第26話 逆転

「――ちゃん、凛ちゃん!」


 ――どうやら、朝からボーっとしていたみたいね…。

 自分が呼ばれていることに気付き、ぱっと後を振り返る。

 しかし、私を呼んでいた人物を見た瞬間、振り返ったことを後悔した。


「……何か用、葛西君?」

「僕だと分かった瞬間に露骨に嫌そうな顔するなんて、相変わらず凛ちゃんはひどいなぁ。」


 彼はそう言って、いつも通りのヘラヘラした顔を浮かべてくる。

 葛西寛人――この恋星高校における私のペアである。頭の回転は良いのだが、いつも軽い調子でヘラヘラしているため全く信用できない…。


「それより、凛ちゃん。辰巳君に勝つ方法は見つかったのかい?」

「まぁね。」


 氷室辰巳と習志野栞。

 勝ったペアが好きなペアから好きなだけポイントを奪えるという特典付きのイベント・オリエンテーションで、私達が真っ先に潰しにかかっているペアである。

 彼らをターゲットにした理由は単純。――私よりも良い意味で目立っていたから。

 片や、フラれたら退学というこの学校で入学初日、しかもみんなの目の前で告白した女子生徒。

 片や、入試で学年3位。さらに、入学初日から告白された上に私からのペアの誘いを断るという無礼な男子生徒。

 私は別に目立ちたがり屋というわけではないけど、この学校で生き残り、主席で卒業するためにはある程度目立つ必要がある。だからこそ、自分より 目立つ生徒には早々と退場してもらうしかない。――別に、氷室君が私の誘いを断った腹いせじゃないから!!


「さすが僕の凛ちゃん!一体どんな作戦思いついたの?」

「あなたが作戦を知る必要はないでしょ?今回は私一人でやるんだから。」


 こんなへらへらした男信じられるわけないじゃない!こんな奴頼るより私一人でやった方がいいに決まってるわ!!


「やれやれ…。凛ちゃんは相変わらず頑固だねぇ。まぁ、そんなところも嫌いじゃないけどね。」


 葛西君は「助けが欲しくなったらいつでも呼んでね~。」と軽い調子で言い残して私の席を離れて行った。

 ――信じられるのは自分だけ…。それに、この程度一人でなんとかできないようじゃ、お父さんを納得させることなんてできないわ!

 私は改めて決意しながら、彼の背中を見送った。


ガラガラ


「お前ら、全員揃ってるなー?さっさと席に着け!!」


 直後、担任の大井先生が教室に入ってきた。

 ――いよいよ、オリエンテーション最終日が始まる。


「よし。それじゃあ、オリエンテーション最終日のゲームについて説明するぞ。」


 氷室君達への対抗策はもちろんある。でも、その前に本筋であるオリエンテーションでいい結果を残さないと…!!


「オリエンテーション最終日、『親密度』のゲーム内容は……」


 大井先生は一度言葉を切り、生徒の様子を窺う。

 そして、そんな大井先生の言葉をクラス全員が固唾を吞んで待っている。


「今日のゲームは『ペア・チェンジ』だ。」


 ゲーム名を聞き、クラスがざわつき出す。


「まぁ、ゲームなんて言っても中身は普段から特別なことなんて何もない。――お前らには今日一日ペアの再考をしてもらう。」


 先生の説明を聞き、クラスメート達の声は一層大きくなった。


「おい、お前ら勘違いするなよ。言っておくが、これは必ずしもペアを組み直せってことじゃない。ただ『再考しろ』と言ってるだけだ。」


 ――つまり、再考した上で今のペアを継続する、という選択肢もあるということよね…?

 他のほとんどの生徒達もそのことに気付き、安堵の表情を浮かべている。


「別にペアを変える必要はないが、それじゃあゲームが成立しない。――よって、今日一日に限り、新たにできたペアには1,000ポイント与えて、最終的な順位も新たなペアで行うことにする。」

「「「!!!」」」


 1000ポイント支給という言葉を聞き、生徒達の目が再び変わる。

 ――ただでさえ、昨日の氷室君の言葉でペアの再考を考えている人が多いのに……。さらに得点がつくんじゃ、ペアの変更に踏み切る人も多くなるでしょうね…。


「言っておくが、一度ペアを解消して同じ奴同士で組み直しても得点はなしだからな。それと、『フラれたら退学』とか基本的な校則に関してはそのままだ。――説明は以上だ。何か質問のある奴はいるか?」


 先生の問いかけに対して手を挙げる者は誰もいない。


「質問がないようならさっさと始めるぞ。せいぜい退学しないように頑張れよ。――それじゃあ、オリエンテーション最終日、開始!!」


 先生から開始の宣言直後も、生徒達はどう動こうかと周りの様子を牽制し合っていた。

 ――とりあえず準備しておいた策は使える。今のうちに主導権を取らないと!!

