第29話 葛西寛人の微かな抵抗

 俺は最終局面で逆転し、葛西・市川ペアのポイントを全て奪い、退学へと追いやった…はずだった。

 しかし、この場に遅れてやってきた葛西は不気味な笑みを向けると…


「それじゃあ、先生。約束通りポイントをください」


 そう先生に向かって、さも当然のことのように願い出た。

 ――は?そんな無茶苦茶なお願い聞いてもらえるわけ…


「まぁ、約束だしな。――葛西寛人に10ポイント与える」

「!?」


 俺は目を丸くし、慌てて生徒端末を確認する。

 すると、そこには…


葛西・市川組 10ポイント

(葛西寛人 10ポイント、市川凛 0ポイント)


「…おい、どういうことだ…?」

「別に大したことじゃないよ。ただ、僕は君達に全ポイントを奪われた後に先生から10ポイントもらっただけのことだよ」


 葛西は嫌味ったらしい笑顔を湛えて、小首を傾げる。


「せ、先生!なんでこいつにだけポイントが与えられるんですか!?こんなの違反じゃないんですか!?」


 納得できない俺は先生に問いかける。

 そして、先生から返ってきたのは予想外の言葉だった。


「あ?違反なわけないだろ。私はただ、こいつが自主的に校内清掃を申し出て、それを完了させたからその報奨として10ポイント与えただけだ。何か問題があるか?」

「…う、うそだろ…?」


 ――校内清掃だと…?そんなのいつ…?いや、考えられるとすれば…


「まさか…オリエンテーション中か…?」

「その通り♪」


 葛西がブイサインを向けてくる。


「いやぁ、君達のポイントがいきなり急上昇した時はさすがに焦ったよ。残り時間から考えても僕達が再逆転することば不可能だったしね」

「……」


 そうだ。あの時点でこいつは俺達が何をしたか知らない。それに何よりあの残り時間ではよっぽどのことがない限り逆転は不可能だ。


「だから僕は今回の勝負は諦めたんだ」

「!!」

「でも、君達が一位で終われば恐らく僕達の得点は全て奪われる。そうなれば僕達は退学…君とはもう二度と対決することができない…。――だからこそ、僕は残りの時間で自分達が生き残る方法だけを考え、行動することにしたのさ」


 ――なるほど…。それで先生に校内清掃を申し出てその報酬としてポイントを要求したんだ…。


「まぁ、でもこっそりポイントを稼いでも用心深い君は直前に僕達のポイントを確認してから奪うだろうからね。――だから、先生と交渉して『報酬をもらうのは僕が要求したタイミングで』っていう条件を付けてもらったんだよ」

「まぁ、その条件を飲む分、全校舎のトイレを一人で掃除するという通常なら30ポイント程の仕事を10ポイントまで減らしたんだがな」


 先生が葛西の説明に補足を加える。


「なるほど…。別に与えられるポイントが減ろうが、0点にならなければいいだけだしな…。それで教室に入ってきてから余裕な態度してやがったのか…」


 ――いや、こいつが余裕な態度だったのはそれだけじゃないか…。

 言った直後、俺はそのことに気付き苦笑する。


「僕が敢えて余裕な態度を取ってたのは、それだけが理由じゃないんだけどね。――辰巳君も薄々気付いてるだろ?」

「…俺を動揺させるため、か」

「正解♪」


 そう。こいつは敢えて余裕な態度を見せつける必要なんてなかった。俺を驚かせるだけが目的なら悔しそうな表情を浮かべていた方が効果はあっただろうしな。


「あそこでポイントを奪うのを止めなかったのは正解だったね。さすがだよ」


 やはり、こいつの余裕な態度は簡単に言うとブラフだのだ。

 こいつは、そのブラフであわよくば、『奪われるポイントを減らそう』と画策してやがった…。俺がポイントを奪う直前に『まだ何かあるかも…もしかしたら罠か…?』と思わせることで、俺にポイントの奪取を止めさせようとしたのだろう。別に失敗しても失うものはないし、少しでも成功すれば儲けもの――葛西寛人…どこまでも貪欲な野郎だ…。


