Equilateral triangle

「圭斗悪い、ちょっとお手洗いに」

「ん、わかったよ。僕たちは店の外で待ってるから」


 夜は随分と冷え込むようになっていた。会計は済んでいたので、僕と三井は店の外に出た。今日は何と、MMPの3年が3人だけで夕食を食べていたという、過去に前例は1度しかない激レア案件が発生していた。

 それと言うのも、インターフェイスに加盟している大学ではほとんどが大学祭を境に代替わりをする。それに伴い、次期の役職などを話し合わなければならなかったのだ。まあ、つまりそういうことだね。

 結論から言えば役職は一応ちゃんと決めさせてもらった。2年生は人数が多いから代表職と会計職を分けることにしたり、総務の仕事がゴーストライターから代表へのツッコミになったりと些細な変更点はある。


「はー、さむっ」

「本当だね」

「ねえねえ、圭斗はどう思う?」

「何がだい」

「またまた~、役職のことだよ。ほら、俺ら珍しく意見合ったじゃない。でも結局さ、菜月の意見を採用したワケじゃん。数的には2対1で、押し切ろうと思えば押し切れたでしょ。あっ、菜月の意見が悪いとか間違ってるって言うつもりはないんだよ」


 僕と三井はすこぶる合わない。何がって、性格や考え方、それからサークルに措いては活動スタンスやポジションなんかかな。あまりにも合わないものだから、僕たちの学年を知る先輩方はみんな「菜月がいなかったらMMPは崩壊する」と言ったものだよ。

 だけど、そんな僕と三井の意見が多分初めてと言っていいだろう、ピッタリ合ったのがMMPの次期代表人事についてだった。僕と三井は新代表に野坂を推していた。推薦理由の細かなポイントはともかく、「野坂を代表に」という意見は一致したのだ。

 ところがどっこい、菜月さんとは真っ向から対立した。菜月さんは「ノサカは代表にはしたくない、代表はりっちゃんの方が向いている」と。それで、互いの意見やその結論に至った根拠などを話し合ってましたよね。結果、僕と三井は完全に言い分を納得したワケで。


「確かに野坂は僕らの幻影を追い過ぎる余りそればかりに縛られるんじゃないかという心配は付きまとうし、機材の扱いに関しては問題ない上MDストックのAD作業もマメにやってる。そもそもが3人の中では1番機材管理向きな性格だとはお前も完全に納得していたじゃないか」

「まあね。それに関しては認めるよ」

「ならまだ何を言うことがあるって言うんだ」

「って言うか、俺らちょっと弱すぎない? 菜月の一声に一瞬で折れるって」

「そうは言うけど、菜月さんのその“一声”の威力は僕やお前の比じゃないぞ。説得力が段違いなんだ」

「それは菜月の話す技術的なことなのかな」

「いや。熱量、想いの強さじゃないかな」

「オカルトじゃん」

「お前は形骸的なことばかり気にして人の想いに訴えかけることをしないから女性に見向きもされないんじゃないのかい」

「うっわ、ひっどい! さすが、百戦錬磨のモテる男は言うことが違いますわ~。いよっ、愛の伝道師!」

「お前に言われると馬鹿にされている気しかしないね」


 会議中に言っていたことのひとつが、今の2年生のことを僕たちの中で1番見ていたのが菜月さんであるという事実だ。だからこそ、僕と三井では表面的にしか掬えないことを彼女はより深く掘り下げて考えることが出来る。

 特に野坂に関しては彼女の言うことが絶対なのだ。伊達に昼放送で3期ペアを組んでいない。それに加えりっちゃんを代表にした場合のメリットやりっちゃんのどういうところが代表向きであるのかというプレゼンは、僕も三井も聞き入っていた。


「でもさ、あれは本当に殺し文句だったよね。「時間にルーズな奴が代表だとロクなことにならない」って」

「完全に僕に対する当てつけだったに違いないね。まあ、その条件をクリア出来るのはりっちゃんしかいないしなあ」

「俺も人のことは言えないしね」

「そもそもお前はいないことが多かったじゃないか。おかげで発声練習もなかなか始まらなかったし」

「それは俺の所為じゃなくない?」

「アナ部長がいないというのは発声練習が始まらない十分な理由になり得るだろ」

「え~、それは言いがかりだよ。って言うかいなくてもやろうっていう意識が足らないのが問題なんじゃん」


 やいやいと、実にもならない言い合いが始まりかけたときのこと。それまでもドアベルの音はしていたのだけど、それまでより強く意識に訴えかけて来るドアベルの音が。菜月さんが店から出て来て、待たせたなと一声。


「って言うか、今思った」

「ん、何だい?」

「うちら3人だけでの行動が激レアだって話は最初にもしてたけど、それ以上に圭斗と三井がサシで喋ってるとか3人で何かする以上にレアだ」

「まあ、二度とないだろうね」

「うん、あるような気がしない」

「言っても僕たちは菜月さんがいなければ崩壊するとまで言われた学年だよ」


 全てのバランスを上手いこと整えて、僕たちを付かず離れずの正三角形に保ってくれていたのが菜月さんの裏の役割だったのだろう。仮に僕と三井の意見が表面的には合ったところで、その根拠などがすれ違えば遅かれ早かれ対立していたんだ。


「って言うかさ、寒いから早く圭斗の車に行こうよ」

「同感だね。寒くて仕方ない」

「え、これくらいで寒いとかお前たちは何を言ってるんだ」

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