 私はすぐに仕掛けようと、立ち上がり、一人の男子生徒のところに向かう。


「氷室君、ちょっといいかしら?」

「んあ?」


 今回の標的である男――氷室辰巳は、私の呼びかけにヤル気のなさそうな表情で振り返った。


「ちょっと一緒に来てくれる?」

「は?ちょっ!?おい!!」


 私は彼の答えも聞かずに半ば強引に彼の手を引いて教室を出る。

 すると…


「…おい!あれってもしかして告白するつもりなんじゃね?」

「うそ!?市川さん、あんだけ氷室君達を潰すって言っておいて…私達を裏切るつもりなの!?」

「ちょっと、このままじゃ優良物件取られちゃうわよ!!」

「氷室なんかに市川さんを取られてたまるか!!」

「追いかけろ!市川さんの告白をなんとしても阻止するぞ!!」


 少し遅れて、クラスメートの一部が大慌てで私達の後を追って教室を飛び出してきた。


「走るわよ!!」

「うおっ!?」


 そんなクラスメート達の様子を確認すると、私は氷室君の手を引いたまま駆け出した。

 そして…


「ここに入って!!」

「おい!マジかよ!!」


 私は氷室君と一緒にあらかじめ予定していた空き教室に飛び込んだ。


「おい、市川さん達いねぇぞ!!」

「ちょっと!誰も見てないの!?」

「もういい!みんな手分けして探すぞ!!」


 扉の向こうから自分達を追いかけてきていたクラスメート達の声が聞こえる。

 そして、次第に声は教室から遠ざかって行った。


(予定通り!これで少なくとも氷室達のトップは阻止できるはずよ!)


「おい、いきなり人を引っ張りまわして、なんのつもりだ?」


 さらに念のため、彼の手に用意していた手錠をかける。

 そんな扱いを受けた氷室君は目を細め、ジト目で睨みつけながら尋ねてきた。


「そんなの、あなた達の策略防止に決まってるでしょ?それくらい分からないの!?」

「いや、全然わからないんだが…」


 状況を理解できていないのか、不快感を示しつつも至って冷静だ。


「あなたは昨日の葛西君とのやり取りと今朝のゲーム内容のおかげで形成逆転したつもりなんでしょうけど、それは大きな間違いよ。――なぜなら、あなたはこのまま何もできずに負けるんだから。」

「…俺が負けるだと?」

「そうよ。確かにあなたのせいで、クラスの子達は自分のペアに不安を感じてるわ。さらに今日のゲーム内容によって、ペアの解消を後押しされている。――あなたの計算通りにね。」

「……」

「しかも、あなた自身は入試で学年3位。さらにこのオリエンテーションを通じて勉強だけじゃなく運動もできて、駆け引きも上手いことを十分に印象づけた。――このままいけばいつあなたに告白しに来る子が現れてもおかしくないわ。そうすれば、あなたは新しい子とペアを組み直して1000ポイント。そして、仮にトップが獲れなくてもポイントを奪われることはない。――ただ…それも“上手くいったら”の話よ。」


 氷室君に不敵で挑発的な笑みを見せる。

 氷室君は横目でこちらを見るだけで、黙ったままだ。


「こうやって、あなたをクラスメート達から隔離してしまえば告白することも、されることもできない。つまり、あなたは、このまま新しくペアを組めずにゲームオーバーってことよ。」


 そう。私の作戦は実にシンプルなものだ。

 どう頑張ってもここからクラスの空気を変え、クラスをコントロールし直すのは難しい。

 だったら、無理して根本を解決しなくても、物理的に告白できないようにすればいい。


「…なるほどな。だけど――」

「これなら既に私が預かってるわよ。」


 手錠をかけられた手でポケットを探る彼に、私はある物を見せつけた。


「!!お前、いつの間に…?」

「さっき、手錠をかける時に抜き取っておいたわ。」


 私は彼に突きつけた物――彼の生徒端末――を手で弄びながら勝ち誇った顔で見下ろした。


「いくら拘束してもこれさえ使えればペアを解消することも、告白して新しくペアを組むこともできる。――私がそんなこと知らないとでも思った?」


 ――これで氷室君は新しくペアを組むどころか、ペアを解消することもできなくなった。

 あとは時間一杯までここで彼を監視していればいい。


「私の勝ちよ。」


 勝利を確信し、黙ったままの氷室君に勝利を宣言した。

 しかし…


「そんなに焦るなよ。――勝負は最後まで分からねぇぞ?」

「!?」


 彼はニヤリと不敵に笑った。

 ――なんでこんな表情ができるの?もう、彼に逆転の方法は残されてないはず…。なのにどうしてこんなに余裕な表情ができるの…?どうして追い込んでるはずの私がこんなに不安を感じてるの…?


