺っていた審判の葛西君が声をかけてきた。


「ああ、すまない。もう大丈夫だ」


 その声に対して僕は力強く頷き応える。


「それじゃあ、ゲームを再開するよ。――それじゃあ、互いに手札から次のテストを選んで出してね」


 審判のコールのよりゲームが再始動される。

 ――さて、ここからはより慎重にいかないと……

と、自分の手札と敵方である氷室と習志野さんの動向を窺っていると、その目に映った光景に驚愕した。


「それじゃあ、俺達はこのテストで勝負するわ」

「なっ!?」


 そう言って、何の躊躇もなく自分の持っていた手札を場に出したのだ。

 一瞬氷室の暴走かと思ってもう一人の敵・習志野さんに目を向けるが、習志野さんには全く驚いた様子もない。


「どうしたんだ、東海?顔色が悪そうだぞ?」

「……別に。君が懲りもせずに同じ手ばかり繰り返すから呆れていただけさ。」


 僕の視線に気付いた氷室から贈られた挑発に冷静に返しつつも、内心はかなり焦っていた。


(おいおい、ここはお互いに勝負どころのはずだろ!?むしろより慎重に動くべきなのはあいつらの方だろ!?)


 そんなことを考えながらも、必死に頭を回転させて氷室がどの手札を選んだのか考える。

 最高得点or2番目の高得点テスト……僕らのどの手札よりも強く、出せば勝利は間違いない。故に、先に2勝しリーチを懸けたいのであればまずこの手札を選ぶはず。

 しかし、3勝目のことを考えれば、その彼らに残された唯一の高得点テストは、僕らの最低得点以外の手札を潰しておくのに使いたいはずで、普通は、僕らの様子を見てから出すべき手札のはずだ。

 次に、3番目のテスト……消去法で考えれば、彼らが習志野さんのテストで勝つのであればこれしかないはずだ。つまり、彼らにとって切り札的存在で、この手札が負けた時点で彼らの敗北はほぼ決定的なはずだ。そんな手札を出すにはこのシチュエーションはギャンブル性が強すぎる。

 最後に、恐らく4番目のテスト……これは彼らにとってはいわば捨て札と言ってもいいもののはずだ。故に、僕が彼の立場なら、この場面切るならこの手札しかない。捨て札で僕らの様子を見つつ、さらに即先出しをすることで僕らの動揺を誘い、高得点テストを消費させられれば良し、といったところだろう。

 ――そうなると、僕らがここで出すべきテストは……

と、だんだん考えがまとまり始めたその時……


「おいおい、まだ決められないのか?」

「……うるさい。少しくらい待てないのか?」


 横やりが入り、少しイラつきながら声のした方に目を向ける。


「こんな結果の見えてる勝負で何をそんなに考えることがあるんだか……。そんなお前らに大ヒントだ。――俺達が今出したテストは“習志野のテスト”だ」

「……どうせそんなのハッタリに決まってる。その君のハッタリのせいでクラスメートが何人も退学になってるんだぞ。誰がそんな言葉信じるか!」

「まぁ、お前がそう思うならそれでいいけど」


 彼は自分の欲望のために躊躇なく他のクラスメートを蹴落とし、退学に追い込んだ。それは許されることではないはずだ。――少なくとも僕は許せない。可能性は低くとも誰も退学にならずに済む道があるのならそちらを進むべきだし、退学者だってもっと少なくできたはずだ……。


(いや、今は氷室への怒りを感じている場合ではない。とにかくこのゲームに集中しないと…)


「浮島さん、ここはそのテストで勝負しよう!」


 僕は少し感情的になり集中を欠いてしまっていたことを反省しつつ、浮島さんの持っている最低点の手札指さし、場に出すために取ろうと手を伸ばしたが……


「ちょっと待って」


 彼女は僕が取ろうとしたテストに気付くと、珍しく僕ぼ意見に異を唱えた。


「どうしたんだい、浮島さん?まさか彼の言ったことを真に受けているのかい?」


 僕は掴んでいた『4番目の手札』から手を離し、小声で問いかけた。


「彼の言葉なんか信じる必要ないよ。彼の目的は僕達に高得点の手札を出させて、自分達の高得点テストで潰すことだ。どうせ、僕らが低得点の手札を出すのを嫌ってハッタリを――」

「もしかしたら逆に『低得点のテストを出させること』が目的かもしれない。」

「!?――いや、いくらなんでも――」


 少し驚く僕の言葉を遮り、彼女の言葉は続く。


「…彼らに勝機があるとすればこちらの最低得点と習志野さんの最高得点のテストで対決し、それに勝った場合のみ。彼はその状況を今作り出そうとしていると思う。」

「確かに、彼らが勝つためには習志野さんのテストで最低1勝しなくちゃいけない。そのためには君が言ったシチュエーションを作る必要があるのも分かる。――だけど、それは普通この次、もしくは最終戦じゃないか?」


 この場面での3番目のテストの投入……。僕も一瞬考えたが、普通に考えれば、彼らにとってその手札は最後の切り札のはずだ。今場面で、しかも、先出ししてまで出すにはリスクが大き過ぎる。