「まぁ、さっきも言った通り、今回の対決は僕の負けだよ。でも次は負けない。――これからもよろしくね、辰巳君♪」


 そして、無理矢理もう一度握手をすると、不敵な笑みを浮かべて自分のパートナーである市川の下へと去っていった。


「葛西寛人か…。ホントに厄介な奴だな…」


 ――主席で卒業するためにも、あいつにだけは負けられねぇな…。

 俺は葛西の背中を睨みつけながら、改めて決意した。


※※※※


「やぁ、凛ちゃん。大丈夫かい?」

「…何よ、嫌味のつもり?」


 何とか窮地を脱し、パートナーの凛ちゃんに声をかけるが、ジト目で睨まれた。

 ――まぁ、こういう素直じゃないところもイジり甲斐があっていいんだけどね。


「いやいや、君が辰巳君を引きつけてくれたから上手くいったわけだし、これは僕ら二人の力だよ」

「…何が二人の力よ。私が無様に失敗したのをあなたがカバーしてくれただけでしょ?――まぁ、そんなこと一度も頼んでないけど」

「相変わらず素直じゃないなぁ。まぁ、そういうところも好きなんだけどね♪」

「うるさい……。でも、今回は助かったわ。ありがとう」


 凛ちゃんは俯き目を反らしながら、小さな声で礼を言った。


「いやぁ、遂に凛ちゃんもデレたかぁ」

「誰がデレるか!」

「そんなに照れなくてもいいって。――どう?このまま卒業して僕と結婚しちゃう?」

「ふざけるのは顔だけにして。――それに私は決めたの。絶対氷室君と習志野さんのペアに勝つって!」


 凛ちゃんは一人意気込む。――もしかして辰巳君達と何かあったのかな?まぁ、ヤル気を出してくれるのはいいことだ。


「それにしても相変わらず辰巳君の策は面白いよね。まさかそんな作戦でくるとは…」


 ――最後に一矢報いたとはいえ、今回は完敗だったしね。氷室辰巳…ホントに面白い奴だ。


「そうね。私も彼を甘く見てたわ。悔しいけど今回の対決ではっきり分かったわ。――彼は私が会社を継ぐために足りないと言われた要素を全て持ってるって…」


 ――そういえば凛ちゃんはお父さんの会社を継ぐためにこの学校に来たんだっけ…。


「悔しいけど私一人であのペアに勝つのは無理。だからこれからは不本意だけどあなたと協力することにするわ」

「やれやれ、素直じゃないなぁ。素直に今回助けてくれた僕のことが気になってるって言ってくれれば――」

「私はあのペアに勝って、なんとしてでも氷室君を手に入れて見せるわ!」

「……え?」


 僕の言葉を遮り、予想外の言葉が聞こえた。


「私は習志野さんから氷室君を奪うわ!そして、彼と一緒に卒業して一緒にうちの会社を大きくするのよ!!」


 僕のことをそっちのけで一人意気込む凛ちゃん。


「ははっ!まさか凛ちゃんが辰巳君に惚れちゃうなんて!――ちなみに僕とは結婚しなくていいのかい?」

「は?確かにあなたは頭の回転も速いし、駆け引きも上手いわ。――だけど、こんな胡散臭い人間と結婚なんて無理に決まってるでしょ?」


 凛ちゃんの目は本気だった。――何もそこまで言わなくても…。だけど…


「ひどいなぁ、凛ちゃん。僕だからって何言ってもいいわけじゃないんだよ?――だけど、僕も君に協力してあげるよ。面白そうだしね♪」


 ――辰巳君との再戦…それに加えて辰巳君、栞ちゃん、凛ちゃんの三角関係…。どうやら、これからの学校生活も存分に楽しめそうだ!

 僕はニヤける顔を必死で堪えながら、これから待ち受けるこの恋星高校での学校生活に心を躍らせた。

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