「フン!その態度がいつまで続けられるか見物ね!」


 不安を押し殺し、なんとか強がって見せた。

 ――どうせ、時間が経てば焦りはじめるでしょ…?

 しかし、それでも彼の表情は変わらなかった…。


※※※※


「はぁ~」


 教室に隠れて数時間。あくびを繰り返す氷室君の表情に焦りは微塵もない。

 ――一体どうなってるの…?

 あれから不安を感じ、あらゆる可能性を考えた。

 既に新しくペアを組んでいるのではないか、と思い生徒端末でで現在のペアの状況を調べたが全く変化はなく、氷室君と習志野さんはまだペアのままである。

 また、既に他の生徒からなんらかの方法でポイントを奪っているのではないか、と思い現在の点数も調べたが、昨日のオリエンテーション2日目が終わった時点でのポイントと全く変わっていなかった。

 こんな感じで様々な可能性について考えても、彼が余裕な態度を取っていられる理由は分かりそうになかった。


「ちょっと!あなた何を企んでるのよ!?」

「別に何も企んでねぇよ。――ただ俺は信じて待ってるだけだ。」

「…まさか、自力で誰かが見つけ出してくれるとでも思ってるの?あれから何時間か経っても見つけられないのに今さら見つけられるわけないじゃない。」

「別にそんなこと思ってねぇよ。どうせお前のことだし、見つかっても逃げ切る算段は立ててるんだろ?」

「フン。まぁね。」


 そう。もし仮にここが見つかっても逃げるルートは何種類も用意してある。特に問題ではない。

 それなのに…


「なんであなたはそんなに余裕なのよ!!大体――」


ピリリリ


 私の言葉を遮るように、生徒端末の着信音が鳴った。

 ――葛西君!?何なのよ、一体…?


「もしもし、葛西君?どうしたの?」

『凛ちゃん、生徒端末のオリエンテーションの順位見たかい?』


 電話口の葛西君は珍しく少し焦ったような口調だった。


「?それなら1時間くらい前に見たけど…」

『いや、今すぐに確認した方がいい!――僕達、まんまとやられたよ…。』

「!?」


 葛西君の言葉に嫌な予感を覚え、慌てて通話を切ると生徒端末で現在の順位ページを開いた。

 すると…


「……どういうこと……?」


 順位を見て、自分の目を疑った…。


オリエンテーション最終日 途中経過順位


一位 葛西・市川組(2058点)

二位 多摩川・南組(1540点)

三位 北川・鈴木組(1350点)


 氷室君と習志野さんがいない…。別に自分達の順位やポイントが変わったわけでもないのに、なぜか嫌な予感しかしなかった。

 さっき確認した時は確かに昨日と同じ2位にいたはず…。考えられるとすればペアを解消したからだけど…。そもそも氷室君は私とずっと一緒で生徒端末も取り上げられていた…。


「一体いつペアを解消したって言うの…?」


 一人呟く私に、氷室君はニヤリと不敵に笑った。

 そして、いつの間にか私から奪い返していた生徒端末を手に取り…


「どうやら上手くいったみたいだな。――俺、氷室辰巳は習志野栞とペアを組む!」


 そして、呆気にとられる私に、彼は勝ち誇った顔で告げる。


「ぼーっとしてると状況の変化についていけねぇぞ。――もう一回生徒端末確認してみろよ。」


 はっとして再度自分の生徒端末を確認してみる。

 するとそこには……


オリエンテーション最終日 途中経過順位


一位 氷室・習志野組(3185点)

二位 葛西・市川組(2058点)

三位 多摩川・南組(1540点)



「…なんなの…これ…?」


 ――氷室君と習志野さんが一位…?しかも私達に1000ポイント以上差をつけて…?一体何が起こってるの…?

 私はあまりの出来事に理解が追い付かず、言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった…。

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