「”だからこそ”だと思う」

「…え?」

「氷室君はあなたの性格を踏まえた上で駆け引きで翻弄してきてる。はっきり言って駆け引きの上手さはあっちが上。あなたが今取ろうとしている選択は相手に誘導されていると考えた方が自然。――そして何より、ここまで徹底して私達の裏をかいてきた彼がこんな分かりやすい煽りをするはずがない」

「た、確かにそれはそうだけど…」

「それに、彼に煽られた後、あなたに自分のアドバイスを聞き入れる様子がなかったにも関わらず、全く慌てていなかったのが何よりもの証拠」


 ――確かに。この勝負どころで誘導に失敗したとすれば、少なからず動揺が見られるはずなのに、僕が手札を選ぶ瞬間、氷室の表情には余裕すら感じられた。

 しかし……


「…君の言いたいことは分かったし、尊重したいと思う。だけど、その意見を踏まえても、ここ『4番目の手札』でいくべきだと思う」


 まっすぐ彼女の目を見て言い放った。


「理由は?」

「簡単に言えば保険だ。君の言うとおり彼らがの出したテストは『彼らの3番目のテスト』である可能性が高い。したがって、僕らの高得点上位2枚で勝ちにいく必要がある。そして、できれば今の僕らの最高得点で挑むのが望ましいのも分かっている。――だけど…」


 僕はそこで一旦言葉を切る。


「だけど、もし君の予想が外れていた場合、僕達は最高得点の手札を失い、尚且つ相手にリーチを掛けられるという状況に追い込まれる」

「……」

「それに、僕達の4番目のテストは70点台だ。向こうの最高得点が出てこない限り負けるとは思えない。――君の意見を尊重し、尚且つ最悪の状況を回避するためにはこの『4番目のテスト』しかないと思うんだ」


 言い終わり、彼女の目をまっすぐ見て、次の言葉を待つ。


「確かに最高得点の手札を出せば大きなリスクはある。でも、ここは勝負どころ。リスクを犯してでも勝率を優先するべき」

「君の言いたいことも分かる。――だけど、僕はこの勝負に勝ちたいんだ!僕を信じてくれないか?」


 これで彼女が譲らないのなら仕方がない。彼女の意を汲んで僕も腹をくくるしかない。しかし、必要のない危険は避けるべき、という僕の考えはこのゲームでも変えるつもりはない。


「……分かった。私はあなたについていく。あなたを信じる」

「ありがとう」


 彼女の了承を得て、僕達の出すテストがようやく決まった。


「すまない、待たせたね。――僕達のテストはこれだ!」


 僕は浮島さんから受け取った『4番目のテスト』を力強く机の上に伏せた。


「ふぁ~あ…。ようやく互いのテストが揃ったみたいだね。――それじゃあ、勝負といこうか!」


 眠そうな審判の葛西君。しかし、いよいよ勝負どころだということを思い出したように、すぐに楽しそうな表情に変わった。


「互いに、オープン!!」


 彼の掛け声により、同時にテストを表向ける。

 そして、結果は……


名前:習志野栞 58点

名前:浮島恵 71点


「……」


 僕の目の前で、氷室辰巳が膝に手をつき、項垂れていた。

 その隣では不安そうな表情を浮かべ、ペアの様子を気にかける習志野さんの姿が……。


「よしっ!!」


 僕はその様子を確認し、思わずガッツポーズを作った。

 ――あの悔しがりようを見れば、やはり今のテストが彼らにとっての切り札だったとみて間違いないだろう。

 隣を見ると、浮島さんもいつもより大きく目を見開き、口が少し緩んでいるように見える。

 …どうやら喜んでいるらしい。


「71対58で東海・浮島組の勝ち!」


 審判による勝敗の宣言がされ、教室が一気に盛り上がる。


「おお!あいつら、本当に氷室達に勝っちまうぞ!?」

「さすがだ!東海!!浮島さん!!」

「二人とも最後まで頑張って!!」


 観戦しているクラスメート達から歓声が届き、それに笑顔で応える。

 ――これで通算2勝1敗。リーチだ。しかも僕らは2番目の高得点カードを残した状態、つまり当初の予定通りになったわけだ。


 隣を見ると、浮島さんも当然僕らが有利になったことを理解しており、黙って頷いて応えてくれた。


「さぁ、残り1勝だ!!」


 勝利は目前!希望の光はすぐそこまで見えた!!

 ……と、思ったその時……。


「おいおい、なんかえらい盛り上がり様だな…」


 不意に、そんな間抜けな声が聞こえてきた。

 僕はその声の主の方を振り返り、


「……なんだい、氷室?負けが確定して記憶喪失にでもなったのかい?」


 僕の挑発的な問いかけに、今まで手を膝につき、がっくりうなだれていた男はすっと立ち上がると、


「は?何を勘違いしてんだよ」


 少し首を傾げる。

 その言葉に今まで盛り上がっていた教室が再びざわつき……


「勝負はここからだろ?」


 そして、その男・氷室辰巳は不敵な笑みを浮かべていた…。

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